12話 一難去って
圧縮された闇が、斬撃波となって地面を抉りワイバーンの体を両断する。断面から溢れ出た玉虫色の液体も肉を繋ぐことは叶わず、巨体は二つに分かれてどさりと落ちた。
間一髪でグレイの攻撃から逃げ延びた警備兵たちは、生きた心地がしないという顔で言葉を失っている。広場を、静寂が満たした。
「……勝った……?」
ようやく声を絞り出したレオンが、ハッとしてリセナを見る。彼女は自分の身を抱いて、地面に両膝をつき、うずくまっていた。
「リセナ! しっかりして、リセナ!?」
必死に声をかけたけれど、反応はなかった。指先が真っ白になるほど強く自分の腕をつかんで、なにか怖いものに耐えている姿が痛ましい。
――そんな、声が届いてない……? オレじゃあ、リセナを安心させてやることもできないのか……?
彼女の背中に触れようとした手を、引き戻す。正直、信じられなかった。長い間、彼女と一緒に過ごしてきた自分の存在が、助けになれるものだと思い込んでいた。
――いや、笑え、レオンルークス。オレがこんなじゃ、かえって不安にさせる。ひたすら、馬鹿みたいに明るく、笑うんだ。
彼女のためになるのなら、自分は道化でも構わないと思った。
レオンは深呼吸すると、リセナの前に膝をつく。彼女の両頬に手をあてて、優しく顔を上げさせ、いつものように元気に笑いかけた。
「やったね、リセナ! すごいじゃないか、勝ったんだよ! 世界樹を守れたんだ!」
「―――」
「さあ、もう大丈夫!」
彼女の瞳の焦点が合う。リセナは忘れかけていた息を大きく吸うと、弱々しく、けれど安堵したように微笑んだ。
そしてレオンの手に触れたのもつかの間――我に返った警備兵たちが、こちらを見ながらザワザワし始める。
「彼らは何者なんだ……?」
「エルフがいるぞ……」
「あの黒いの、まさか暗黒騎士……?」
「つまり、敵……?」
「少女が力を貸していたぞ」
「とりあえず、全員拘束するか……?」
これは、なんだか面倒なことになった。レオンとしては公的な機関に助けを求めてもいいけれど、すでに敵認定されているグレイに対してどんな仕打ちがあるかわからないし――それ自体は別に全然どうでもいいのだが――彼は平気で反撃するだろうから死傷者が出かねない。
レオンは大真面目な顔で、グレイとメィシーに目配せした。
彼の意図を知ってか知らずか、グレイがリセナを引ったくって肩にかついだまま黒馬で走り出す。
全力で追いかけるレオン。
「うわぁああ人さらいだ!!!! 待てぇッ!!!!」
と、メィシー。
「なんて邪悪なんだ!!!! 滅! 滅!」
あまりの雑さと速さに、リセナは本物の悲鳴をあげる。
こうして『暗黒騎士による民間人強奪事件~可哀想な少年と正義のエルフを添えて~』は完成した。
◆
ワイバーンが世界樹を攻撃したという報告が入ってから、国王を始めとする国の上層部は混乱していた。王太子は自室に老執事を呼びつけて、状況の把握を図ろうとする。
「先程から父上たちが騒いでいるのは、一体なんなのだ。魔物が世界樹を攻撃したというのは本当か……!?」
「左様でございます。以前にも、魔法廃止を唱える過激派団体が、魔物を操って攻撃させた事例はありましたが……今回は、様子がおかしいとのことで」
執事は、報告書にあった出来事を順に述べる。
「――そして、ワイバーンの死骸は、玉虫色に変質した部分が塵となって消えたため、これ以上の調査は不能と……」
「……っ、結局、不明点ばかりではないか……! 現地にいた警備兵は? 城に呼べ、私が直接聞く!」
「それが……彼らは戦闘中に玉虫色の液体を被っていたのですが、時間が経つにつれ言動に異常が出てきたようで……」
執事が言いよどむ。
「……今、人間としてまともに会話できるのは、一番軽症だった一名のみです。彼も、時おり勝手に体が動くと言って怯えるので、鎮静剤を打たれています」
王太子の顔が青ざめる。重苦しい空気をなんとかしようと、執事はシワだらけの目元を細めてみせた。
「ああ、そういえば、町民の少女がこんなことを言っていたそうですよ。――白馬の王子様が助けてくれた、と」
「どこの王子だソレは……」
「あと、暗黒騎士による誘拐が起きたとか、町中で火柱を上げている少年がいたとか、マッドサイエンティストの研究所に出入りしている者がいたとか……色々ございますが、ひとまず、紅茶はいかがですか?」
うわの空で返事をしながら、王太子は考える。
――暗黒騎士……? まさか、な……。
ほんの数日前、暗黒騎士やエルフ、どこかの少年がリセナを奪い合っていたことを思い出す。
――放置しておいたが、あちらも調査するべきか……?
暗黒騎士に求められる理由なんて、ろくなものではないだろう。場合によっては、彼女の始末を。
エルフが大聖女と呼ぶなんて、何らかの有益な力を秘めているのだろう。場合によっては、彼女の拘束を。
どこかの少年は……。幼馴染とか言っていたが、まさか彼への想いが原因で自分がリセナに拒絶されたのだとしたら――。
ワイバーンからの強襲を防いだばかりの四人に、また、新たな困難が芽を出そうとしていた。