42話 魔王城攻略
レオンは反射的に強く目を閉じた。
「っ……」
照りつける太陽が、暗闇に慣れた目に痛みを走らせる。空には雲ひとつなく、まともに植物も生えていない大地は、硬く乾いた地表をむき出しにしていた。
「なんか……思ってたのと違うな。もっと、暗くて、じめじめした場所かと思ってた」
次に転移してきたメィシーが、手で日差しを遮る。
「噂で聞いたことがある。はじめて魔物が生まれたのは、干ばつで大勢が苦しみ、絶望し、負の感情にあふれ返った場所だったと――。ここは、そういう所なのかもしれないね」
「たしかに、ちょっと空気がおかしい気はするけど……。リセナは大丈夫?」
レオンが振り返ると、転移先が眩しいことを知っているグレイが、彼女の目を手で覆い隠したまま歩いて来ていた。
「やめろやめろ、絵面が犯罪なんだよ」
それに気を取られて気付くのが遅れたが、そこでようやく、レオンは自分たちの背後にそびえ立つ魔王城を見上げることになる。
無秩序に建てられた塔の塊のような外観。暗色の城壁から漏れ出た、黒いもやが一帯を異質な空間にしている。
「城門までは歩いて行けそうだけど……まさか、正面突破するのか?」
レオンの嫌な予感は当たっていた。グレイが何も言わずに、ずんずん城門へ近付いて行く。
「えぇえ~嘘だろ、裏口とかないの? なあ、お前の職場だろ? ――ねえリセナ、こいつどうにかして! コミュニケーションが取れない!」
「まあ……私でも、無理な時は無理なので……」
「諦めないで! きみなら出来る!」
わーわー言っている内に、城門の目の前まで来てしまった。すると、何もしていないのに、大きな音を立てて門が開く。
「……!?」
中から、魔王の側近であるダークエルフが、後ろを振り返りながら走り出てきた。
グレイと周りにいる面々に気付いた彼が、冷や汗を流す。
「ああ、なるほど……全然帰って来ないと思ったら、そういうことですか。もう、私は知りませんからね!」
脱兎のごとく逃げ出す彼を、グレイは追おうともしなかった。代わりに、剣を抜いて城門の方を見据える。
「……来るぞ」
レオンは剣を構えながら叫んだ。
「なにが来るか言え!」
心の準備もできないまま、城門からあふれ出て来たのは、鎧をまとった骸骨兵の群れだった。
メィシーが、魔導銃を構える。
「グレイ、攻略法は?」
「胸の中央を狙え。核を壊せば動かなくなる」
言葉の途中で、メィシーが複数の骸骨兵の胸部を的確に撃ち抜く。
しかし、衝撃で体勢を崩しはしたものの、どの骸骨兵もすぐさま群れに合流し襲いかかってきた。頭が落ちても、鎧の中で骨がバラけても、お構いなしの者までいる。
「ダメじゃん!」レオンが剣身の炎で前列を焼き払う。「ねえ本当に大丈夫!? 信じて大丈夫!?」
炎にまかれた骸骨兵も、数体が立ち上がり戦闘を続行した。
「どういう基準だよ! もう粉々にした方が――」
「レオ避けて!」
リセナの声で反射的に飛び退くと、後ろでグレイが剣を振るうところだった。闇の魔力が、大地もろとも骸骨兵を破壊しながら駆け抜ける。
両端にいたものを残して、骸骨兵は塵と化して消えた。
間一髪で避けたレオンが喚く。
「もういやだ! オレこいつと組めない!」
左列の骸骨兵は、メィシーの溜め撃ちで同様に塵となる。それを受けて、右列は散り散りとなって剣を振り上げた。
三人が各個撃破に移る。少し離れた所で全体を見ていたリセナは、あることに気がついた。レオンが炎の剣身を胸に突き立て、火だるまにした個体が、骨同士の結合を失って鎧ごとバラバラと崩れ落ちる。
――あれだけじゃない。粉々にしなくても、核の破壊と全身への攻撃、両方そろえば倒せてる……?
しかし、情報を共有しようとした矢先に、最後の一体がメィシーに撃ち抜かれて崩れ落ちた。直前にレオンが討ち漏らしていたものだ。
レオンが、一人だけ肩で息をする。
「なあ、もしかして、この先も不確かな情報しかないのか……?」
魔王城の警備を任されていた。仕掛けは全て把握している。とか言っていたグレイは何も答えない。先へ進みながら、ちょっと怪訝そうにしているだけだ。
ため息をついたメィシーが、レオンの背中を押す。
「まあ、ほどほどに参考にしようね」
「えぇ~っ!」
そのまま城へ連れて行かれるレオンを、リセナが追いかける。
こうして、先の思いやられる魔王城攻略は始まったのだった。
踏んだら上から鉄球が落ちてくるタイル。突然、窓から突っ込んでくるガーゴイル。大斧の振り子が連なった廊下。普通に襲ってくるキメラの群れ。
城内に設置された魔物や、侵入者用の罠については、グレイの情報が誤っていることはなかった。(言葉足らずでレオンやメィシーが被害にあうことはあった)
レオンもそれなりにがんばったが、ここまでの功績は、グレイの鬼神のごとき強さとメィシーの柔軟な対応によるものがほとんどだった。
最後に残ったキメラの双頭――獅子と山羊の間を半分に焼き切って、レオンが倒れ込む。
「うわ、足の感覚がない……。尻尾の蛇に毒があるとかさ、言われても対応できないんだよ……。あれ、もしかしてこれ、心臓まで毒が回ったら死ぬ……?」
慌てたリセナが、彼を転がして口に解毒薬を突っ込む。
「早く飲んで! あれ、これ、ここで使い切っていいやつですか……!? この先は!? ねえグレイ!」
「……問題ない」
「よかった……! ねえレオ、体力の回復薬は? 飲みます? もうフラフラですよね……!?」
「そうなんだけどぉ……数限られてるしぃ……魔王戦の前まで取っておきたくてぇ……」
まだぐったりしているレオンの隣に、メィシーが片膝をつく。
「うーん、どの道すぐには戦えそうにないかな。ねえ、グレイ、次の階層に魔物はいる?」
「いや……次は『欲望の間』だ。そいつの欲望を叶える幻覚が見える。あまり長居をすると、昏睡して急速に衰弱する」
「あとは、死を待つのみか……。でも、幻覚だとわかっているなら、無視して通過できる――よね?」
疑いの眼差しを向けられたレオンが、不敵に笑う。
「当然だろ。オレが欲しいのはひとつだけ。何が来るかなんて予想できてるし、一生手に入らない覚悟だってしたことあるからな」リセナとか、リセナとか、リセナとか。
「そう……」メィシーの眼差しが、不憫なものを見る目に変わる。
「まあ、一晩で納得できなくなったけど」
「そう……」大丈夫かな、これ。そんな顔をして、メィシーは立ち上がった。
「とにかく、戦闘がないなら、回復薬は様子見でもいいんじゃないかい?」
レオン以外は大丈夫だろうという前提で話が進んでいるけれど、グレイはひとつ、言い忘れていた。次の『欲望の間』が、ここまでで一番、侵入者を亡き者にしてきた場所なのだと。




