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私が来た

「……雲雀?」


 目覚ましの音より早く俺は目を覚ます。開いた窓からはか弱い光が差し込み、鳥の音は一切しない。

 そして昨夜言葉を交わした彼女の姿は、そこには無かった。


「ッ、雲雀!」


 窓は、開いていた。吹き込む風がカーテンを揺らしている。

 嫌な予感が身体を貫き、俺は急ぎ着替え刀片手に窓から飛び出す。彼女が何処へ行ったかはすぐに分かった。


「この魔力……」

『強いな。普通の人間……何処かの魔女は除くが、有り得ん程濃密な魔力の残滓じゃ』


 メリィの言う通り、降り立ったそこには俺でも分かる程の魔力が残っており、それは敷地の外まで続いている。

 それを辿り、広い道に出る。普段なら大勢の人がいるそこには、早朝だからだろうか、俺と──こちらに背を向けて立ち尽くす雲雀以外は誰も居ない。


「雲雀、大丈夫か」

「……」


 俺が声をかけるが、彼女は何も答えない。

 現在の時刻は六時半、五月とはいえもう日の出は終え明るい筈。だというのにも関わらずその場はどこか薄ら暗い。

 彼女が見つめるその太陽は、昼間の白色でも夕暮れ時の朱色でもない。濁った金色──黄昏色であった。そこから発せられる光は生物を養ってきた命の光ではなく、死者を看取る様な死の光の様に思える。

 雲は無く、しかしそこにある筈の水色はやはり黄昏色に染まっている。明らかに、異常気象だった。


「雲雀……!」


 俺の二度目の呼びかけに、彼女はゆっくりと振り向く。

 その動作には澱みは無く、まるで機械の様に正確で血の通っていない動き。

 そして振り向いた彼女の顔は完全な無表情であり、こちらを見つめる二つの瞳は黄昏色──あの時、暴走していたモノ(・・)と同じ。


「……お前、雲雀じゃないな」

「……」

「雲雀を返せ、その身体はお前が好きにしていい物じゃない」


 刀を抜き、彼女を乗っ取っている《《何か》》に向かって言う。


『……快人、用心しろ』


 メリィが言う。


『あ奴は、危険じゃ』

「ああ、分かってる……?」


 俺が言った瞬間、彼女が呻き始める。顔を押さえ、苦しそうに身体を抱える。

 それに思わず近付こうとするが、直後聞こえてきた音で足を止める。


 バキ、ボキ、ゴキ。

 何かが折れ、潰れる様な音。それが彼女の身体から鳴ったと思えば、その背中が蠢き始める。

 そして、破裂。背中の皮膚を突き破る様にして出て来たのは、以前も見た金銀銅色の歯車の集合体の翼。以前は右翼だけだったが、今回は両翼顕現している。そしてその外見は鴉の翼ではなく、まるで蝶の羽の様で。

 やがてその羽根から彼女が侵食されていく。顔、手、腹、脚。その全てが歯車と金属と錆で覆われその大きさは彼女の三倍程になる。そして、侵食が終わったその姿はまるで"羽根の生えた蛹"であった。


「こ、れ、は……」

『この気配は……神、か?』


 ガチ、カチ、コチ、歯車とゼンマイが音を鳴らす。ギシギシと金属パイプが細かく擦れている。

 あり合わせの部品をやみくもに組み合わせた失敗作のロボットですらない何か。見た目はそんな風体だというのに。



「──機械仕掛けの、神」



 俺はその名前を呟き、不意に思い出す。


──例えば、神を作ってしまう程には、ね。


「そういう、意味かよ……!」


 それは涼介の言葉。その意味が今ようやく理解出来た。




「デウス・エクス・マキナ計画……それが、雲雀の受けた《《闇》》の名前」


 自身の寮の屋上で、私は快人と対峙する雲雀だったものを見つめている。

 原作通りの展開だ……安堵すべきなのに、私の心は何一つ晴れてはいなかった。


 |デウス・エクス・マキナ《機械仕掛けの神》計画。それは柊家が裏で進めていた物だ。

 魔法体質者は貴重な存在だ。例え十華族に生まれた女であろうとも体質ではない事もあり、現在に至るまで発生要因は判明していない。また、通常の契約では、契約した相手によって能力や行動が左右されてしまう。

