心の闇(トラウマ)
レミアルト王国を出て街道を北上し始める神達。
街道で起こる神の過去にまつわる出来事とは・・・。
小説 風の吹くままに
第七章 心の闇
一行はラミュソスの検問を抜けて街道に出ていた。晶が加わったことでお互いに対する意見交換がいろいろとなされていた。
「はぁ、聞けば聞くほどすごいですね、皆さんは。」
晶は皆の身の上を聴きながらそう言った。
「まぁ「普通」じゃないわよねぇ。」
神が答えて言う。志郎が苦笑紛れに言う。
「というか、こんなものどこにも無いと思うがな。」
「複数あると困る。」
ラミュアが補足する。確かに、こんな一行が複数あったら困るだろう「いろいろ」な意味で。アーレフが話題を変えつつ言った。
「晶さんは皇から来たそうですが向こうでは何をなさっていたのですか?」
そう言われて、晶が答えて言った。
「ああ、私は巫女として働いていました。」
「ほう。それは有能だな。」
志郎がそう感想を言う。ミルは疑問に思って言った。
「巫女さんって有能でないと無理なんですか~?」
「あ、そうですね・・・有能というか、皇では儀式一般は神主と呼ばれるこちらで言う神官職があるんですがその方が責任者として行われます。私たち巫女はその補佐としてあらゆる事柄を手伝う役目がありますので対処できる能力が求められるということです。」
晶はそう説明した。神が言う。
「何でもそつなくこなさないと役に立たないってことね。」
「ん~。つまり、あたしやラミュアちゃんみたいなものですかねぇ・・・」
ミルは自分に当てはめつつそう言った。志郎が苦笑しながら言う。
「まぁ、大雑把に言えばそうなるな。当てはめる対象が違いすぎるが。」
「なるほど、それで合点がいきました。」
アーレフはそう言った。
「え?何がですか?」
分からないので晶が聞く。アーレフは説明して言った。
「昨日の一件ですよ。晶さんが魔族を宿したことです。あれだけの魔族が入ってきたのにあなたの身体は耐え切った。それは今までに培ってきたものがあったからなんですね。」
「まぁ、そう言うことね。あいつも「休んで」いたから良かったけどね。それに、「神器」とアーレフの祈りで晶も「戻って」来れたしね。」
神がそう言ってフォローした。そう、魔族が実力を発揮していたら・・・。そう思うと晶は末恐ろしくなっていた。ふと疑問に思って言う。
「あの~。神さん?」
「ん?」
「さっき、「戻って」来た。っておっしゃられましたよね?」
「うん。」
「あれはどういう意味ですか?」
晶にそう聞かれて、神はいささかばつの悪い顔をしながら言った。
「あ~・・・。ちょっと表現が悪くなるけど、覚悟して聞いてもらえるかな。」
神にそう言われて、晶は一瞬ドキッとした。が、意識をしっかり保ちつつ言う。
「はい。御願いします。」
晶がそう言うのを聞いて、神は、一回ため息をしつつ話し始めた。
「実はね。あなたは一度死んでいたの。」
「え?!」
神以外の全員が言った。衝撃的な一言である。
「話を続けるわよ?」
神がそう言って、全員は頷いた。
「あれだけのものが身体に入って耐えていられるだけでもすごいんだけど、魔族は基本的に精神体なの。言うなれば、肉体はあくまで仮の姿、精神体が本体の生命体って訳。」
「ふむ、つまり、召喚とかは強制的に肉体に宿らせる儀式ってことか。」
志郎が得心しながら言う。神は頷きながら話を続けた。
「そうね。もちろん、高位の奴らは、自在に肉体をつけたり出来るのまで居るわ。まぁ、そんな奴らが召喚される事象なんてほぼ皆無だけど、あったら困るしね。あ、話を戻すわね。で、精神体として強制的に入るときに問題が必ず発生するの。」
「宿主の精神。」
ラミュアが問題に気づき、ぽつりと言った。神は頷きつついう。
