41話 思い出/レオンとの夜~そして魔王領へ~
リセナが部屋に来る前から、レオンはなにをどう切り出すか迷いに迷っていた。
二人でベッドに腰かけている今、結局、なにも思いつかなくて直球勝負をする。
「あのさ。オレ、きみが、あいつらにも惹かれてることわかってるよ。だから隠さなくていいし、それできみを嫌いになったりもしない」
そんなことを言われるとは思っていなかったリセナは、彼から目をそらすことも、開いた口を閉じることもできずにいた。
レオンは、言葉が見つからない時こそ目を泳がせるけれど、最後には彼女をしっかりと見つめる。
「だから、その……オレは、なんか、うめいたりしてるかもしれないけど……! それも気にしないで。えっと、上手く言えないけど、きみには、いつも通りでいてほしい……!」
リセナは何度か目を瞬いて「えっと、わかりました……」と、まだ思考が追いつかない様子でうなずいた。
「ありがとう――。そういえばさ」
レオンが、前のめりになった体を元に戻す。
「メィシーが、オレの所には、最後に行くよう言ったでしょ。なんでなのか聞いてる?」
「いえ、なにも」
「そっか。うん、じゃあいいや!」
レオンは、少し前にメィシーとした会話を思い出す。
「リセナと一緒に寝ろだなんて、なんで突然オレに優しいんだよ」
「いやあ……魔王戦で一番死にそうなのはきみだから、最後に思い出を作りたいかなあと思って……」
「嫌な優しさだな……! この人でなし!」
「エルフだからねえ」
――余計なこと言われてなくてよかった……。なんだよ、思い出作りって。そんなの、オレとリセナの間にはたくさんあるっての……!
一番古い記憶では、幼い彼女と一緒に、一枚のクッキーを分け合って食べていた。たぶん、喜んでほしいとか、笑ってほしいとか、そんな気持ちで自分のクッキーをあげたのだと思う。それが、レオンが覚えている限りでは、彼にとって最初の感情だった。
それから、一緒に、はじめての制服を着て初等学園の門をくぐったこともあった。彼女に勉強を教えてもらったり、外で駆け回ったりした。スライムで溺れかけた後は、彼女を連れて海へ泳ぎの練習に行った。しばらく潜るのが怖かったので、二人で浮き輪でぷかぷかしていた。
進学すると、彼女に言い寄る男が一気に増えたので、さり気なく追い払ったりもしていた。武器商人の娘ならまだしも、ごくまれに彼女のことを死神呼ばわりしてからかう輩もいたので裏で適切に対処しておいた。
彼女が王太子に気に入られ、城に連れて行かれる時は……
――それは思い出したくもないな……後半は男の影が多すぎる。いいや、これから、また二人で楽しい思い出をたくさん作るんだ!
彼はそう意気込んで、ぱっと笑顔になる。
「そうだ、リセナ、オレとも未来の話をしてよ! オレ、ちゃんと政治も勉強して、立派な領主になるからさ。きみはシーリグ商会として、こっちと連携を取り合うことになるだろ?」
「そうですね。じゃあ、そうだなあ……ライランド領って、今は使われてない畑が結構あるじゃないですか。あれを綺麗にして――」
そうやって、二人は、眠くなるまで未来について語り合った。特別なことは何もなかったけれど、それでいいのだと、レオンは心の底から思うのだった。
◆
夢を見た。リセナが思い出せる、自分の一番古い記憶だ。
四歳のころ、父に連れられて初めてライランド邸へ入った。父からは「えらい人の所に行くから、ちゃんとしててね」と言われていた。言われるままにうなずいたけれど、幼い彼女には“ちゃんとする”が、わからない。
それで、知らない男の子に引き会わされた時も、どうしていいかわからず彼女は何も言えなかった。すると、ちょうどおやつの時間だったのだろう、最後のクッキーを手に取っていた彼は、そのままそれを
「はい!」
と、リセナに差し出した。太陽みたいな、キラキラして温かな笑顔だった。
「えっと……じゃあ、はんぶんこ」
それを、半分だけもらって二人で食べたこと。
それきり、不安だった気持ちがどこかへ行ってしまったことを、彼女は覚えている。
◆
体力回復用のポーションを四本。解毒薬を一本。それだけを新たに調達して、レオンたちは僻地の針葉樹林にある洞窟を歩いていた。
グレイの先導で分かれ道を何度か進むと、水面にも見える壁が目の前に現れる。管の途中に膜を張ったような、そんな具合だ。
レオンが近付くと、暗紫色のそれに波紋が立った。
「ここを抜けたら、転移魔法で魔王城の近くに出るのか」
やっぱり普通に怖いので、足が震えてきた。
「り、リセナ、行くよ! いいんだね? 本当にいいんだね!?」
「それ何回聞くんですか……。この先も、駄目だと思った時点で引き返すので大丈夫です。あなたは留守番でもいいんですよ?」
「しないもん!!!! よーし、行くぞ!」
勢い頼みでレオンが暗紫色に突っ込むと、そこはもう全く別の場所だった。




