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仕事をしていると、僕が気になっている中川さんと、彼女といつも仲良しの平井さんが声をかけてきた。
「ね、柳くんてさ、漫画すごい集めてるんだって?」
突然のことに驚いたが、話しかけられたのは当然嬉しくて、人並みに集めている程度だったが相槌を打った。
「え?ああ、まあそこそこかな」
「え〜、そんな謙遜しないでよ。話題になってるやつはほとんど買ってるって聞いたよ?」
「え、ああ」
「なんでも漫画用のマンション借りてるらしいじゃない、何万冊ももってるんでしょ」
「は?あの」
僕は話がおかしくなってきたので戸惑ったが、女の子二人が興奮しているので強く断れない。
「あのさ、私『どこ彼』と『梅澤富雄』読みたいんだよね、今度さ、もってきてくれない?」
「え、あの」
「ほら、エリも頼みなよ」
持ってない漫画を頼まれて当然断ろうかと思ったのだが、中川さんが僕に頼み事をしてくれるという事実が嬉しくて、つい流してしまった。
目線の先に、笑っている同僚の大沢の姿が見える。くそ、あのやろう。と、この状況を察した僕に、中川さんがかわいい声で語りかけてきて、僕は大沢のことは忘れて彼女の大きな瞳を真っ直ぐに見た。こんなチャンスは滅多にあるもんじゃない。
「いいの?あのね、私今流行ってる「東京クラブ」と、「エン殺」が読みたいんだよね。でもさ、結構たくさんあるじゃない?だから買うのはちょっとなって、もし、柳君が貸してくれるなら、ほんとに助かるな」
はにかんだような笑顔で上目で僕を見て、甘い声で僕に頼んでくる中川さん。
「オッケー。いいよ、もちろん」
僕は黄色い歓声を上げる女子二人に囲まれて、漫画を貸すことを安請け合いしてしまった。
帰り道、大沢を追いかけて文句をいうと、彼は笑って僕を居酒屋に誘った。
「そんなにおこるなよ、ここは、俺が百円多く払うからさ、な」
「なんだってあんな嘘言ったんだよ、おかげで漫画を買い揃えなきゃいけなくなっちまった」
僕はレモンサワーを飲みながら悪態をつく。隣で大沢が爽やかな顔で謝ってくる。こいつは会社でも女子社員に人気があって、時々コンパのようなことをやっているらしい。
僕は参加できない、モテメンツで。中川さんも参加しているとのもっぱらの噂だ。
「この前飲み会で彼女たちと会ったからさ、お前のことアピールしようと思って話してたら、いつの間にか大きくなっちゃったんだよ。よくあるだろ、そういうの」
「そのおかげで大損だ」
「でもさ、中川さんと話せたろ?見てたら楽しそうに話してたじゃないか。嘘だとしても、俺の噂話のおかげだぞ」
そう言われるとなかなか強く出れない。たしかに、あんな風に楽しく中川さんと話せたのは初めてだ。
「だけど、嘘ついたことにならないか?漫画用のマンションに、何万冊もの蔵書なんて。見せてくれって言われたらどうしよう」
大沢は椅子にもたれかかってハイボールの氷を齧る。
「それはもう俺のせいじゃないぜ、嫌だったらさっき否定すればよかったんだから。鼻の下伸ばしてカッコつけて認めた時点でお前の責任だからな」
「ああ、もう、面倒くせえ」
頭を抱える僕に、大沢は笑って僕の肩に腕を回す。
「そんな深刻に考えるなよ、ただの噂なんだから。相手が興味持った時点で勝ちだって。お前みたいな地味なやつは、多少盛ってでもアピールしてかないと一生彼女できないから協力してやってんじゃん」
「どうせモテないよ」
「そうじゃなくてさ」
僕の顔に、整ったイケメン顔をグッと寄せて、酒臭い息を吐きながら大沢は言った。
「今の時代、情報なんて嘘とか本当とか気にしてたらやってけないぜ?芸能人の写真加工とか、流行りに合わせた作り趣味エピソードとか見てみろよ。そういう奴に惚れてるんだせ、女の子たちは。全部本当じゃなくてもさ、刺激的な噂を求めてんのよ、みんな」
耳元で響く、大沢の声がやけに頭にこびりついた。
「どうせ噂だよ、噂。困ったら、別の噂で上書きしちゃえばいいんだよ」