悪役令嬢殺人事件〜執事探偵は最後に微笑む
「あああ!思い出したぁ〜!やっばーい、このままじゃ全員死んじゃう〜っ!!」
「お嬢様。落ち着いてくださいませ、このスットコドッコイ」
はい。こんにちは。
スットコドッコイ令嬢、フェオミーナです。
伯爵令嬢なのに、執事にこういう雑な扱いを受けているうっかり系残念令嬢です。ううう、自分で言ってて、つらいわ。
実は私、これでも名探偵……の助手なんです。そう!何もできない賑やかしワトソンポジ。導入とコメディパートとエンディングのほのぼのオチ要員です。
名探偵はうちのスーパー執事で、その冴え渡る頭脳と反則な身体能力で、わりと力任せに犯人を追い詰めるけど、身分が身分なので表には出ないインチキキャラです。
イケメンなら何やってもいいと思うなよ。ちくしょう、カッコイイから許す。
えーっと、なんでこんなメタな表現が多いかというとですね。
わたくし転生者らしいのです!
この、前世ではフィクションだった"執事探偵"の世界に転生しちゃった一般人です。
やったね!……じゃなくて。
理由もわからないまま、勝手も知らない世界で、四苦八苦それなりに楽しく過ごしています。
で。今、ついさっき大事件を思い出しました。
うちで一人で茶〜しばいている最中で良かったよ。ショックで思わず叫んでしまいましたが、世間の目があるところだったらアウトだったよ。
というわけで、己の状況を客観視して冷静になるために、架空の第三者へのレポートのつもりで思考を整理中です。
さしあたって、今、思い出したばかりの悪役令嬢殺人事件のあらすじを、順番に説明しましょう。
うにゃうにゃ。
事件が起こるのは、王城で開かれる戦勝記念パーティーをクライマックスとする半月ほど。
王太子の側近候補である高位貴族や有力者の子弟が次々と殺され、最終的には王太子も命を狙われる連続殺人事件。
悪役令嬢が最大の容疑者。
婚約者である王太子が男爵令嬢に入れあげ、自分をないがしろにしてついには婚約破棄をしようとしていたことへの怨恨だろうと途中までは思わせるものの、彼女にはアリバイもあるし、犯人としてその猟奇的な殺人を実行するだけの腕力もない。
というのも、この連続殺人事件は見立て殺人で、被害者らの死体は彼らの家門の紋章に見立てて晒されるから。(家紋で良かった。歌の歌詞だったら超〜危険だったよ。この世界の存続に関わりかねない……)
最初の被害者であるチャライケメン軟派侯爵子息は、薔薇園で顔を棘でズタズタにされた上で、持ち手が十字に付いた長柄の農具で撲殺。花と十字の組み合わせから、後に家紋の見立てとの話が出るきっかけとなった。
2番目は騎士団長の息子で、猟犬の囲いの中で切断された無惨な遺体が見つかった。紋章は剣と狼。
3番目の被害者は宰相の息子で、犯人がわかったと周囲に告げた翌日に槍で串刺しになって発見された。時計塔から落下して、翌日の馬上試合用に立てられていた槍に貫かれたらしい。紋章は塔とユニコーン。
どれも令嬢が実行犯となるには無理がある死因である。
現場周辺などで仮面を被った謎の男の目撃情報もあり、外部の手練の不審者の犯行とも思われたが足取りはようとして掴めず捜査は難航した。
にも関わらず、王太子は婚約者である公爵令嬢を犯人と断定し、戦勝記念パーティーで婚約破棄を宣言。男爵令嬢との婚約を一方的に発表する。
泣き崩れる公爵令嬢が衛士に捕らえられて、連行されようとしたとき、仮面の男が現れ、王太子と男爵令嬢に斬りかかる。とっさに避けた王太子は辛うじて死を免れたが、男爵令嬢は絶命。
仮面の男は気を失った公爵令嬢をさらって、混乱する会場から逃走する。
実は真犯人であるこの仮面の男は、令嬢の元婚約者であり、戦場で死んだと思われていた第一王子。彼は王族だけが知る地下通路を通って自分が育った離宮に公爵令嬢を連れて逃げのびる。
意識を取り戻した令嬢は、仮面の男の正体を知り、生きて再会できたことを喜ぶ。仮面の男はこのまま共に逃げようと言うが、令嬢は犯した罪を思えばこのまま無事に一緒に幸せになることはできないと断る。