 これらの問題を解決する為、神の気まぐれに左右されない人工の神(・・・・)を作り出し、それを胎児に植え付ける事で人工的に魔法師を生み出す。それがこの計画の内容である。

 多くの胎児が実験に使われ、最終的に適合したのは雲雀のみ。そしてその雲雀ですらも自身の魂の器に入りきらない"神"に身体を蝕まれ、若くして死ぬ運命を定められてしまう。雲雀が小中学校に通わされていたのは単なる経過観察、そして人と接触する事で何か変化が起こるかを見る為だ。

 しかし特に変化は無く、計画は失敗と見なされた。明らかな厄ネタである彼女は中学を終えた所で秘密裡に処分される予定であった──



──だが、そこで予定外の事態が発生する。藤堂快人の出現である。

 柊家は急遽処分を取りやめ、魔法学園の入学者の中に彼女をねじ込んだのだ。

 目的は彼との子供と彼の《《強化》》。元々長くとも一ヶ月程度で暴走し死ぬと予測されていたのに子供を作っても仕方がないのではないか、と思うかもしれないが、そこは受精した時点で受精卵を取り出すつもりだったのだ。

 そして、彼の強化。これは、初の男性魔法師である彼に暴走した雲雀を戦わせ、精神と肉体を共に鍛え上げる、そういった魂胆であった。どのみち処分する予定だったのだからどうせならば役立てよう、という事だ。反吐が出る。こんな事をした奴等も……見ないふりをしていた私にも。


「取り敢えず、あの戦闘には介入しないとして……助けられる人は助けたい」


 今日わざわざ私がこうして見ているのは、原作においてこの戦闘により多くの生徒が死んでしまうからだ。

 そしてその死は、快人の強化にはあまり関係がない。だから私は彼女らを助けたい。それを見て見ぬふりが出来る程私の心は強くない。今回は咲良も居ない訳だし。


 快人の魔法体質が判明したのとほぼ同時刻、とある予言が日本国上層部にもたらされる。

 色々と小難しい言葉で書かれているが、内容としては「異常の者を強くしろ」といった物。それと同時に快人の件が報告されたのだから、その「異常の者」というのは彼の事だと判断したのだ。

 私が頑なに原作を守りたいのはそのせいだ。この作品のラスボスを倒すには、快人が様々な強化イベントを潜り抜け心身共に成熟していなければならないのだ。他のどんな強い魔法師であってもいけない。それが例え戦略級の魔法を使いこなす咲良の様な人間であっても、いずれ現れるラスボスには敵わない。



