17話 法を司る街
朝、隣の部屋から出てきたリセナが目を赤く泣き腫らしているものだから、レオンは「おはよう!」のあとに叫んだ。
「えっ、どうしたのリセナ!? 目、腫れてるじゃん!」
「あれ、そうですか? ちょっと冷やしてきますね」
「えぇ……!?」
なんでもなさそうに部屋へ戻るリセナ。入れ替わるように出てきたグレイに、メィシーは非難めいた視線を送る。
「うわ、もしかして、彼女に無理をさせたのかい」
「……何度も止めたのに、強請ってきたのはあいつだ。お前も似たようなことをしているくせに」
レオンが真顔で剣に手をかける。
「待て、なんの話をしているんだ。ここで殺し合いをさせないでくれ」
「レオくん、落ち着いて。きみなんて道端でしているから」
「はぁ……!?」
――なんだ、魔力増幅の練習のことか……。
法を司る街、テミスへ向けて歩き出したレオンは、リセナに手を握られたまま考える。
――でも、これ、渡した魔力をリセナが増やして、返してくれてるだけだよな。
さっきから、彼女は、小鳥が飛んできたり旅人とすれ違ったりしただけでチラチラとグレイの様子をうかがっている。
――それを昨日やっただけにしては、なんか、あいつのこと気にしてるんだよな……! むしろ闇の魔力持ちなんて、距離を置きたいものなんじゃないの……!?
「…………。リセナ~、グレイがどうかした?」
なるべく、何も考えていなさそうに尋ねる。
彼女は、きょとんとしてから小さく笑った。
「ああ、彼、意外と色んな表情をするんですよ。いまどんな顔してるかなって、なんだか気になっちゃって」
当のグレイは、話題に上がっているのを気にした様子もなく真顔で歩いている。
「へえ~オレには無表情の鉄面皮に見えるけど~」
――どういうことなの。やっぱり、一晩二人きりになる制度が良くないんじゃないか……!?
「ところで! オレ、今日はみんなで寝たいなぁ! 枕投げしよう!!!!」
突然の提案に、リセナは「いや……枕がバラバラになる未来しか見えないです……」とつぶやき、メィシーはただ微笑んでいた。
◆
テミスに到着したのは、昼過ぎのことだった。白とオレンジ色の石材で統一された街並みは、青空や公園の緑が映えてとても美しい。
まだ、リセナは、メィシーの言う里の試練について詳しく聞いていなかった。
「あの、メィシーさん」
けれど、彼は、広場の方を指差すと顔を輝かせる。
「リセナ、あれ、見てください。飛び入り参加オーケーみたいですよ」
広場の中央では、色とりどりの花びらが入ったカプセルが魔法で飛び交っていた。それを、杖や魔導銃などを構えた人が狙い撃って得点を競っているようだ。成績によっては賞金も出ると看板に書いてある。
「行くんですか? 魔導銃、上手く改造できてるといいんですけど」
「試してみますね。見ていてください」
彼は宝石の外された杖をリセナに預けると、魔導銃を持って広場の方へ向かった。
賞金に関してレオンは大して期待していなかったが、結果は百発百中。カプセルがはじけて花びらが舞い散る中、メィシーはリセナに向かって手を振った。
参加者からのどよめきや拍手を受け取るのもそこそこに、彼はこちらに戻ってくる。
「リセナ! 完璧でしたよ、あなたの仕事は。既製品のままだった頃より、魔力の馴染みがいいです」
「よかった……! メィシーさんの杖に使っていた宝石、元から魔導具の規格に合わせて削ってましたよね? おかげで簡単に取り替えられました」
「ええ、実は、人間の技術を取り入れてみようと思って形を真似したんです。里としては初の試みなんですよ」
この会話は、グレイはおろか、レオンもあまり興味がないものだった。しかし、リセナには商人の娘として惹かれるものがあるらしい。
「たしかに、エルフと人間の技術の融合ってあんまり聞かないですね。メィシーさんの宝石も、うちでは取り扱いがないです」
「そうなのですね。これは、魔力増幅には劣るものの、同じ効果があるんですよ。僕たちは、ただ、クリスタルと呼んでいますが……おそらく、ハルバ鉱石のような自然への悪影響はないはずです」
「へえ……! ハルバ鉱石は、列車とか、魔力機関を持つものに広く使われてるんです。だから、代替品にできたら、すごい革新になりますよ!」
「ええ。里に着いたら、採掘について詳しく聞いてみましょうか」
「はい! お願いします!」
リセナがメィシーの里について行くのは、ほとんど確定事項のようにも思われたが、彼は街の中枢へ向かう際にようやく自分の話を始めた。
「僕の里では、試練を受けて、一人前と認められてはじめて政治への発言権が得られるんです。でも、僕はどうにも不器用らしくて、魔法陣がないと複雑な魔法が使えず……。力で押し切るしかないので、合格には魔力増幅の助けが必要なんです」
そう語るメィシーの横顔は、不器用だと言っているのが冗談かと思うくらい、いつも通り綺麗で完璧だった。
「僕は、自分の里が閉鎖的すぎることをよくないと思っています。自然や伝統を守るのも大切だけれど、もっと、人間と力を合わせて技術を発展させていく方が素敵な未来に繋がるのではないかと……そう、訴えていきたいのです」
リセナは彼の考えに、ほとんど全面的に同意していた。むしろレオンの方が、きちんと疑問点をあげる。
「なあ、その試練ってリセナに危険はないのか? 戦闘がありそうな口ぶりだけど」
「うん。正確には、戦うことになるかもしれない、程度だけれど。試練は特殊な空間で行うから、同行者にダメージは入らないようになっているよ。自分で転んだりしない限りはね」
テミスの中枢、神殿の入口で、メィシーは振り返ってリセナに手を伸ばした。
「僕は、僕の目的のために、あなたにかすり傷ひとつ負わせないと誓います。一緒に、神への誓いを見届けていただけますか?」