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33話 シーリグ邸へ

 エルフの里を出る当日。ここでの最後の稽古をレオンにつけていたグレイは、彼の動きが昨日までとは明らかに違うことに気付いた。

 実戦形式で相手をしている時、こちらが手加減しているとはいえ、頬にひとつ切り傷を負ったきり大きな負傷をしない。斬り込んでくるタイミングも、剣身の炎の操り方も的確だ。

 そして何より、レオンは笑っていた。急に好戦的にでもなったのか、自信があるのか。


「……お前、何かあったのか」

 グレイが剣を下ろして聞いてみると、彼は

「えっ? いや、なにも?」

 と、嬉しそうに首を傾げる。(実際は、リセナと両想いの可能性が出てから、すこぶる調子がいい)(気持ちだけなら無敵)

 グレイはそれきり何も聞かず「気色の悪いやつだな……」という顔をしていた。


 メィシーが手のひらの透明なクリスタルに魔力を流すと、中心に金色の光が宿った。魔導銃(アルテンシア)にセットされるそれを、リセナが興味深そうにのぞき込む。


「これが、クリスタルの属性付与……。これで、光属性の魔力と相性が良くなって、出力が上がるんですね」

「はい。エルフの里では、闇属性の魔力は良くないものとされているので、試練に合格するまでは属性付与ができないように制限魔法がかけられるんです。試練の間にいたピクシー、闇属性の魔力を持つ者が触れたら、どこか遠くへ飛ばしてしまうそうですよ」

「それって、追放……?」

「ええ、安全のために。あれだけ負の感情を募らせているから、グレイも理性なんてないのかと思っていましたよ。レオくんが来ていなかったら、初対面で殺し合うところでした」


 メィシーが、魔導銃(アルテンシア)の銃口を空に向ける。

「さて、試し撃ちしてみましょうか。リセナ、魔力増幅(アンプリフィエ)をお願いします。ゆっくりでいいですよ」

「はい!」

 彼女がメィシーの背中に触れると、こぼれた魔力すら目に見えるほどの濃度で、あっという間に上限値が流れ込んでくる。

「あっ、ちょっと待って――!」

 彼はすぐに、魔導銃(アルテンシア)から魔力を撃ち出して自身の容量オーバーを回避した。溜め撃ちしていないのに、柱のような光が空を突き刺す。


「リセナ……ちょっと速すぎませんか? 僕との心の繋がり――だけじゃ、そうはなりませんよね」

「えっ、でも、特に無理をしてるつもりはないんですけど――」


 きょとんとする彼女の表情が明るいのと、そういえば今朝、起き抜けに挨拶を交わしたリセナとレオンがはにかんでいたことを思い出して、メィシーは事情を察する。

「なるほど、精神状態が魔力の巡りに直結するタイプですか……。特定の相手を持つのは、まだ待ってほしいのだけれど――まあ、僕のことも受け入れてくれるのであれば、ひとまずは良しとしましょう」

 まだ何を言われているのかわかっていないリセナに、彼は苦笑した。

「でも、妬けるなあ。これでも、僕だって、あなたをひとり占めしたい気持ちはあるのだけれど」

「――え、」

「みんなで一緒に仲良く、なんて、グレイも許さないと思いますよ」


 メィシーの言う通り、シーリグ邸行きの馬車の中で三人の顔を順に見ていると、グレイから唐突に「選べ」と言われた。

「えぇ……そんな、藪から棒に。選べって、なんであなたまで……」

「わからん」

「わからないんだ……」

 そんなことを言われても、リセナは困ってしまう。


 ――だって、レオが私のことを好きかもっていうのは嬉しいけど……グレイとメィシーさんにもドキドキするのは、私、二人のことも気になってる……?