「そう、偉いわ、ラミュア。それを排除しないと完全には宿に入れないってことになるわけ。もちろん、宿に許容量があれば別だけど、まぁ一介の人間にそんなものは無いと考えるのが普通だからね。で、昨日も、そうやって晶の精神は追い出されてしまった、と言う事よ。」
「追い出されてしまったその精神体はどうなるのですか?」
アーレフが聞く。神が答えて言う。
「人は生命力を動力として生きる生き物。そして、それが、精神、肉体とそれぞれ関連付けて初めて人足りえる訳。どれかが欠けてもそれは、人の状態とは言えないわ。つまり精神体のみで放り出されたら・・・」
「長時間は存在できず、最終的には消える、ということか。」
志郎がそう言う。神は頷きつつ話を続けた。
「そうね。昨日はたまたまあたしが早く現場に来て「彼」に帰ってもらったからとりあえず宿にされていた肉体はすぐ戻ったわけだけど、精神体は追い出されてるわけだから、呼び戻さないといけなかった、という状況だったのよ。」
「なるほど、そこでアーレフさんの「神器」が役立ったのですねぇ。」
ミルが気づいて言った。神が答えて言う。
「そう言うことね。状況を理解したのか、「神器」が力を発揮してくれたので手早く晶さんを「元」に戻せたって訳よ。」
「なるほど。よく分かりました。皆さんと出会えたのは本当に良い巡り会わせです。」
晶は、涙を流しつつそう言った。死んでいたかも知れない時に生を得る機会が出来たのであるから、尚更そう思えるであろう。
「ところで。」
神が話題を変えて言い出した。
「志郎、今朝のあれ、少しは理解できた?」
いきなり神に話題を振られて志郎は戸惑ったが答えて言った。
「ん?あ、ああ。まだ、俺には「練気」から進歩はしてないがそのうちモノにして見せるさ。」
そう志郎が答えるのを見て神は笑みを浮かべつつ言った。
「早く覚えてね。」
その意味深な台詞に、志郎は少し気になったがそのときは何も言わなかった。
「さて、このまま北上するようになりそうだけど、街道はこれからどうなるのかしら?」
神がまた話題を変えつつ言った。アーレフが答えて言う。
「そうですね、まっすぐ北上すれば「北の氷山」方面。東方向に曲がれば「レベンス砂漠」方面、西に行けば「オーソストラム平野」といった感じですね。大きな都市はしばらく無いのでのんびりした旅になるかと。」
「ふむ・・・皆はどう行きたい?」
神がアーレフの内容を聞き、皆に意見を求めた。
「ん~、ミルはどこでも~。」
「マスターにお任せします。」
「あ、私は東から旅をしてきたのでそれ以外が良いでしょうか。」
「俺は、氷山のドワーフたちがちょっと苦手なんでそれ以外が良いかな。」
「そうですね、私はどこでも良いのでお付き合いいたしますよ。」
そう、皆は答えて言った。
「ふむ、西方面は行きたくない意見が無い、か。では西にしますかね。」
神はそう結論付けて、一行は皆頷いた。
ラミュソスから出て二日目。街道の分かれ道で西を選択し一行は進んでいた。分岐点を過ぎたためにあたりを行き来している旅人やその他の人々も減ってきた。
「だいぶ静かになりましたねぇ。」
ミルがそう言う。アーレフが答えて言う。
「そうですね。もう少しすれば、夜盗や追いはぎも出て来易くなりますから気をつけないといけませんね。」
「ふむ、まぁ、彼らが哀れだがな。」
志郎が、ついそう言った。皆が苦笑する。確かに、この一行相手には夜盗や追いはぎのほうが「哀れ」であろう。神が言う。
「そうね、まぁ、ああいう奴らは来ないほうが良いわ、面倒だから。志郎、今朝はどうだった?」
「ん?ああ、昨日よりはよく分かった。しかし、あれで良いのか?」
志郎が答えて言った。神が言う。
「ええ。覚えてくれればいいのよ。」
「そうか、がんばるさ。」
志郎はそう言った。ミルは不思議に思い聞く。
「何のことですか~?」