それは俺がこのような醜い姿に成り果てたからか。
絶叫する男が外した仮面の下には、無惨に焼け爛れた顔があった……。
え?我が執事探偵殿の見せ場はどこかって?ここからです。
真犯人の正体を推理で突き止め、今は廃墟と化していた離宮に潜入した我が執事探偵殿は、このあと、無理心中をはかろうとする犯人とハイレベルな戦闘を繰り広げ、その間に私はなんとか公爵令嬢を保護します。
最終的に追い詰められた犯人は離宮に火を放ち、その炎の中で死んでいくのですよ。
離宮に飾られた大きな肖像画の在りし日の王子の顔が燃えていく描写が印象的だったわ〜。
結局、助けた公爵令嬢も、事情が事情だけに表には復帰することができず、公爵家としてもそのまま死んだものとして公表。僻地の修道院で死んでいった人たちの冥福を祈って余生を過ごすという救いがたい話だった。
おい、名探偵。誰も助かってないよ。という酷い展開なのだけれど、我が伯爵家にはお咎めなし、影響なしで、続編に続くというお気楽推理物だったように思う。
……さすがエンタメフィクション。雑だなぁ。
「お嬢様。落ち着かれましたか」
はい。落ち着きました。
「ありがとう。少し考えたいことがあるの。一人にさせてもらえる?」
「承知いたしました」
有能イケメン執事は、すぐにメイドや従者を部屋から退出させて人払いをしてくれた。
窓や普段使わない側の扉の外も確認してくれるのは、やり過ぎっぽいけど、あなたそういう習慣の人よね。はいはい。
あと「一人にする」って言葉の意味知ってる?
あ、俺の辞書にはないって顔してる。やっぱり?
「それで?今度はどんな突拍子もないことを思いついたんだ?」
「言い方」
「……でございますか?」
私はジト目で、我がイケメン執事殿を見上げた。
くそう。顔がいいな。許す。
「人を探してもらいたいのよ」
私は、頼りになる我がイケメン有能執事殿に、考えたプランを相談した。ノーヒントで推理するけど誰も救えない名探偵よりも、インチキ知識を活用してハッピーエンドにする方がやっぱり重要じゃない?
「細部は詰める必要がありますが、概ね承知しました」
「ことがことだから、今回はお父様の手をお借りした方が良いと思うの。お話するから、お父様がお帰りになったら、ご都合の良い時間に予定を入れておいてちょうだい」
「かしこまりました」
「あと、近い。近いから」
「人目はない」
「そうじゃないって」
私をからかったイジワル執事は、くっくと喉の奥で笑いながら、私の髪飾りやドレスのリボンを直してから人を呼んで、仕事に戻っていった。
ええい。腹立つなー。
お父様に諸々差し支えない程度に丸めた事情を相談し、人を出してもらって、犯人になる前の第一王子殿下を捜索していただく。
ツッコまれると都合の悪いことは、"神託"です!夢で見ました。予知夢だと思います!!で押し通した。
……いいんだ。日頃からちょっとアッチよりの頭が残念な娘で通ってるから、これで押し通したって平気だもん。グスン。
本来なら王位継承者だった第一王子は、現王太子である第二王子派閥の工作により、かなり強引に戦場に送られた。ほどなく、詳細が伝わらないまま、辺境での戦闘による名誉の戦死が伝えられた。
その後、バタバタと第一王子派だった貴族が、第一王子戦死の責を問われて降爵されたり、仇討ちせよと壮年の当主と後継ぎの両方を戦場に送られたりして、力を削がれたところで、公爵令嬢の婚約相手が第一王子から第二王子に変わり、第二王子が立太子した。
ダラダラと長引いていた戦争が、それで終わったところをみると、戦争相手の隣国ともなにがしかの取引があったのだろうとは我がイケメン執事殿の談。
いやぁね。生臭いったら。
うちはお父様が日和って事なきを得たけれど、親しくしていた家が理不尽に降爵されたり、取り潰されたりするのをみるのはつらかった。
普通はうち程度の木っ端貴族は親しい家が目をつけられて没落すると、あおりを食って潰されるのだけれども、うちは奇跡的に助かった。
