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31話 看病に来たのでは? グレイのターン

 皿の上が空になった頃合いで、今度はノックもなく、音すら立てずに部屋の扉が開いた。無言で入ってきたグレイが、無言でベッドの横に立つ。


「えっと……どうしたんですか……?」

「……なにか、ほしいものはあるか?」


 尋ねると、ようやく彼は口を開いた。ほとんど無表情で、いつも通り何を考えているかわからないけれど、彼なりに世話を焼こうとしているらしい。


「そう、ですね。今は大丈夫かな……。ありがとうございます」

「……してほしいことは?」

「え……っと、特に、ないかなあ」


 なにを返答するでもなく、グレイは腰を下ろすとリセナの手を握る。無言で。


「あの、これは……?」

「……昔、両親がしていた」


 彼の目が少しだけ伏せられる。


 ――そうだ、グレイは、人間同士の争いで家族を失って……そのあと、スラム街で育ったんだっけ……。


 きっと、そこには、彼と同じ境遇の人間がたくさんいるのだろう。

 リセナが、この世界の問題だと思っているものの、あまり知らない領域だった。


「あの……もし、よければ、スラム街のことを聞いてもいいですか? どんな様子だとか、もちろん、無理にとは言わないけど……」

 知らないことには、何もできない。おずおずと尋ねる彼女に、グレイは気分を害した様子もなく淡々と答える。

「そうだな……読み書きもできないやつが大勢いた。まともな仕事なんかなくて、飢えないためには犯罪か、魔物討伐くらいしかなかった。……魔物か、人間か、どちらかの食い物にされて、帰って来なかったやつも多かった」


 彼は感情を込めずに語るけれど、グレイの持つ魔力には、当時の彼が感じたことがまだ確かに混ざっている。家族を失ったその後も辛い体験をしたのは明白で、リセナはそれを、痛いほどよくわかっていた。


 グレイは、わずかに怪訝そうにする。

「こんなことを聞いて、どうするんだ」

「……知りたいんです。私になにができるのか。――自分たちが武器を売るのをやめたところで、争いはなくならない。物やお金を配っただけでは、貧困はなくならない。だから、仕方ないと……諦めるのは、もう終わりにしたいんです」

「……そうか」

「あの、ありがとうございます。話してくれて」

「……思ったより元気そうだな」


 これは、本当に話が噛み合っているのだろうか。リセナが一瞬、そう思った時、彼はおもむろに片膝をつくと彼女の頭に手を伸ばした。


「グレイ……?」


 そのまま、リセナの頭を抱くように支えて、彼女の首元に顔をうずめる。


「っ……!? あ、あの……グレイ……っ」


「…………」


 身じろぐ彼女から、グレイはゆっくりと体を離した。


「……いや、今はいい。明日には里を出るつもりでいろ。体を休めておけ」


 後半は実に素っ気なく、彼は部屋から出て行った。また、彼女は呆然とする。


 ――今はいいって、なにが……?


 最近懐かれているような気はするが、彼にとって自分が何なのか、いまいちわからないままでいた。――でも、確実に、自分の胸は高鳴っている。


 ――いや、さっきのは、犬が人の顔をペロペロするアレ……?


 まだ微熱があるせいか、思考がおかしな方向へ行く。もう寝ようとした矢先、今度はレオンのささやき声が廊下から聞こえてきた。

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