「ああ・・・早朝に俺は鍛錬をしてるんだが神が最近、魔法に関連した技を教えてくれててね。習得する真っ最中なのさ。」
志郎はそう説明する。アーレフはそれを聞いて言った。
「今でも十分にお強いのにさらに磨きをかけるんですね。」
そう言われて、苦笑しつつ志郎は言った。
「まぁ、自分でも強いとは思うが、あくまでそれは武術での話だ。アーレフたちの使う魔法メインの場所では俺は戦いづらいし、そもそも、この中では俺は弱いほうだぞ?」
「ん~。あたしたちと比べる時点で間違ってるけどね。」
神がそう言う。苦笑しつつ志郎が言った。
「まぁ、そうなんだが。それでも、目の前に高い山があると上りたくなるのが登山家って奴さ。」
「って。それって、あたし?」
自分のことを言われて神がそう言う。志郎がキョトンとして答える。
「ほかに誰がいるんだ?」
「あ、いや、それはそうだけど・・・」
神は戸惑ってしまった。アーレフと晶は二人を見ながらほほえましく思ってしまった。
「お二人は仲がいいのですね。」
晶がそうアーレフに言う。アーレフが答えて言った。
「そうですね。なにぶん「拳で語り合った仲」だそうですよ。」
「なるほど。それなら納得できますね。」
晶は笑みを浮かべつつ見ていた。
夕方。一本のそれなりに大きい木を見つけた一行はそこに野宿することにした。
「いい樹だなぁ。昔はこんなのにも良く登っていたんだけど。」
アーレフは樹を見ながらそう言っていた。神がそれを聞いて言う。
「へぇ、アーレフもそんな時期があったのね。」
「まぁ、ずいぶん小さいころですけどね。」
「小さいころ、か・・・」
「神さんはどうですか?」
「え?あたし?あたしは・・・」
神はアーレフにそう質問されて戸惑ってしまった。アーレフはなんとなく気づいて言う。
「あ、無理に言わなくて良いですから。気にしないでください。」
アーレフはそう言ったが、神はそれすら聞こえない様子でつぶやいていた。
「小さいころ・・・姉さんが・・・あれは・・・」
「どうした?」
志郎がやってきた。アーレフが志郎に言う。
「済みません。昔話になったのですが、神さんの事を聞いたら神さん一人でつぶやき始めて、あんな状態に・・・」
アーレフに言われて志郎は神を見た。確かにおかしい。日ごろの明るさが全く無く、ぶつぶつとぼやいているように見える。
「まさか・・・あいつ過去にトラウマがあるのか?」
志郎ははたと気づいてそう言った。アーレフがそれに対して聞く。
「トラウマ、ですか?」
「ああ、本人が直接傷つかなくても、精神的なしこりになって、特定のキーワードで精神的情緒が不安定になる一種の病気だ。正確には病気ではなく精神的な傷跡だな。特に幼少のころに起きた悲惨な事件などはひどい傷になることが多い。自分自身や、身近な者が巻き込まれた事件でよくなるな。」
志郎はそう説明した。アーレフは納得して言う。
「先ほど、幼少の話になったんですよ、で、神さんは?と聞いたらあのようになられたので恐らく志郎さんの言うとおりかもしれないですね。」
「やはりそうか。アーレフここは俺に任せてくれるか?」
「ええ、御願いします。あなたならより心を開かれるでしょうし。」
「だと良いがな。」
志郎は苦笑しつつ言った。
「姉さん・・・あたしは何も出来なかった。あたしは・・・。あたしはどうしてここに・・・。」
「神。」
神は一人で問答を繰り返している。志郎が呼んでも無反応だ。
「男たちに・・・姉さんは・・・あたしは何も・・・」
「おい、神!俺だ、わかるか?」
志郎は神に強く声をかける。しかし、神は自分で問答を続けていた。
「いかんな。こいつがこうも消極的な考えに対してトラウマがあるとは・・・。何とか戻したいがどうすればいいのやら。」
志郎はぼやきつつ言った。何か刺激を与えるのが一番だがどうすれば良いのか・・・