なんでも、我が家がお目溢しされたのは、我が家が宗教関係者からの覚えがめでたかったからという理由もあるらしい。私が日頃から神殿の奉仕活動にもよく参加していたのも役に立ってたかも。お爺ちゃん神官様達とか仲良いもん。いやぁ~、信心と善行はしておくもんだな~。
ノリ的には前世の地元の神社の祭礼の子供行事とか、年越しの婦人会の汁粉とおでんの振る舞いとか、ボーイスカウトでのお寺掃除とかそういう感じで、あまり信仰心は関係なく活動していたんで、この世界の神のご加護があったとは思っていないが、関係者は人間なので、いい感じに誤解や贔屓をしてくれたらしい。
閑話休題。
そういうわけで、第一王子殿下が生きているなら、早急に確保する必要があるのだ。
はっきり言って野良で殺人鬼している立場じゃないということをわかって行動してほしい。
うっかり妙な派閥の中途半端な者に引っかかったら、死ぬほど面倒なことになることぐらい私の頭でも(我が執事殿にかみ砕いて説明してもらったので)わかる。
我が名探偵執事殿のプロファイリングに基づく名推理により行動範囲を特定された第一王子は、ほどなく見つかって、問題なく保護された。
夜中だったので第一王子vs我が無敵執事殿の対決?シーンは見逃しました。残念。
特に何もなかったと言っていたけれど、念のため確認したら軽くとはいえ怪我をしていたので、私は大騒ぎをして急いで治療しました。
我がスーパー無敵素敵執事が怪我をする戦闘って、どんなの?相手生きてる?って聞いたら苦笑したので、すっ飛んでそちらも治療しに行きました。
うちの猛獣がとんだことをいたしまして、申し訳ございません。
真犯人を犯行前にしょっぴくという荒業に出た私達は、事件当日に犯人の代わりに現場近くの物陰に潜んだ。
え?なぜ私がそんなことをする必要があるのかって?
だってワトソン役は名探偵に同行しないと、閃きのキッカケを作れないじゃん。
というのもあながち冗談でもなく、実は私の原作知識の記憶があまり細部まで鮮明ではなく、そのシーンを見ると、そうそうこうだった!となる部分もあるのです。くぅ~、残念。
「後から言うな」「今、言うな」とどれだけ叱られたことか。
仕方ないんや。堪忍してぇな。
このちっちゃい頭に二人分の記憶プラス、前世で見たっきりのフィクションの詳細なんて入んないんだってば。
犯行現場がピンポイントでどこかなんて、現地に行ってみなきゃ、よくわかんないよ。
私達は第一の殺人事件の日、公爵令嬢が出席する夜会になんとか出席した。会場である屋敷の薔薇園に先行し、植え込みの影でじっとしていると、パーティー会場の方からやってくる、男女の人影が見えた。
「お話というのは、何でしょうか。……わたくしの婚約者についてのお話というのは」
女性の方は公爵令嬢だ。
暗くてよく見えないが、男の方は、本日撲殺予定のチャライケメン軟派侯爵子息のようである。
「気になるかい?気になるんだろうね。フフフ」
はい。確定。
「ガードの堅い君が、こんなところで男と二人きりになってまで、話を聞きたがるなんてさ」
「な、何をなさいます。人を呼びますよ」
「いいのかな?王太子の婚約者の身で、こんなところに男を誘って連れ込んだという醜聞は致命的じゃないのかい?」
「何をデタラメを!」
「どうだろう?殿下は側近の僕と、疎ましい君のどちらの話を信用するかな?」
「卑怯者!離して……」
「おお、おお。美人は嫌がる様もそそるね。殿下も君のことは抱くだけなら抱いてもいいとは思っているらしいよ」
「汚らわしい!私に触れないで!!」
あ。これは撲殺だわ。
第一王子の動機に納得がいった私は、隣で待機している我が有能執事にGOサインを出そうとした。
その時、公爵令嬢が渾身の力でチャラ男を押しのけた。
性犯罪未遂男は薔薇の植え込みの間にもんどり打って突っ込んだ。
「あ痛たた!トゲが!痛ぁっ」
公爵令嬢は棘の多い品種の薔薇の間に転んだ男の顔めがけて、追い打ちをかけるように薔薇の枝を数回蹴り込んだ。
「ひ、ヒイィィィ」
顔をかばって丸くうずくまった男を庭園に残して、公爵令嬢は駆け去った。
なるほど。そこまでは貴女の犯行だったわけね?
