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32話 看病に来たのでは? レオンのターン

「リセナ~起きてる~?」


 呼びかけに答えると、不格好に切られたリンゴを皿に乗せて、レオンがひょっこりと顔を出した。

「これね、好きにしていいって言われたから持ってきたんだ」

 いそいそとサイドテーブルに置く段階で、すでにもう一枚皿があることに気付く。レオンは、笑顔を崩さずに首をかしげた。


「もしかして、メィシーも来たの? あいつ、なんか変じゃなかった?」

「変……というか、元があんな感じなのかな……というか、まあ……翻弄してくるタイプのわるいオトナでした……」

「あはは、やっぱり? あいつ本当に反省してるのかな~?」


 冗談めかしているが、レオンは内心で叫んでいた。


 ――ほ~ら! やっぱり! あいつもリセナに惚れてやがる! なんで!? いや、わかるけど!!! ちょろい男だよまったく!!!!


 しかも、先ほどのことを思い出したリセナが、恥ずかしそうにしているものの特に嫌そうではないのが見て取れて、レオンは胃が痛かった。


 ――なんだかんだ言って、リードされるの好きなのかな……。とりあえず、オレは、落ち着いた真っ当な大人になろう……。


 彼は咳払いをすると、神妙な面持ちになる。今の本題はこちらなのだ。


「実は、きみに、謝らないといけないことがあるんだ」

「え、なんですか、急に改まって」


 ずっと言おうと思っていたことだった。怖くて言えなかったけれど。


「色々あってうやむやになってたけど……列車の中で、リセナが溺れそうになってた時に……」

 ノアの魔法で、車内が水で満たされた時。彼は、口移しで、彼女に空気を分け与えた。それ以上の意味はなにもなかったのに、彼にとっては大問題なのだ。

「オレ、助けなきゃって必死で……。その、なんか、キ、キ……」

 さっき落ち着いた大人になろうと決心したのに、レオンの顔はみるみる赤くなる。


「……キ、キス……みたいな、こと、しちゃったから……!」


 恥ずかしさと、嫌な思いをさせていないかの心配で、彼の頭の中はぐちゃぐちゃだった。謝罪の言葉と一緒に、口から心臓が飛び出しそうになる。

「っ、ごめん! 勝手に! そんなことして……!」


 レオンが、たったこれだけで、肩で息をしている。リセナは目を丸くしたまま、


「いえ……私も、昔、同じことをしたので……」

 と、答えた。レオンは、ますます混乱する。

「えっ、なに!? 昔……!?」

「いや、あなたが、スライムの群れに襲われて……窒息しかけた時に」


 気がついたら助かっていたから、レオンは全く知らなかった。彼女が同じように、口移しで息を分け与えてくれていたなんて。


 リセナが彼から目をそらして、しどろもどろになる。

「だから、その……王太子殿下じゃ……ない、です。キ、キスじゃないけど、はじめて……私が、したのは……」

 風邪とは関係なく、耳まで真っ赤になる。彼女は両手でパタパタと、火照った自分の顔をあおいだ。

「や、あれは、仕方なかったですし! 全然気にしてないです! もう、そっちがわぁーってなるから、私までわぁーってなっちゃったじゃないですか! あはは……!」

「あ――や、うん、そうだよね! 仕方なかったし! ごめんごめん! あはは!」


 レオンも自分をあおいで、くるっと方向転換する。

「じゃ、オレ、そろそろ戻るね! おやすみ!」


 廊下に駆け出て、閉めた扉を背に、彼はずるずると座り込む。まだ、心臓は激しく鼓動していた。


「え……?」


 この時、レオンとリセナは、同時に同じことを考えていた。


 ――さっきの反応、やっぱり、オレ/私のこと好きなんじゃ……!?

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