「姉さんはもういない・・・あたしは何も出来なかった・・・あたしはどうしたい?あたしは何がしたいの・・・あたしは・・・。」
「くっ。このままにはしておけないな・・・。仕方が無い。神済まないが、気づいてくれ。」
志郎はそう決心して、神の肩を抱きゆっくりと抱え上げ接吻した。
「・・・・・・。」
神は我に返った。えっと?今、あたしは何を?・・・。目に前には志郎の顔があった。そして自分は志郎と接吻している。え?志郎と?なんで??事態が理解できずにいた。
「お、戻ったか。心配したぞ。」
志郎は、戻った神を見てそう言った。神が答えて言う。
「あ、えっと、ただいま。あの、状況が分からないんだけど説明してくれる?」
「あ~、ああ、えっとだな・・・」
志郎は説明を始めた。
「アーレフと話していたときに小さいころの話題になっただろう?」
「ええ。」
「そのときに、お前に過去のトラウマに触れたようでな。情緒不安定になってたんだよ、お前は。何を言っても聞こえないような状況にな。」
「そっか・・・。姉さんのことを考えたからだね。」
「で、まぁ、何だ、その・・・」
「ん?どうしたの?」
「お前を現実に戻すためにどうするか、俺も悩んだんだが、とりあえず、接吻してみたんだ。で、お前は戻ってきてくれた、という訳だ。」
「そうか、あたしに接吻・・・って!接吻?!」
神が吃驚して言った。志郎が頭をかきつつ言う。
「まさか殴ったりするわけにも行かないし、気づかせる方法として、これくらいしか思いつかなかった。すまん。」
そう言って志郎は謝った。神は苦笑しつつ言う。
「なぜ謝るの。あたしの為にと思ったんでしょ?」
「まぁ、それはそうだが・・・女性は大事にしてるだろう?そう言うものは。」
志郎はばつが悪そうに言う。神はくすりと笑いつつ答えた。
「大事よ。そうね、責任とってもらおうかしら。」
「責任?ってお前・・・」
志郎は焦りつつ言った。神は苦笑しつつ言う。
「そうね。何がいいかしらね。」
「俺は独身だが、言っては何だが生き遅れだぞ?」
志郎はしどろもどろになりつつそう言った。神は苦笑しつつ言った。
「気が早いのね。もうその気なのかしら。」
「あ、いや・・・その、なんと言うか。俺のほうは問題ない。そう言いたいだけだ。」
意を決したように志郎が言う。それを聞いて神はくすりと笑いつつ答えた。
「嬉しい一言ね。じゃあ、それを前提にお付き合いしましょうか。」
「へ?」
志郎が間抜けに言う。神が続けて言った。
「だから、結婚を前提に付き合いましょうか。って言ったのよ。」
「あ、いや。俺で良いのか?」
「あたしじゃだめなの?」
「俺にはもったいないくらいだ。」
「なら問題ないでしょ?」
「そう言うものなのか?」
「そう言うものなの。」
「そうか、ならこれ以上は言わないさ。」
二人はそう結論付けた。そう言い終えると横から声が聞こえた。
「とりあえず、解決ですかね。」
二人は吃驚して横を向く。神と志郎を微笑むようにアーレフと晶が、ニヤニヤしながらミルが、興味津々にラミュアが見ていた。神は一気に顔を赤くし、志郎は顔に手を当てた。
「あんたたち・・・またじっくりと見てたわね~!」
神がそう怒鳴った。
「全く、人を出汁にして・・・。」
神はそうぶつぶつ言っていた。ミルが言う。
「そうは言いますけど、結果的にはマスターがお楽しみだったわけですし~。」
そう言われて、神はむきになりつつ言った。
「ミル。いい根性ねぇ。主人に平気でそう言いますか。」
「や、やだなぁ。マスター目が据わってますよ~。」
焦りつつミルが言った。苦笑しながら志郎が言う。
「まぁ、神ここは抑えておけ。今回はお前のトラウマの件もあったんだしな。結果的にいいほうに転んだことは間違いないわけだからここは穏便に行こう。」