「どういたしましょう?」
「放置で」
とは言うものの何もしないというのも良心が痛むので、私は頼りになる我が執事殿に頼んで、あの性犯罪未遂男が茂みから出てきたらうっかり踏みそうな位置に、柄の長い鋤をそっと置いてもらってから、その場を後にした。
立ち去るときに、背後で硬いものがぶつかる鈍い音と、マンガみたいな「アウチッ!」って悲鳴の後に、ドサリと人が倒れるような音がした。
まさかそんなカートゥーンみたいなお約束を本当にやってくれるとは……。私はチャラ男をほんの少し評価した。
見立て殺人事件は回避されたが、くだんの軟派侯爵子息は、自分で踏んだ農具の柄で頭を打って薔薇の茂みに突っ込んで気絶していたところを見つかるという醜聞にまみれて、しばらく社交界に出てこなくなった。
噂によるとご自慢の顔が薔薇の棘で可哀想なことになったらしい。
「自業自得ということで」
「次に参りましょう」
第2の殺人事件の被害者予定である騎士団長の息子も、なかなかのゲスだった。
軟派侯爵子息の一件に関わっているだろうと公爵令嬢を脅して、猟犬の囲いのある人気のないところに呼び出した。
「犬の管理人には暇を出している。この犬達は昨日から餌をもらっていないんだ」
「わたくしを脅迫する気ですか」
吠え立てる犬達の前で蒼白になっている令嬢の、ピッタリした乗馬ズボンに包まれた腰と脚に目をやりながら、騎士団長の息子はサディスティックな笑みを浮かべた。
「大人しく俺の言うことを聞けば、何もしないさ。反抗するなら、それはそれで面白そうだ」
男は猟犬の首輪と乗馬用の鞭を手に令嬢に近づいた。
令嬢は男の手がのびるより早く、パッと身を翻すと、自ら犬の囲いに飛び込んだ。
「くそっ!何しやがる」
男は慌てて、用意していた肉を、囲いの中に投げて、犬の気を逸らそうとした。
「こぉら〜っ!おまぁ、うちの犬になんばしょっとーっ!!」
我が執事殿が連れてきた犬番の男が大声で怒鳴りながら走ってきて、男は投げ入れようとした肉を掴んだ手を囲いに突っ込んだまま、ビクリと動きを止めてしまった。
ガウッ!!
よく躾けられた猟犬というものは、乗馬服姿の相手は襲わないが、いつもの餌係ではないのに肉を与えようとする不審者には噛み付いて無力化するように訓練されているらしい。
……知らんけど。
とにかく、騎士団長の息子は猟犬に手酷く利き手を噛まれ、令嬢は無事に囲いの向こう側から逃げた。
一見しとやかな公爵令嬢なのに、やるなぁ彼女。肝が座っててカッコイイぞ。
「お嬢様はどんくさいんですから、マネをしてはダメですよ」
「わかってるわよぅ」
一部始終を見届けた私は、我がイケメン執事殿と、こっそりその場を後にした。
第3の被害者?もはや誰が加害者で誰が被害者かよくわからないが、原作では時計塔から落ちて串刺しになった宰相の息子は、前二人ほど直接的なゲスではなかった。
「取引をしましょう。来週開かれる戦勝記念パーティーで貴女は殿下から婚約破棄されます」
公爵令嬢が前二人の事件に関わっていることはわかっている。自分の作る調査報告次第で彼女の罪とその後の処遇は決まるのだと、宰相の息子は酷薄な笑みを浮かべた。
「慈悲を請いなさい。上手く媚びて見せれば、私も多少は貴女を可愛がってあげる気が起きるかもしれませんよ」
はい。ゲスぅ〜!
私は、公爵令嬢が危険になったらすぐに飛び出すように我が天才執事にハンドサインを出した。
「なんですか?」
「わかれ、天才」
ジト目で振り返った私の隣で、不意に時計塔の鐘が鳴った。
間近で聴く鐘の音は強烈で、私は思わず耳を抑えた。
その手が、私の耳を抑えている我がスーパー執事殿の手の上から抑えることになったのは、反射神経の問題である。
どんくさくて悪かったですね!
