21話 太陽神
泊めてもらった村人の家まで皆で行くと、そこの老夫が外でひざまずき、しきりに太陽を拝んでいた。
「おお、太陽神様……! どうかお怒りを鎮めてください! ああ~ッ!」
レオンが、大丈夫かなこの人……という顔を無理やり半笑いくらいにする。
「どうしたの~おじいさん」
「おお、お前さんも外の人かい。この村にな、空から大岩が降って来たんじゃ……! これも、太陽神様へのお祈りが足りないせい……! さあ、早くお前さんも祈れ! このままでは、じきにお隠れになって世界が闇に――!」
途中で、家の中から老婆が出てきた。
「ほらおじいさん、いつまでやってるの! 早く出荷分の野菜を持ってきてちょうだい!」
老夫を畑へ追い立てた彼女へ、リセナがブランケットを渡す。
「これ、ありがとうございました。……あの、さっき言ってた大岩って……?」
「あはは、ごめんなさいねえ、あの人ったら。太陽神の怒りだなんて言ってるけど、ただの隕石なのよ。あんまり大きくて邪魔だから、テミスから来た人にどかしてもらったわ」
老婆は、にこやかにリセナたちの後ろを指差した。
「ああ、そうそう、ちょうどあの人たちと同じ格好のイケメンだったわぁ」
振り返ると、荷馬車に乗った白い隊服の警備兵がこちらを見て口をあんぐり開けている。昨日酒場にいた二人とは別人だが、リセナの捜索命令は受けているらしい。
「なんてことだ……巡回だけの予定だったのに……。なあ、そこのお嬢さん、リセナ・シーリグだな」
断定的な口調。見つかってしまった。たとえ可能であっても、反抗する素振りを見せれば、リセナの立場が危うくなるだろう。
それで、とりあえず善良な一般人を装ってきょとんとしているメィシーとレオン、許可が出ればいつでも剣を抜きそうなグレイに目配せをして、彼女は重たい口を開く。
「……どのようなご用件ですか?」
「それは、我々にも知らされていない。ただ、王太子殿下の元へお連れするようにと――。だが、丁重に扱うよう言われている。安心しなさい」
あまり安心できない顔をしているリセナの肩に、メィシーが手を置いた。
「大丈夫。僕の里は王都の先だから、殿下にお会いしてから行きましょう」
「……はい……すぐに帰してもらえればいいんですけど……」
正直、王太子にどんな顔をして会えばいいかわからないのだ。婚約者として一年間、城で共に過ごしても愛することができなかった相手。いざ初夜を迎えそうになると、彼からの口づけすら気持ち悪くて吐いて怒らせてしまったという、どうしようもない事実。
――もう、翌日には婚約破棄で蹴り出されてるんだけどなぁ……。
リセナが、悲しそうな瞳で、出荷分の野菜と一緒に荷馬車に揺られて行く。その隣で、レオンが向かいに座っているメィシーとグレイをじっとりと見つめた。
「お前たちまで来る必要、ないんじゃないか……?」
それに対して、メィシーはゆったりと景色を楽しみながら言った。
「いいじゃないか、行く方向は同じだからね。それに、仲間は多い方が心強いだろう?」
「仲間じゃないんだよなあ……」
「そうか、きみは僕のことを友達だと言ってくれるんだね」
「解釈の都合が良すぎるんだよなぁ……! ねえ、リセナからも何か言ってやってよお」
話を振ってみても、彼女は力なく笑うだけだ。
「リセナ~めちゃくちゃヘコんでるじゃん……! 大丈夫だよ、オレも一緒に行くから!」
「ダメです私……もう緊張で吐きそう……」
「早い早い! 大丈夫だって、落ち着いて! このスピードなら、明日までかかるから!」
警備兵が「テミスからは鉄道に乗るぞ。二時間で着く」と、ご丁寧に情報をくれる。
「レオ~ぅ……」
「よ~しよしよし、大丈夫だから! 普通にしてればいいから!」
順調に荷馬車はテミスへ到着し、無情にも彼女は王都行きの貸し切り列車に乗せられるのであった。
◆
客車の最後尾、一番後ろの四人がけの席にリセナたちは集められていた。通路側に座る彼女には、一人の見張り役がついている。
列車が走り出してすぐ、前の客車から金髪の警備兵がやってきた。彼は見張り役に何事か耳打ちして、自分と交代させる。
目の前のグレイが、あまりにもじっと金髪の彼のことを見ているものだから、リセナも気になって顔を上げてみた。碧い瞳と、二つの泣きぼくろが印象的な青年だ。
――あれ、この人、どこかで……。
彼は、グレイのことを見つめ返すと、儚げに微笑んだ。
「こんな所で会えるなんて。生きていたんだね、グレイ」
「……ノア」
そう呼ばれた彼は、おもむろに自分の右手を押さえた。声音は穏やかなままだ。
「その様子だと、襲ってきた魔王軍と戦って、強さを認められたのかな。ボクは、あの後、なんとかスラムから逃げ出してね。テミスの警備兵団に拾われたんだ」
ノアの右手も、それを押さえる左手も、震えていた。彼の声が、わずかに上ずる。
「本当は、もっと、きみと話をしていたいんだけど。時間がないみたいだ。ねえ、グレイ、ひとつお願いがある――」
彼の右手が、まるで別の生き物かのように、左手を振り払って腰に差していた剣を抜いた。
「ボクを殺して」
その切っ先は、リセナめがけて振り下ろされた。