「う、まぁ、志郎がそう言うならそうするわ。」
ちょっと不満げに神はそう言った。微笑ましく思いながらアーレフが言う。
「さっきと違いいい傾向ですね、神さん。」
そう気遣われて神は顔を赤らめながら答えた。
「あ、ありがとう、アーレフさっきはごめんね。あたしが話題を振ったのに自分であんなになっちゃって。」
「気にしないでください。誰しも皆思い出はあります。でも必ずしも良いものばかりじゃない。でも、これから自分で創るものはいいものが出来ると思うんです。もちろん失敗もあるでしょう。でも、諦めればそれで終わりです。そう、神さんが言われたとおりに。それで良いじゃありませんか。」
アーレフはそう結論付けた。その通りだ。皆はそう思い頷いた。
「さて、食事にしませんか?先ほどラミュアさんと一緒に用意したんですよ。」
晶がそう言って地面に揃えたいろいろな食事を指し示していった。
「そうね、頂きましょう。」
神がそう言い、一行は夕食となった。
食事が終わり夜も更けてきた。神は志郎の傍に座り眺めていた。志郎はいつもどおり食後の酒を嗜んでいた。アーレフは晶と談笑をしている。ミルはラミュアと一緒に寝具の仕度をしていた。
「そんなに俺を見て楽しいか?」
志郎が神に言う。神は無言で頷いた。
「そうか・・・」
自分に言い聞かせるように志郎は言った。そんな時、空気が張り詰めた。全員がそれに反応する。
「来たようね。」
神がそう言った。全員が頷く。
「ご苦労なことだな。今回はどうする?」
志郎が対処方法を聞いた。神が答えて言う。
「今回はぶち殴りましょう。というか、あたしが殴りたいだけだけど。」
そう神が言ったので志郎は笑みを浮かべつつ言った。
「了解。神の気が済むようにしよう。」
ほかの皆も頷き、これから来るものの準備を始めた。
そこには美味しい獲物がいるはずだった。彼らからすれば、そう言う予定だったのだ。しかし結果は散々なものとなった。仲間は徹底的に痛めつけられ、自分も立ち上がれないほどに痛めつけられてしまった。
「どうしてこんなことに・・・」
そう呟いてしまった。意外にも答えが返ってくる。
「お前たちは逆鱗に触れたのさ。」
「逆鱗だと・・・。」
「ああ、しかも「神」の逆鱗にな。」
答えた男はそう言った。「神」だと・・・そんなものが・・・。男は信じられないと思ったが、ふとさっき起きた状況を思い出していた。そう、一人の女性がしかも小さな女性がしかもたった一人で自分たちの集団を徹底的に叩きのめしていたのである。
「あ、あれが・・・」
そう、男は言いかけて事切れた。それを見つつ志郎が言う。
「流石にこいつも耐えれなかったか。まぁ、しかし何だな。ストレス解消には運動は良いと言うがこの状況を見ると、学者たちはどう言うだろうな・・・。」
「あまりコメントはしたくないですねぇ・・・。」
アーレフはそう言った。死屍累々、そう言う状況である。しかも死者はいない。そう、つまり、死なない程度に徹底的に痛めつけられたわけである。痛めつけられたほうはたまったものではない。その痛めつけた張本人は気分良く片づけをはじめていた。
「さて、寝る場所を邪魔されたしほかに移動して休みましょうか。」
神はそう言った。皆は頷き、その場を後にした。後には、痛めつけられた十数人の夜盗たちが取り残されていた。
「ん~、良い朝ねぇ。」
神は背伸びをしながらそう言った。平野一面雲ひとつ無い清々しい朝である。
「今日はすっきりしてるのかな?」
神の後ろから声が聞こえた。志郎だ。
「あ、志郎、おはよう。ええ、今日は清々しいわ。」
神はそう答える。志郎は苦笑しつつ言った。
「そうか、なら昨日の夜盗どももいい勉強をしたってことだな。」
そう言われて、神は顔を赤らめつつ言った。
「あれは!・・・う・・・そうね。彼らも懲りたでしょうね。」