結果、鐘の音に驚いてよろめいた宰相の息子が、窓から落ちたときにも、我が運動神経バツグンの執事殿は私の側から動けなかった。
不幸な事故としか言いようがない。
「あ」
「落ちましたね」
幸い、時計塔の窓の下には、馬上試合用の槍ではなく、干し草をアホほど積んだ馬車が停めてあったので、彼は骨折とムチ打ち程度で事なきを得た。
こんな事もあろうかと、事前に手配しておいて良かった。
宰相の息子が窓から落ちたのを見て、ショックを受け、フラフラと危うい足取りでその場を立ち去ろうとした公爵令嬢に、私は声をかけた。
そろそろ直接接触してフォローしてあげないと、つらいだろう。
大丈夫!断罪劇なんかひっくり返してあげますからね!!
戦勝記念パーティー当日。
私は公爵令嬢のお友達ポジションで、彼女の隣に待機していた。お友達じゃなくてお供じゃないかって?うっさい。
これから起こることにドキドキしていると、えばりんぼ王太子が男爵令嬢を腕に巻き付けて、ズカズカとこちらにやってきた。あら、怖い。
王太子は婚約者である公爵令嬢を貴族子弟連続襲撃犯人と断定し、婚約破棄を宣言した。
毅然として立つ公爵令嬢に、王太子は若干怯んだが、その自分を打ち消すように声を張り上げて、男爵令嬢との婚約を宣言した。
「その嫉妬に狂った恐るべき異常者を取り押さえて牢に連れていけ!」
おお、見事に記憶にあるとおりのセリフだ。連続猟奇殺人が、恥ずかしい自損事故になってもコレ言い切るんだ。スゲェな。
「いや、罪状は明白で証拠もある。私やこの我が最愛の真の愛の相手に危害を加えようとする前に、この私が直々にこの場で処刑してやろう」
王太子が腰の剣を抜き、公爵令嬢と私が衛士に囲まれたとき、パーティー会場の奥の扉が大きな音を立てて開いた。
「そこまでだ!」
現れたのは顔の上半分を覆う白い仮面を付けた堂々たる美丈夫だった。
「なんだ貴様は?!」
「忘れたとは言わさんぞ。このエドワルド、貴様の卑劣な奸計への怨嗟に満ちた地獄の猛炎の中から蘇ってきた」
仮面の男は、白い仮面に手を掛けると、さっとその仮面を投げ捨てた。
「エドワルド様!」
「カテリーヌ。待たせたな」
第一王子は涙ぐむ公爵令嬢に向けて力強く微笑んでみせた。
王太子は、その自分によく似ているがずっと精悍な完璧な美貌の王子の顔を見て、愕然とした。
「バカな!エドワルドなら顔を焼かれて鼻をそがれているはずだ。その者は偽物だ」
「ほう……」
第一王子は凄絶な笑みを浮かべた。
「私が戦場で火に巻かれた話までは公式に報告が行っているだろうが、鼻を削がれた話は、私を罠にはめた一味の者しか知らぬはずだぞ」
「ええい、偽物が世迷言を。者共、コヤツを捕らえろ!いや、切れ!切り捨てい!!」
剣を振り上げて、見事な悪代官セリフを言い放った王太子に反応して、公爵令嬢と私の周囲にいた衛士が一斉に剣を抜いた。
会場の扉がことごとく開き、それと同時に完全武装の兵がなだれ込んできた。
会場の女性達から怯えた悲鳴が上がり、何人かは恐怖のあまり失神した。
しかし、公爵令嬢は毅然と顔を上げており、第一王子も悠然と構えたままで、兵も誰一人として第一王子に斬りかかろうとはしなかった。
「な、なんだ……お前達……どういうことだ」
クーデターです。殿下。
王城はおさえました。
言ってあげたかったが、出しゃばる場面でもないし、言っても"クーデター"という単語があっているのか、そもそも通じるかどうかわからなかったので私は口をつぐんでいた。
私の隣で衛士の制服を来た我が信用万全の執事殿も黙っていたので、それで良かったのだと思う。
そこから後は、ドラマチックではない段取りが粛々と進行することの方が多かった。
第一王子と公爵令嬢の感動の再会と熱い抱擁が、眼福だったぐらいである。
えかったなぁ〜。
第一王子は、自分の父である国王と、第二王子及びその母である王妃を、王妃と血縁関係のある隣国との裏取引による売国の容疑で断罪、幽閉し、処分については全てを詳らかにした後に国法に鑑みて確定すると宣言した。
自らは公爵令嬢を妻とし、あくまで緊急の臨時処置の体をとって国王代理の座についた。
