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6.親子喧嘩

風邪と豆腐(全12話)

「へえ、じゃあ幼馴染ってわけなんだ」

「そうなんです。銀次っていうんですけど、店の小僧として入ってきて、ちょうど歳も近くて。自然と仲良くなりました」

「幼馴染って良い響き。キュンってしちゃいますね」


 年頃の女の子が揃えば、話すことは古今東西決まっている。

 ましてや、恋愛話の格好の対象がいるのだから、お多恵と銀次の話を聞き出すのは当然の流れだった。


「でもケンカばっかだったんですよ。でもあいつは、使い走りじゃ嫌だから、料理の勉強をしたいって言いだして、やらせてみたら筋がいいからって父が気に入っちゃって。それ以来、忙しそうにしてて、あんまり話せなくなっちゃったんですけど」


「お父様は、そうやって小僧さんを仕込むの?」

「いえ、基本的に板場に人を入れるのを嫌う人でしたから。今でも雑用みたいな使用人が二人だけですし」


「じゃあ、何か光るものがあったのかもしれないわ。お父様に認められていたから結婚を認めてくれたのね」


「どうなんでしょう。だといいんですけど……」

「いつから結婚の話が出たんですか?」


「いつだったかしら? はっきり言われた訳じゃ無いんだけど、三年位前に、いきなり銀次がもうすぐ板場に立てるからそれまで待っててくれって。何を?って聞けなかったけど、たぶんそういう事なんだなと思ったの」


「きゃー! 待っててですって。言われてみたいですね、ひまりちゃん!」

「そうねぇ。どっちかっていうと追いかけたい方なんだよなぁ」


「ひまりおばちゃんの好みはどうでもいいの! それで銀次さんは無事に板場に入れたんですね?」


 バッサリと切り捨てる遠慮のない一撃は、グサりと彼女に致命傷を与えたようだ。このタイミングであえておばちゃんをつけるあたり、効率的にダメージを与える事に天賦の才能を感じさせる。


 初対面に近い日葵に、どう言葉をかけて良いかわからなかったお多恵は、触れるのを止め、話を続けることにしたらしい。


「……ええ、お客様からも、ついに後継者を育てる気になったかって言われて父も銀次も嬉しそうだったな」


「この薬で良くなるといいわね」

「そう……ですね」



 そのような思いを抱えて三人が向かっている事を知る由もない《《うぐいす》》屋本店はというと親方は不機嫌を通り越して一言も喋らず、使用人も事の成り行きに不安を覚え、矛先がこっちに向かうのではと戦々恐々としていて雰囲気はとても悪いものだった。


「お疲れ様。多恵です。親方いらっしゃいますか?」


 その空気を打開できる人物の登場に使用人たちは、ホッと息を吐いた。


 予定外の訪いにも関わらず、その理由に思いが及ばなかったようだ。単純に、これで安心といった様子だが、その人物の一言で再び場が凍り付く。


「あれ? 銀次はいないのかしら?」


 使用人たちは気まずそうに俯くばかり。一方、当事者である親方は先ほどより、さらに頑なに作業に没入しようとしている。


 だからといって、この状況を黙り通すことなどできる訳もない。


「ちょっとお父さん! 銀次はどうしたのよ!」


 この異様な雰囲気から、銀次は雑用で外に出たというような理由でない事は、部外者である日向たちにも理解できた。


 銀次はおらず、店は異様な雰囲気。お多恵のように、想い人の心配をしている女性にしてみれば冷静で入れるはずもなかった。


 思わずムキになって父親である親方に無遠慮な言葉を投げかけてしまう。


 自分の後ろめたさから、無言を貫いてきたが、娘の失言に渡りに船とばかりに声を張り上げる。


「店では親方と呼べと言っとるだろ!」

「今はそんな話をしてる場合じゃないでしょ! 銀次はどうしたって聞いてるの!」


 いつもであれば、素直に謝る娘。しかし、今回ばかりはそれで収まらない。


 親方としては正論を言っていたし、立場上、叱る事についても真っ当な事であると思っていた節がある。いや、そう信じたかったのかもしれない。


 だが、この状況はそれを許さなかった。


 思いもしなかった反撃に戸惑う親方は、昔から知る娘の顔ではなく、想い人を心配する一人の女になっていた事にショックを受けたようだ。


 父親としての威厳も保てず、子供が自分の下から離れていってしまう事を嫌という程に実感してしまったのだろうか。


 それが簡単に推測できてしまうほど、どちらが子供であるのかわからないような泣きそうな顔をしている親方。


 そこには、実力と実績に裏打ちされた自信を持った親方はおらず、現実に打ちひしがれて立ち直れていない父親の姿しか見えなかった。


 無言で向かい合う二人。一人は睨み付け、もう一人は視線を合わせられない。


 思わず、日葵は間に入る。


「お多恵さん、落ち着きましょう。ここはお店の板場です。親方の言う事も間違ってませんよ」

「でも! ……じゃあどうして銀次はいないのよ!」


 この場にそぐわない態度であることは、お多恵もわかっているようだ。頭では、わかってはいるが気持ちで納得できない。そんなところだろう。


「……お多恵ちゃん」


 そっと近づいた日向はお多恵の手を握る。


「きっと大丈夫だから、落ち着いて話を聞こうよ」

「日向ちゃん……」


 きつく結ばれていたお多恵の手が少し緩まる。


「親方さん、私は川村日葵と申します。銀次さんのお薬を届けに来たのですが、どちらにいらっしゃるのですか?」

「へい、奥方様でいらっしゃいましたか。あっしは、源五郎といいやす。お見苦しいところをお見せしちまいまして……」


 流石、年の功。長年の客商売の賜物であろうか。日葵の仕草や言動から正確に身元を察したようだ。


「うちは貧乏御家人で奥方様と言われるほど、大身ではないわ。それより銀次さんはどうしたの?」

「お恥ずかしい限りですが、あいつは料理人の魂とも言うべき包丁を無くしやがって。それで探しに行かせてやす」


「包丁が無くなったですって! 銀次は朝から晩まで板場にこもりっきりじゃない! 無くしたのなら板場の中にあるはずよ。それなのにどうしてここにいないの!」

「それは……あいつが人のせいにしやがったもんだから……」


「だから、何よ!」

「見つけるまで戻ってくんなと追い出しちまった」


「追い出したですって? 外にあるわけないじゃない! いつから探させてるの?!」

「朝の内からだから、かれこれ三刻は経ってるんじゃねえか」


「三刻も! 銀次はここしか居所が無いのはお父さんも知ってるでしょ!」

「ああ、すまなかった。俺もカッとなっちまって」


「もう! 私探してきます!」

「お多恵ちゃん!」


 日向に握られていた手を振りほどき、外へと飛び出すお多恵。

 残されるは、何とも言えない雰囲気のみ。

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