 異世界より(きた)る──"厄災の魔女"には。




「"リグラ・グレンズ"、"付与(エンチャント)"」


 鋼鉄の蛹を前に俺は刀を構え、黒い炎を纏わせる。

 正直な所、何をすればいいのか全く分からない。あの蛹を斬り裂いた所で雲雀が戻ってくるのか、そもそも斬り裂けるのかすらも。

 でも、何もしない訳にはいかない。何とか出来そうな輝夜は今や信用出来ない人間トップに居る。


「……ス」

「ん?」


 と、声が聞こえた。雲雀と機械音声を混ぜ合わせた様な声。


「コロ、ス」


 それが明瞭になった瞬間、蛹が五角形に変形しその頂点全てからバルカン砲の銃口が覗く。

 それらが回転しだし、俺は危険を察して走り出した。


「コロス」

「ッ!!」


 バーーーッ、とけたたましい音が鳴り一斉に銃弾が発射される。

 次々と地面に穴が空き、俺はそれを搔い潜り何とか物陰に隠れる事に成功する。だが完全に無傷とも行かなかった様で、左腕に僅かに裂傷が出来ていた。

 痛み。現実でこれを感じるのは襲撃以来だろうか。兎も角、ここでは《《死ねば死ぬ》》のだ。


 物陰から様子を窺っていると、蛹が四本の直方体に変化する。何かと思っていたらそこからゴウ、という音と煙を出して四つのミサイルを放ってきた。


「はぁ!? クソッ、"リグラ・グレンズ"!」


 俺が何とか迎撃するが、一本だけは出来なかった。やむを得ず刀で斬りかかろうとした、その時。



「"焔弾"!!」


「なっ」


 横から飛来した火球によってミサイルは撃ち抜かれ、大爆発を起こす。

 俺が驚愕したのは助け自体にもだが、何よりもその魔法に、であった。


「バカ快人、私にも少しくらい相談しなさいよ!」


 そこに刀を持って立っていたのは、魔装を身に纏った幼馴染の赤髪の少女だったのだから。


「ひ、比奈!? 何でここに!?」

「雲雀の事が気がかりで早く起きちゃったのよ。それで外眺めてたら走ってくアンタが見えたから後ついてきたの……で、その様子だとこれ(・・)が雲雀って訳?」

「ああ……そうだ」


 俺の返答に、彼女は苦渋の表情を浮かべる。出来れば違っていて欲しかった、と言わんばかりの。


「戻す方法とか、分かる?」

「分からない。でもやるしかない」

「っ……取り敢えずぶっ飛ばしてしまえばショックで元に戻ったりしないかしら」

「やってみるか」


 軽口を叩きながら蛹を睨み付ける。すると、それがまた変化し始める。

 蛹が蛹の形に戻り、そのあちこちが膨らみだす。やがてそこが破裂し、中から何かが飛び出してくる。


「「ろ、ロボット!?」」


 歯車と銅パイプとゼンマイを闇雲に組み合わせた様な形の、体長二メートル程の人型ロボットが五体。それらは出てくるや否やマシンガンを構え、こちらに放つ。


「はぁっ!!」

「"炎斬"!!」


 銃弾を避け、まず一体ずつ倒す。接近されたのを確認したロボット達は剣に持ち替えるが大した相手ではない──のだが。


「いくら倒しても……」

「キリがない……!」


 その五体を倒している間に十体のロボットが蛹から飛び出てくる。

 いつかは終わるのだろうが、多分その前に俺達の限界が来るだろう。


「マズイ、このままだと……!」


 ロボット達の標的はどうやら俺達だけではないようで、寮へ向かって走り出していた。

 今の時間、寮生は大体が眠っている。このままでは大虐殺が起きてしまう。だが、俺達に奴らを止める余裕は無い。どうにかして、どうにかして伝えないと──


「"叢雨簪"」

「あ……君は」


──と、そこで寮へ向かっていた物、そして俺達の周りにいた物が一斉に水の槍に貫かれる。

 そこに訪れたのは、確か入学式で師匠と決闘したらしい……


「織主さん!」

「……私も加勢します。このロボットの群れは受け持ちますから、二人は元を断ってください」


 どこからか降り立った彼女の顔は、僅かに苦い表情が張り付いていた。

 それは兎も角、加勢は有難い。これで俺は蛹の対処に集中出来るという訳だ……とはいっても、何をすればいいのかは依然として全く分かっていないのだが。



『"ショックカノン"を使え』


「……え」


 不意に、メリィが言った。




「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんな物使ったら雲雀が……はあ? ライグレーディ? 何だよそれ!」

「アンタ何言ってるの?」


 快人が一人で喋っている。相手は恐らくレフストメリスだろう。

 暴走雲雀を前に手をこまねいていた快人に、彼女は言うのだ。「我が王家に伝わる伝説の魔法を伝授してやろう」と。その名も"ライグレーディ"──厄災の魔女が使っていた魔法をレフストメリスの祖父が再現した魔法の名前である。本当の名前は別にあるらしいが、そちらは原作では明かされなかった。

 如何なる物も貫く深紅の光線(・・・・・)を発射する。単純な魔法だが威力は高く、彼が使う魔法の中でもトップクラスの威力を誇る。


「……でも、今の状態で撃てるの?」


 私は呟く。

 そう、これには問題がある。原作ではこの時点で雲雀が彼にベタ惚れしており"支配"人数が増えた事に加え、その支配対象が暴走状態により途轍もなく《《強い》》為に彼はここで初めて魔装を装備する事に成功したのだ。

