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  作者: 相草河月太
3/3

 次の日ワクワクしながら会社に行ったが、特になんの変化もない。おかしいな、と思いながら中川さんの方を伺うが、こちらを見ようともしない。


 それでもソワソワしていたのだが、何事もなく午前がすぎていき、僕はすっかり仕事に集中していた。


 「柳君」

 そろそろ仕事終わりで、ゴミを捨てて今日は帰ろうかと思っているところに、きつい声がかかった。


 「なに、平井さん」

 「ちょっといい?」


 呼び出されて人気のない非常階段に向かうと、平井さんが睨みつけてきた。

 「あの噂って、柳君が流したの?」


 「え?噂って?」

 「しらばっくれんなよ、お前しかいないだろ」


 いきなり喧嘩腰になった平井さんに驚きつつも、僕は答えをはぐらかした。

 「何だよ、いきなり」


 「くそ、お前とエリが付き合ってるって噂だよ!会社中に広まって、否定するのも大変なんだからな」

 「え?そうなの?しらないな」


 僕はシラを切ったが、思わずにやけがでないようにするのが大変だった。そうか、そんなに噂になってるのか。


 「いいか。お前じゃなきゃ誰か馬鹿がやったことだからな、絶対に否定しとけよ」

 そういって肩で僕を突き飛ばすようにしながら平井さんは立ち去った。


 やれやれ、とゴミ箱を持って席に戻ると、大沢がひそひそと話かけてきた。

 「あのさ、お前中川と付き合ってるって、ただの噂だよな?」


 僕はいかにも困ったような顔を作って大沢を見る。

 「え?そんな広まっちゃってんの?困ったなあ」


 「え、おい、まじかよ」

 僕の反応を見た大沢の目が見開かれ、僕に肩を回してくる。


 「なに?どうやったの?あいつお前に全然気なかったじゃん」

 「おい、誰にもいうなよ。エリが困るだろ、あんまり騒ぐと」


 「こいつー」

 モテ男の大沢にうらやましがられるのは最高に気持ちがいい。


 そう、これはただの噂だ。



 *柳悟、中川エリと週末ディズニーランドでラブラブデート

 *今週はどっちの家に泊まるのか?今噂のカップル、柳悟と中川エリ

 *今までで一番夢中になった男は柳悟、と中川エリ語る。


 毎日家に帰って、ニヤニヤしながら噂を書き込む。書いていることが翌日には噂で広まるので、本当に付き合っている気分でみんなに答え、それが本当に楽しい。


 いく日かたっても中川さんは僕と目も合わせようとしなかったが、今日は僕の方から話しかけることにした。


 「あの、中川さん」

 席に座った中川さんはこちらを振り向こうともしない。


 「あのさ、頼まれてた漫画持ってきたよ。ちょっとマンション行く暇なくてさ、遅くなってごめんね」

 僕は紙袋を差し出すが相変わらず中川さんは動かない。流石に、カップルと噂されて恥ずかしいのだろうか?


 「はは、あの、噂、困っちゃうよね」

 僕は頭をかきながら共通の話題として話を持ち出す。


 「僕たちが付き合ってるなんてさ。誰が言い出したんだろうね、すごい熱々なんて。でも、僕は嬉しいけどね、もし、中川さんと本当に付き合えたらそれこそ夢みたいだよ」


 僕は唾を飲みながら、頭に血が登ってわけがわからなくなりながら言葉を続ける。このために、このきっかけを作るために、この噂を書き込んだのだから。


 「あの、さ。噂になるくらいだから、僕たちお似合いなのかもしれないよね。こんなにみんなが噂してさ。だから、もし、中川さんがよかったら、その、僕と」


 「やめて気持ち悪い!!!」


 いきなり中川さんが立ち上がり、僕に向かって叫び声を上げた。まるで痴漢にあったのような、汚らわしいものをみるようなそんな顔で。


 「誰があなたとお似合いなのよ!!考えただけで吐きそうなの!!!それを否定もしないで私に近寄って!!!この変態!!!!」


 中川さんはそう叫んで、僕が持っていた漫画の紙袋をはたき落とすと、顔をおおって泣きながら駆け出していった。平井さんがその後を追い、やがて廊下から大きな嗚咽が響いてきた。


 みんな、僕の方を見ている。



 *柳悟、世界一イケメンとの噂、バズる

 *今、1秒で億稼ぐのは柳悟以外いない!

 *ガンの治療薬を発見した柳悟、ノーベル賞最有力

 *柳悟の新曲、グラミー賞受賞!


 家にかえった僕は、着替えも食事もせずに自分の噂を書き込んだ。

 みんなの目線が、焼きついて離れない。空っぽな男を見る目。嘘つきを見る目。価値のないことがバレた男を見る目。


 それに中川さんの、本当に心のそこから嫌がっていた態度。


 僕は、もっとすごい男なんだ。本当は、お前とつきあってやるのがもったいないくらいの存在なんだ。世界中で認められる才能があって、みんなが注目するアイドルなんだ。


 噂によって失った自分の自尊心を埋めるため、より完璧な自分の噂を書き込む。嘘でも噂でも、それをみんながそうだと思えば本当になるんだ。だから、ここに書いてある僕は、本当の僕なんだ。


 時間が経つのも、疲れも眠るのも忘れ、キーボードを叩き続ける。



 「おはよー、大沢」

 「おお、エリ。おはよ。今日は元気だな」


 「うん。なんか、昨日まで悩んでたのは全部嘘だったみたいな気分。何悩んでたかも忘れちゃって久しぶりに元気なの」

 「そりゃよかった」


 「だから今日飲み付き合ってよ」

 「お、いいぜ。あ、あの、じゃあさ、一人誘っていい?お前のこと気になってるやつがいて」


 「え?誰?イケメン?」

 「ああ、イケメンイケメン。世界一って噂だぜ、それにめっちゃ金稼いでるし」


 「超いいじゃん」

 「それにさ、なんかえらい発明したし、グラミーも取ってんだぜ?」


 「ほんとに!?なんて人?」 

 「えっと、あれ?名前、なんだっけ、やな、ぎだったっけ?あれ?思い出せないな」


 「はは。何言ってんの。ほんとはそんな人いないんでしょう?そんな人」

 「あれ、おっかしいな。悪い。なんかそんな感じしてきちゃったな、はは」


 照れ隠しに笑う大沢に、エリも笑って答えた。


 「でしょう?そんな完璧超人みたいなひとは、噂でしか存在しないんだよ」

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