神の様子を見つつ志郎は微笑んでいた。
「さて、今日もいいのかしら?」
「ああ、頼む。」
二人の朝の修練が始まる。
「おはようございます。」
晶は、皆に挨拶をした。ミルが朝食の準備をラミュアと一緒にしながら答えて言う。
「あ、おはようです~。もうすぐ朝食も出来ますからね~。」
「ありがとうございます。」
晶はそう返事をした。アーレフが身支度をしていた。晶はそこに近づきアーレフに言う。
「アーレフさん、少しよろしいですか?」
「あ、晶さん。おはようございます。何でしょう?」
アーレフが座るように促したので晶はそこに座る。そして話し始めた。
「昨日の神さんなんですけど。あ、夜盗退治のときのです。」
「ああ、あの時の。それが何か?」
「志郎さんもすばらしい体術の持ち主でしたけど、神さんは、そう言う形容すら飛び越えてるような気がするのですが。」
「そうですね。晶さん。あなたにとって「神」とはどういう方ですか?」
「え?神様ですか・・・。そうですね。理解しようとしても理解できない、あまりに高度な存在故に、形容する言葉が見つからない、そう言う力強い方、でしょうか。」
「なるほど。では、神さんを見てどう思いますか?」
「神さんですか?・・・。彼女は、非常に魅力的です。女性としても、人としても。でも何か近寄りがたい、そうですね、威厳のようなものが感じます。」
「威厳ですか。なるほど、流石巫女さんですね。」
「え?どういうことですか?」
「神さんは「神」なんですよ。」
「・・・・・・えっ?」
晶はいわれたことを理解できずにアーレフに問うような返答をしてしまった。アーレフが説明して言う。
「彼女は、元は「人」ですが、宿命付けられて、この世界にやってきた「神」の一人なんです。」
「はぁ・・・。」
晶はよく理解できずに、中途半端な返事をしてしまった。アーレフが苦笑しながら続ける。
「理解できないのは無理もありません。普通、人は「神」を離れた存在と勝手に解釈しがちです。なぜなら、そのほうが都合が良いからです。悪い意味でね。」
「それはどういうことでしょうか?」
「あなたも巫女をされていたのであれば分かると思いますが、神に仕える点で、いささか疑問に思ったことがありませんでしたか?」
「そう言われれば・・・守るべき規則などで、疑問に思う点が幾らかあります。」
「それです。我々が「神」と形容する方は、単に力が強いだけの存在ではありません。そのような存在はこの世に沢山居ますからね。」
そうアーレフに言われて晶は素直に頷いた。そう、この世には竜族、魔族、様々な人より優れ非常に強力な「力」を持つものが居るのである。それと比べれば、人はちっぽけなものである。しかし、自分たちが崇める神は「力」だけの方ではない。「心」を持ち私たちに関心を示されているそう言う方なのだと。そう教えられ、また自分もその方こそ「神」と呼ぶものだと信じてきたのだ。アーレフは続けて言った。
「ですから、そのような強力な「力」を持ち、私たちのような、いえ、私たちと同じ「心」を持つ身近な「神」が、今私達と一緒に居るんですよ。」
「それが神さんだと・・・。」
「そうです、一般の教会などは「神」の定義を曖昧にしがちです。何故ならその方が「人間」の側に都合が良いからです。悪い意味でね。幸い、私の居たレミアルト王国はそう言う傾向が極端に少ない国でしたがそれでも、そう言う「人」の考えが教会の教えに入り込んでいます。これから回るほかの国々では、更に酷いかも知れないですね。不思議なものです。「神」が直接言われたことであれば反論できませんが、普通の人はそう言う言葉自体が理解できないので、我々が教えてあげないといけない訳です。しかし、そこに人としての弱さが入り込みます。人の考えが混ざるというものです。でも、神さんは違う。人の形を取りながら「神」を体現できるすばらしい方なんですよ。もちろん、「神」の力をフルに発揮すれば、ここには居る事が出来ないのでそんなことはしないと思いますけどね。極論的にはこの世界をすら自由に出来るはずですよ。まぁ、昨日は「人」のころの弱さが出たのでその鬱憤晴らしをしてたようですけどね。」