 そして泣きながら"ライグレーディ"を撃ち、雲雀は死ぬ。支配人数が減った事により彼の力は元に戻ってしまい、再びライグレーディを使うのは随分後になってから……


 でも今、彼は魔装を着ていない──それはつまり、未だ雲雀の支配は完全ではないという事だ。これでは恐らく最上級魔法であるライグレーディは使えない。

 一体どうするつもりなのだろう、私はロボット相手に無双しながら彼の動向を見守った。




『しかしあ奴を倒すには恐らくそれしかないぞ』

「倒すんじゃない、助ける方法を」

『快人!』


 メリィが叫ぶ。


『あ奴はもう駄目じゃ。見た限り、魂が完全に融合しておる』


 目の前でバルカンを撃ちまくる機械仕掛けの神と雲雀は最早同一物体になってしまった。引き剥がす事など不可能だ──彼女は続ける。

 魂とは人間がこの世に生まれ落ちた時から死ぬまで外的要因によっては一切変化しない、否出来ない物。それを弄る事など、それこそ創造主でもない限りは不可能、らしい。


「それでも、師匠なら」

『確かにあ奴は強い。だが人間に過ぎん……人と神の間にはどうやっても越えられぬ壁がある。それに雲雀も苦しんでおろう、お主が手を下す事を望んでいるのではないか?』

「……ッ、うっ、わあああああっ!!」


 俺は叫び、刀の先端を蛹へ向けた。それを見た比奈は何かを言いたそうに口を開いたがすぐに閉じ、歯を食いしばって叫ぶ。


「"陽に塗れた雷の子よ、火の星にて希望を捧げたまえ"!」

「"炎斬乱舞"!!」


 彼女が炎を纏わせた刀で蛹の周囲を高速で回転し、斬り付け続ける。表皮には一切の傷もつかず、だがここまでは想定内。

 蛹の殻を突き破って新たに出て来たアーム、それを一瞬で彼女は切り落とす。相手に何もさせない事だけが今の彼女の役割なのだ。


「"冥界にて散り、大地に蘇る。天の覇者を墜とし、地の雄を灰へ"!!」

「"紅炎旋風"!!」


 俺が刀の切っ先で魔法陣を作り、その間に比奈は炎の竜巻で蛹を包み込む。

 魔力回路で魔素が魔力に変換され、刀の先、魔法陣まで送られ続ける。これをやってくれているのはメリィだ。

 彼女が言うには、ショックカノンとよく似た魔法が異世界に"ライグレーディ"という名で存在する、と。今の俺の力ではまだ使う事は叶わないが、ショックカノンを使う際の補佐くらいは出来るのだと。実際、いつも師匠の前で使う時──一人で発動させる時よりも明らかに魔力の巡りと高まりは良好だった。


「"永遠の宙を駆け、数多の敵を撃ち穿て"──」



 ごめん、雲雀。



「"ショックカノン"」


 刹那、轟音と共に青白い閃光が放たれる。

 初めて、成功した。成功してしまった。大事な人を守る為に鍛えた力を、大事な人を殺す為に使ってしまった。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。やめてくれ。自分で引いた引き金なのに、初めて引けた引き金なのに、それが、こんな形で、友達を。


 誰か、誰か、誰かあれを止めてくれ。お願いだ、誰か雲雀を、俺から助けてくれ。


 そんな願いも虚しく、俺の全ての魔力が込められた光線は蛹に向かって突き進み──



「──遅れてしまって、すまない、です……」



──それは、煙の様に消えてしまい。



「でも、安心して……」



──冷静で低く抑揚の少ない、しかし怒りを孕んだ声が聞こえ。



「最(つよ)の、私が、来ました……」



──星空を編み込んだ様な白い肌は光を映しこみ、細く陶器の様な手足は何故か確実な堅牢さを思わせる。

 身長程もある巨大な杖を持ち、緑色を基調とした振袖を身に纏う。

 赤紫色の長い髪がたなびき、その前髪の隙間から覗く美しいマゼンタ色の瞳がこちらの顔を映し出す。




「あとは、私がやります……!」

この小説の続きが見たいなと少しでも思った方は、三秒で終わるので下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてください


思った以上に長くなったので特高壊滅は次回に持ち越します。スマン


厄災の魔女……なんて強そうな名前なんだ

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― 新着の感想 ―
機械仕掛けの神 演出技法のことを考えると最後は絶対ハッピーエンドって意味かな? ラスボスはもういるし仮にコピーとかが現れても劣化版だから主人公が勝つ シリアスさん及びオリ主さん?
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