 メィシーの話を聞いていた彼女はかろうじて意味がわかったが、何も知らないレオンは呆れるしかない。

「はは、なにワケのわからないこと言ってるんだよ。ほら、着いたぞ」


 止まった馬車から降りると、早速、シーリグ邸の前にいた警備兵が訝しげに寄ってくる。


 何かを言われる前に、リセナは、殊勝な面持ちで彼らを見つめた。


「両親に会わせてください。明日には、王太子殿下の元へお連れいただいて構いません」


 一礼する彼女の手を引いて、レオンはシーリグ邸へ歩いて行く。途中、振り返って「あとは任せたからな!」と言うので、メィシーは慌てて「今のは始末を任されたわけじゃないからね」とグレイに解説しておいた。暗黒騎士だけど理性的、というのは承知していても、グレイ本人の一般人からズレている感じは全く信用されていない。

 これにはさすがに、グレイも不満そうに鼻を鳴らした。


 レオンに見守られながら、リセナは玄関から飛び出してきた両親と抱きしめ合う。彼女の年齢にしては、高齢の夫婦だ。

 彼に一時の別れを告げて、彼女は久方ぶりの我が家へ入って行った。


 母がキッチンにいる間、リセナは父と一緒にリビングのソファーでテーブルを挟んで向かい合っていた。

「ねえ、お父さん。お母さんもなんだけど、最近変わったことなかった? その……隕石を触ったりとか……」

「隕石? ないない! そういえば、城から、隕石を見つけたら触らずに連絡してってお知らせが出てたね」

「そうなんだ……!」


 王族にはダンも協力しているそうだし、被害の拡大は抑えられるかもしれない。


 ――殿下が根回ししたみたいだし……彼、怒ってなければ、国を大切にしてる理知的な人だから。今度は、ちゃんと話ができるかも……。


 両親も無事なようだし、リセナは更に前向きになる。彼女は、ちいさな収納魔法から、メィシーにもらったクリスタルを取り出した。


「これ、エルフの里でもらったの。ハルバ鉱石が採れるより、もっと深い所で採掘できるんだって。自然に優しい代用品になりそうなんだ」

「へえ、すごいね……! どの地域でも採れるのかな? 採掘費用が高くなる分、普及させるのが難しそうだけど……え~、気になるなあ」


 二人でわいわい言っていると、母が焼きたてのアップルパイを持ってきた。

「は~い、どうぞ。もう、連絡してくれてたらご馳走用意したのに」

「え~アップルパイがいい! ありがとう!」

 サクサクで甘いアップルパイを楽しみながら、リセナは、そういえばと両親に尋ねる。

「ねえ、私、世界樹の実を食べたことなんてないよね?」


 すると、トレイを片付けに行こうとした母が振り返った。


「あ、リセナは食べたことないけど、あなたがお腹の中にいた時に、私が食べたわ」


 彼女は「美味しかった~!」と言いながら廊下へ消えていく。リセナは、なかなか開いた口がふさがらなかった。


「……え? あれって、うちでも手が出せないくらい、高くなかったっけ?」

 十秒くらい経ってから父の方を見ると、彼はしみじみとした笑みを浮かべた。


「あれはねえ、リセナがまだ、お母さんのお腹に来てすぐのことだった。医者からね、リセナの心臓が弱ってて、止まりそうだって言われたんだよ」


 今まで、少しも、そんな気配すら感じたことのない過去の話だった。


「その時、偶然、商品として仕入れることができた世界樹の実があってね。すごい回復能力があるって聞いてたから、お母さんと話し合って、駄目元で使ってみることにしたんだよ。――そしたら、ほら、この通り!」


 父は、顔をもっとシワだらけにして、くしゃりと笑った。経済的にはかなりの損失だったはずなのに、そんなことは、彼にとってはどうでもいいのだ。


「そっか……。ありが、とう……」


 消え入りそうな声。リセナは、込み上げてくる涙を誤魔化そうと、急いで話を変えた。


「そうだ、お父さん、新しい事業を検討してるって言ってたでしょ。私も色々考えててね、たとえば――」

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