19話 嫉妬と混沌
リセナの拘束命令を受けた警備兵と、彼女たちが建物の壁を隔ててすれ違ってから一時間後。夕食をとるために、一行は街の酒場を訪れていた。
入店早々、レオンが酔っ払いの客に目をつけられる。
「お~い、どうした坊や、迷子かあ? 子どもがこんな所に来ちゃダメだぞう」
「子どもじゃないやい。この前、十八になりました~」
「おっ、それじゃあ成人祝いの酒を飲まないとなぁ! ほらっ、おじさんの奢りだ!」
飲みかけのビールジョッキを押し付けられる。
「おおぅ……はいはい、ありがとう」
突き返すのもなんなので、レオンは大人しく受け取ることにする。リセナは「それを飲むんですか……?」という目をしていたが、オブラートに包んで「ほどほどにしてくださいね」と彼の肩をつついた。
「あはは、大丈夫だよ一杯くらい~!」
などと宣っていたが、メィシーやらグレイやらがリセナとの距離を詰めている謎の現状にストレス過多だったレオンは、あっという間にジョッキを空にした結果、完全に酔いが回って妙なテンションになっていた。この国では十八歳からの飲酒が許可されているが、許可されているのとレオンが酒に弱いのは全く別の問題なのである。
「というかさぁ~リセナ、あいつらのことどう思う~?」
あいつらというのは、黙々と料理を食べているグレイと、隣の客と談笑しているメィシーのことを指すのだろう。
「えっと、どう、とは……?」
「ほら、あいつら、顔がいいから許されるようなことばっかりしてるだろ? まあ、オレが許さないんだけど」
正直、心当たりはあったけれど、リセナは曖昧に笑って誤魔化す。
「でも、お二人とも素敵な方ですよ。メィシーさんは大人の余裕があって、それでいながら無邪気なところもあるし。グレイさんは強くて、意外と優しいです」
「ふ~~ん。へ~~~~」
「ふふ。レオだって、無邪気で優しいところ、素敵だと思いますよ」
褒められているのに、彼は口を尖らせる。
「オレには大人の余裕と強さが足りないってことぉ……?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「いいんだ、わかってるよぅ……」
面倒な酔い方をしているな――。困り果てたリセナが、着ているローブのフードをいじり始めた時。突然、レオンがその左手に指を絡めた。
「えっ……?」
テーブルに下ろされた左手を、彼は抗議的な眼差しで見つめる。彼女の薬指には、メィシーから贈られた指輪がはまっていた。
先程とは明らかに違う、静かで熱を帯びた視線がリセナに注がれる。彼はそのまま、指輪に手をかけると、少しずつ彼女の指先の方へ動かし始めた。
その行為の意味と、指をなでる感触と、注がれる熱い視線で、わけがわからなくなる。周りの音が、遠くなる。
彼の手で指輪が外される、その直前――。
メィシーが、声をひそめて彼女の肩を叩いた。
「リセナ、フードを被って」
そして、彼女の顔が他から見えないように、自分の方へ抱き寄せる。
メィシーの視線の先では、白い隊服に身を包んだ警備兵が客に聞き込みをしていた。
「――そう。白銀の髪で、紺碧の瞳をした若い女。リセナ・シーリグだ。心当たりはないか?」
なぜか、リセナが捜索されている。帰りの遅い娘を心配した両親からの依頼、というよりは、王太子側の命令だろうとメィシーは判断する。
「ひとまず逃げようか……。でも、彼ら、出入り口から離れないな」
彼が逃走ルートを考えている時、レオンは「任せろ。注意を引いてくる」と言って、グレイの腕をつかみ立ち上がった。
「……頼んだよ。北にある村で待ってる」
メィシーは、ろくなことにならないだろうなと思いつつ、ほとんど酔い潰れている彼に任せることにした。
怪しい足取りで酒場の中央まで進むレオンに、グレイは聞きたくもないことを一応尋ねる。
「……それで、どうするんだ?」
「はは。男同士で警備兵の気を引く方法なんて決まってるだろ――殴り合いだよ!!!!」
レオンが拳を振り上げて突進する。軽くかわされ、普通に殴り返される。
レオンも一応貴族のご令息なのだけれど。口の端に滲んだ血を拭って、グレイを睨み上げる彼はとてもそうとは思えない顔をしていた。
あっという間に、野次馬や、面白がって殴り合いを始める者たちまで現れる。
「おっ、ケンカかぁ!?」
「いいぞ、やれやれ!」
「おれたちもやろうぜ!!!!」
「誰が強いか勝負だぁ!!!!!」
「おい、お前たち! 大人しくしろ! やめないか!!!!」
警備兵が血相を変えて止めに入る。
その後、酒場の中は、法を司る街とは思えないほど混沌とした乱闘会場になった。