今回のクーデターを支援した第一王子派は復権し、第二王子派は前回自分たちが行った手法とは違うが結果は乙甲な目にあった。
「第一王子派貴族が丸ごと残っていたのはありがたかったわよね。エドワルド殿下が密かに手引して、こっそり戦場から逃して辺境で潜伏させていてくれたんでしょ。やるなぁ〜」
「相当苦労したようで、皆様、形相がだいぶ変わっていて驚きました。あの面々の復帰した貴族会議の判決で裁かれるというのはなかなか地獄ですね」
自分の父も面構えが完全に悪鬼だったと、彼は他人事のように語った。
「貴方のお家も再興してよかったわね」
「はい。お嬢様」
「もう、そんなふうに呼ばなくていいのよ。元通り貴方のうちの方が爵位は上になったのだから」
そう。第一王子派だったために彼の家は潰され、私の婚約者だった彼は、やむなく名を変えて私の執事となっていたのだ。
今回の活躍(?)が高く評価され、彼の家の復権だけではなく、彼自身にも新たに爵位が与えられることになっている。第二王子派からぶん取った領地で多少治めにくいかもしれないが、彼の能力なら実家の領地とまとめて面倒見ても問題ないレベルだろう。
ちなみに我が家は変化なし。
裏であれだけ働いたお父様は、うちは中立ですからと建前を貫いて、内々で打診された報奨を全部断ったそうな。
そういうとこやぞ、お父様。
だから元々、不釣り合いな婚約だったのに更に格差が開いた私達が、こうやって親しく一緒に過ごせるのも今日限り。
執事を退職した彼はこの屋敷を出て、実家に戻るのだ。
執事探偵とその助手のコンビは解散だ。
「では、フェオミーナ」
彼に名を呼ばれて、一瞬、息が止まりそうになる。
「フィ?」
昔通り愛称で呼ばれて、うつむいた顔を覗き込まれる。
ああ、もう。顔がいいな、おい。
離宮に残されていた肖像画を参考に、"聖女の奇跡"で元通りにした第一王子の顔も、さすが王家という美貌だったが、私は彼の顔の方が好みだ。
あ、ちなみに"聖女の奇跡"というのは、年一回使える大回復魔法で、週に一回使える回復魔法と同様に神殿公認の聖女だけが使える特殊能力のことだ。原作で冴えないフェオミーナをテコ入れするために、アニメ化で足された設定だが、毎週の放送と映画用って、営業的ご都合が強すぎる設定だろう。ええんかそれで。これだからエンタメフィクションは。
……はい。現実ではとてつもなく便利なので感謝しています。
神様、ありがとう!
「また、トランスか?」
「え?うぇ?……ち、近いよ」
「俺を見て。フィ」
「うう」
「ちゃんと返事をして」
「はい」
「俺と結婚して」
「は……ぃ?」
「では、これで再度、婚約成立ということで、君の父上にはそう言っておくから」
はあぁっ?!
「そう来るとは思わなかった」
「想像力が足らないね、フィ。相手のこれまでの行動をよく観察して分析すれば、自ずから次の行動はわかると、いつも言っているだろう」
「天才の貴方と同じことを凡人の私に求めないでください」
「天に才能をもらっているのは、君の方だろう?我が愛しの"聖女"様」
彼は執事探偵のときにはけっして見せなかったあっまあまの婚約者仕様の微笑みを浮かべて、私を両腕の間に囲った。
ああ、もう。こんなの、こんなの……えーい、客観視なんてくそっくらえ!
はい。エンドロール!
勢いでやった。後悔はしていない。
というわけで
今回わりと普通のヒロインです。(当社比)
が!よく考えてみると、彼女が最初にこの政変の絵図を書いてます?
実は立役者?というよりは、真犯人??
父娘揃ってけっこう曲者なのでは……?
(※娘は単にイケメンを助けることしか考えてなかった可能性の方が高いです)
頑張れ執事くん。このヒロインの相方務めるのは大変だぞ。
探偵モノを期待して読んでくださった方、誠に申し訳ございません。(五体投地)
楽しくみていただいた方、お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、感想、評価☆、いいねなどいただけますと大変励みになります。
よろしくお願いいたします。
※追伸
感想欄でリクエストいただいたので、感想返しにおまけをちょっぴり書きました。