アーレフはそう言って苦笑した。晶は、感嘆しつつ言う。
「はぁ・・・すごい能力の方とは思いましたが、そこまでとは・・・でも、逆を言えば大変な宿命の方ですね。」
アーレフは晶が言った言葉を聞き、頷きつつ答えた。
「そうです。そこですよ。私が彼女と旅がしたいのもそこにあります。彼女は単に能力があるだけでなく、その宿命に対していつも前向きで、自分よりも他人に、そう弱いものに非常に気遣います。まさしく「神」のような方です。それで居て、自由にされる。人はがんじがらめにされるのは嫌いますからね。そこまで理解しておられる。そして、「人」の面も併せ持っておられる非常に可愛い方ですよ。」
アーレフの言葉を聴いて晶も頷いて言った。
「そうですね、非常に魅力的な方です。このまま私もご一緒してもいいのでしょうか。」
「それは問題ないですよ。というか・・・。」
アーレフは口篭ってしまった。晶は理解出来ずにアーレフのほうを見る。
「どうされたんですか?」
「あ、いや。私個人として是非あなたとは一緒に行きたいと思います。あなたは、その・・・非常に魅力的ですし・・・。」
アーレフにそう言われて、晶はそこで初めて理解した。そして自分でも顔が高揚してることに気づいた。
「あ、あの・・・。その、なんと言うか・・・。」
晶は自分でもしどろもどろになってるのは分かっていたがそれでも、どうにかできる状況ではなかった。
「朝食が準備できた。」
ラミュアがそう言ってきた。二人は驚いて、ラミュアを見る。ラミュアは二人を見ながら再び言った。
「朝食が準備出来た。こちらに来る。」
向こうではミルが神たちを呼んでいるようだった。アーレフは苦笑しつつ晶に言った。
「晶さん、まずは朝食を食べましょう。急ぐことでもないですし。これから旅をしながら答えを出していきましょう。」
晶は頷きつつ、手を差し伸べてくれたアーレフに手を差し出した。
オーソストラム平野は高い山の無いなだらかな平野だがところどころに丘があり北東方向にある北の氷山付近から流れてきているいくつもの川が大小横切っていた。そのため、木々も多く自然は豊かな平野であった。
「いい場所ね、ここは。」
神は見渡しながら言った。
「そうだな。川が比較的多いから土地も肥えてるし開発すればいい農地になりそうだが、人が住むにはやや不向きか。」
志郎がそう分析した。ミルが疑問に思い言う。
「どうして住むには不向きなんですか?」
「それはですね。川が多いということは、土地を肥えさせる土は数多く運んでくれるのですが、逆にすべてを押し流すほどの氾濫も多々あるということなんですよ。ですからそこに住居を構えるのは得策ではないんです。もちろん少し離れた場所に住居が構えれるなら、ここに農地だけ作ればいいのですが、この辺りにはそんな便利な場所が無いですからね。」
アーレフがそうやって説明した。神が言う。
「まぁそう言うことよ。少数ですむなら問題ないでしょうが、村とか形成しようとするとすぐ問題が発生するでしょうね。」
「そうですね、実際この辺りには、少数民族の移動村が少しあるだけですしね。」
アーレフがそう付け加えた。
「さて、ではとりあえず、街道を通りながらそれなりの街に行くまでがんばりましょうか。」
皆は元気に返事をした。
ラミュソスから出て一週間目。
一行は平野の中央部を歩いていた。川もすでに二本渡り、大きな丘も一つ越えている。ミルがぼやきつつ言った。
「ず~っと同じような景色だと飽きますぅ・・・。」
