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2話 オレの初恋を邪魔しないで

 リセナがとっさに身をよけると、レオンは全身をつかって甲冑を投げ飛ばす。しかし痛覚すらもない鉄の体は、すぐに体勢を立て直し始めた。


 もういつも通りのレオンが、大きく息を吸う。

「きっつ……! あっちはまだ終わらないのか!?」

 おそらく甲冑に体力の限界はない。破壊するしかないのだ。


 レオンが焦りをにじませる。けれど、彼の後ろで片膝をついたリセナは、目の覚めるような思いで口を開いた。

「レオ、あの甲冑、中身は空っぽで間違いないですか? 中に人はいない」

「え、ああ――」


 リセナが指先で空中を一文字に切る。そこから広がる光の帯に手を入れ、彼女は異空間からつかみ取った真紅のローブを羽織った。


 シーリグ商会のあつかう品は多種多様だが、その主力品から彼女のことをこう呼ぶ者もいた。――武器商人の娘。美しき死神、と。


「じゃあ、壊しましょうか」


 そしてもうひとつ、刃のない持ち手だけの剣を取り出してレオンへ放り投げる。

「あなた用に調整してあります」

「わあ……高くつきそうだね」

「私たちの生還でお支払いください」

 彼女は苦し紛れに笑う顔ですら、やけに絵になった。


 レオンが柄をにぎって構えると、存在しなかった剣身の部分に炎が走る。甲冑はもう完全に体勢を立て直し、こちらへ突進してきていた。


「フッ――!」


 炎の剣を高くかかげ、一気に振り下ろす。火炎の斬撃は鉄すら焼き切り、炎に包まれた甲冑はおよそ人のものではない異様な動きをしたあと、ガシャリと地面に崩れ落ちた。


 いつの間にか、左右からの破壊音も止んでいる。

「すごいなコレ……めちゃくちゃ魔力持っていかれるけど」

 剣身の炎が消える。肩で息をするレオンへ、リセナは得意げに説明した。

「それはね、慣れれば出力の調整もできますよ。あと、このローブは熱に強いし、衝撃吸収の魔法もかかってます。あと、なんと言っても別の空間から物を取り出せる――」

「ああ、完成してたんだね、きみの暗殺道具入れ」

「……ちいさな収納魔法と言ってください」

 少しだけむっとした彼女の顔がなんだかおかしくて、レオンは思わず笑ってしまった。


 そこへ、グレイとメィシーがほぼ同時に戻ってくる。二人とも無数の甲冑を相手にして、傷ひとつ負っていなかった。

 メィシーが、顔にかかった前髪を耳にかける。

「すみません、遅くなって。次から次に湧くものだから手間取って――」

 彼はリセナに声をかけたのだが、状況を思い出したレオンがすぐに噛みつく。

「そうだ、なんだよアレ! お前少しも動揺しなかったよな? 想定の範囲内ってこと?」

「うん、まあ――魔力探知が得意なら、誰でも彼女の居場所を知ることはできるからね。力を求めて色々集まってくるのは、仕方のないことさ」

「っ、そんな……」


 レオンは愕然とした。それでは、もう、リセナにとって安全な場所など、どこにもないことになる。


「まあ、少し荒っぽい手口なのが気になるけれど」

 メィシーのつぶやきは、彼にはもう聞こえていなかった。おそるおそるリセナを見ると、彼女は静かに、目を伏せて微笑んでいた。

「そう、ですか。じゃあ、やっぱり、家へは帰れませんね」

「リセナ……」

 なんと声をかければいいか、レオンにはわからない。それでも、どこをさまよい歩くことになったとしても、彼女を守りたい――。そう、考えていた時だった。


「レオ。私は、ひとまず、お二人について行きます。あなたは、私の両親に、私は無事だと伝えに帰ってください」

「え……?」


 耳を疑う。正気を疑う。レオンの心臓が、大きく脈を打つ。


「待ってくれよ、こいつらが本当に安全かもわからないんだぞ? 親への連絡なら手紙でいいから、オレも一緒に……」


「いえ。ここでお別れです」


 リセナはレオンを見つめたまま、表情を崩さなかった。これ以上彼を巻き込むわけにはいかないという意思が、確かにそこにある。


 けれど、ローブのすそをつかむ彼女の手は、震えていた。


 彼女は――。一年前、一人きりで王都に連れて行かれる時、気丈に振る舞っていたけれど本当は心細かったのではないか? 今だって、本当は泣き出しそうなほど、恐怖を抱えているのではないか?

 自分は、また、そんな彼女を、よく知りもしない男の元へ送り出すのか?


 ――駄目だ……この想いすら貫き通せなかったら、オレに何が残るっていうんだ。


 二度目はない。他の全てを天秤にかけても、彼女より大切なものはないと、離れ離れだったこの一年間で痛いほどよくわかった。


「リセナ――」

 レオンは、震える彼女の手をにぎり、まっすぐに紺碧の瞳を見つめ返した。

「オレは、もう二度と、きみを独りにはできない。きみが駄目だと言っても、オレが耐えられないんだ」


「―――」


 途端に、リセナは声まで小さく震わせる。


「どう、して……」


「それは、」きみを、愛しているから。


 やっと、ようやく、そう言いかけたのに。

 まるで見計らったように、メィシーが手をぽんと打った。


「あっ、魔力探知を邪魔するアイテムは持ってきてるんだった」


「えっ?」

 リセナが顔を輝かせて彼の方を振り向く。レオンにものすごい形相で睨みつけられながら、メィシーはウエストポーチに手を入れ、ユリの花をかたどった銀の首飾りを取り出した。(後にレオンはこの時のことを「メィシー死すべし」と語っている)


「これを着けておけば、たとえ魔王であっても、遠くからあなたの居場所を探ることはできないはずです。ちょっと失礼しますね」

 メィシーがリセナの首に手を回して、銀の留め具を繋いでやる。彼女の首すじに触れた細長い指は、シルクのようになめらかな感触だった。

「うん、よくお似合いです。あなたに平穏が訪れますように」

 優しく微笑むメィシー。それから、グレイを横目に見て肩をすくめる。

「まあ、さっきのような追手は来ないとしても……彼が人質でも取ったら大変ですからね、まだ家へは帰らない方がいいでしょう。ああ、怖い怖い」

 それはお前もだろ、という目で見られてもメィシーは気にしない。

「ひとまず、今日の宿でも探しましょうか」

「は、はい……!」


 歩き出すメィシーに、リセナがひょこひょことついて行く。かと思えば、馬上からグレイに首根っこをつかまれ、彼の前にぽんと乗せられていた。

 彼女の喉から「んぎゅ」と潰れたカエルのような声が出ていたけれど、グレイは気にしない。状況を飲み込めず固まっているリセナの代わりに、メィシーから「あっ、またレディにそんな扱いをして」と注意されていた。


 そうやって遠ざかって行く後ろ姿を呆然と見つめていたレオンは、「は?」と我に返る。


「ちょっと待て! なに一件落着みたいにしてるんだよ! お前たちは帰れ!!!!」


 慌てて追いかけ抗議するけれど、彼女を取り返そうにも力で勝てる相手ではない。


 ――やっと! なんか! いい雰囲気になったのに!


 あと、ついでに、顔の良さでも勝てそうにない。


 ――うわぁあもう頼むから! 頼むから、オレの初恋を邪魔しないでくれ~ッ!!!!!!


 これは、特別な力に目覚めた(らしい)リセナを取り巻く物語。

 そして、明るいくせに恋に奥手なレオンが、彼女を取られないかヒヤヒヤしながら、なんだかんだをがんばる物語である。

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