神が苦笑しながら言う。
「まぁ、平野はこんなものよ。それとも短縮したい?」
神の提案にミルが目をみはって言った。
「え?!短縮できるんですか?」
「ええ、やるのは簡単だけど。ただこれをすると旅の楽しさは半減するわね。」
神はそう注釈を添えた。志郎は何をしようとしてるか理解して言った。
「空間跳躍か。」
「ええ。」
神が肯定して言った。アーレフがそれに意見をして言う。
「まぁ、確かに楽ですが、今は危機的状況でもないですし、とりあえずは我慢しつつ進みませんか?」
そう言われてミルはしぶしぶながら答えて言った。
「分かりました~。ミルも頑張ります~。」
「しかし何だな。」
志郎がふと気づいて言った。神が答えて聞く。
「ん?どうしたの?」
「ミルの様な大きさで、ああも可愛い仕草をされると、ますます可愛く見えるのはなぜかな。」
そう言われて、神はくすくす笑いながら言った。
「簡単なことよ。人は常識に囚われてるからその差の影響でより効果的に感じてるって訳よ。もともと、ミルはあたしの姉だった人がモデルだからね。」
「え?そうなんですか?」
晶が驚いて聞く。神が答えて言う。
「ええ、この世界に来たときに、モデルとしてあたしの姉の記憶を使ったからね。」
「にしては、お前とずいぶん違うと思うが?」
志郎が素直な感想を言う。神が答えて言う。
「当たり前よ、もともと血は繋がってなかったもの。」
「なるほどな。」
「基本的な性格も姉さんを元にして創ってるからね。」
「ほう・・・。つまり、お前の姉さんはミルの様だった訳だ。」
「ええ、そうよ。いつも快活で明るくて、ちょっとドジだったけど大きな体格であたしを守ってくれていた。そう、あの日まで。」
神がそう言ったのを聞いて、皆ははっとした。そして神のほうを見る。神は皆が見ていることに気づいた。
「な、なに?」
皆がじっと神を見ていたので神はびっくりして言った。
「今回は大丈夫なんだな。」
安心しつつ志郎が言った。神はそう言われて気づく。
「あ、ああ。大丈夫よ。いつまでも囚われるわけには行かないわ。それに、今はもう向こうに帰ることなんて考えていないし。」
そう神は言った。
「向こうに帰る?帰れるのか?」
志郎はそう言って神が言った言葉の意味を聞いた。神は答えて言う。
「ええ、やろうと思えばね。ただそれには条件があるけど。」
「条件だと?」
「ええ、この世界を基本的な単位で破壊すること。」
神が言った言葉を聞いて絶句した。アーレフが言う。
「それは、して欲しくはないですね。」
神がくすりと笑いながら言う。
「でしょ。あたしだってしたくは無いわ。だから、過去のことは忘れるわけではないけど対処は出来ないとね。」
「強いのですね。神さんは。」
晶がそう言った。神はそう言われて、頭をかきつつ答えた。
「あたしは強くないわ。そりゃあ「力」は持っているけどね。でも、それは真の意味での強さではないと思うの。「力」を「正しく」使うことこそ強さだと思うな。何が正しさかは、私たちを創って今見ておられる方が決めておられるでしょうけどね。」
「なるほど。神をここに連れてきた方のことか。」
志郎が納得してそう言った。神は頷く。
「だから、あたしはこうやって旅をしてるんだし、またそれがその方の望まれたことだからね。」
神はそうやってまとめて言った。
「ますます、お前との旅が楽しくなっていくな。」
志郎がそう言った。皆も頷く。
「さて、平野もまだ半分あるし頑張りましょうか。」
神がそう言った。一行は張り切って歩き出した。
風が静かに吹き抜けていた。
一つ問題を自分なりに解決し旅を続ける神達。
平野部もそろそろ終わりを告げそれなりの街も近づいた時、事件は起こった。
次回「竜族との出会い」お楽しみに。
貴方にも良い風が吹きますように。