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国境の町ラミュソス

しの達一行はレミアルト王国の北端、国境の町ラミュソスにたどり着く。そこで巻き込まれる(首を突っ込む)事件とは・・・。

小説 風の吹くままに

第六章 国境の町ラミュソス


国境は交流の場所でもある。資源が行き交い、人も行き交う、交易が発生し人々はそれで生計を立てる。直接それで益を得るもの、間接的に得るもの、真っ当でない方法で利益を得ようとするものなど、様々である。

(しの)たち一行もレミアルト王国の国境の町のひとつであるラミュソスに入ってきていた。

「結構大きな街ね。」

(しの)が感想を述べる。それを聞いてアーレフが言う。

「ここは北の要衝ですしね。交易も盛んですし、軍事的にも重要な場所ですからね。まぁ、こちら側は比較的友好な国ばかりですけど。」

「記憶しました。」

ラミュアが機械的に言う。苦笑しながら(しの)が言った。

「まずは見物かな?ミルあたりが言いそうだけどね。」

「え~、あたしが出汁ですかぁ?」

不平混じりにミルが言う。ラミュアがそれに答えて言った。

「事実のようです。」

そう言われて、ミルは頬を膨らませながらはぶてた。苦笑しながらアーレフが言う。

「まぁ、まずは市場とかのんびり見て歩きましょう。国境を出るのは少々面倒ですが街中は比較的楽に移動できますからね。」

そう言われて、皆は頷き歩き出した。

「賑やかだな。王都よりも賑やかかもしれん。」

志郎がそう言った。そうかもしれない。人も、資源も、数多く出入りし、様々な富を生み出す場所である。良い考えのものも、悪い考えのものも集まってくる場所だ。おのずと人が集まり、コミュニティが出来、そうやって新たなものが形成されていくのである。国家はその骨組みを作り、役人たちが補強をして、市民がそれの庇護の下で国家の一員として肉付けをしていく。それが本来あるべき、国の姿というものだ。ただし、あくまで理想であって、現実は簡単にいかないのが現実の辛い一面である。それは人の弱さゆえ、また愚かさゆえであるが、悲しいかな、それを自分に当てはめないのが人の業というものであろう。

一行が歩いていると、男が声をかけてきた。

「お嬢さん、仕事を探してるのかい?」

そう言って、ラミュアに手をかけてきた。ラミュアは、その男に向き直って言う。

「いいえ。」

淡白に答えられて男は多少面食らったが、食い下がれないのかさらに言ってきた。

「なら観光かな?それにしては軽装のようだが。」

「いいえ。」

またもや淡白に答える。要領がつかめず男はそこで立ち止まってしまった。苦笑しつつアーレフが声をかける。

「私の連れですがどうかしましたか?」

男はそう言われて、多少驚いたが今度はアーレフに話しかけた。

「あんたの嫁さんかい?」

「いいえ、私と一緒に旅をしてくださってる方の付き人なんですよ、彼女は。」

事実である。ただ、一般人には理解しにくいだろうが。男は、話し始めた。

「そうかい。軽装で歩いてるから仕事探しで街に入り込んだ娘さんと勘違いしてしまってね。」

言い換えるなら、事実そうやって入ってくる娘たちが居るということだろう。アーレフは、物珍しそうに聞きながら答えた。

「ほう、そんな娘さんが居るのですか。」

「ああ、王国側ではなく北の方の流民が大半だがね。今年は特に北で天候が良くなかったらしくいつもより多いらしい。売春宿に行く子も多いから、かわいそうでね。別の仕事口を勧めてこうやって歩いてるのさ。」

「なるほど、大変ですね。がんばってください。」

そう励ましてアーレフは男性と別れた。

「今の情報は信憑性はそれなりにありそうですね。」

「八割は正しい。」

ラミュアはそう答えた。苦笑しながらアーレフは言う。

「さすがですね。男性の嘘も見抜くとは。」

そんなやり取りもありながら一行は街を歩いていた。


「「金の子山羊亭」か。今晩はここで夕食と宿泊をしましょうか。」

(しの)がそう言った。一向はそこに入っていく。

店はこじんまりとした宿屋兼食堂だった。一般的な旅人宿である。若い女性が受付に居た。

「いらっしゃいませ~。お食事のみですか?」

可愛らしい声で定番の台詞を言う。アーレフがそれに答えて言った。

「宿込みで五名ほど御願いします。男女同室で構いませんので。」

「はい~。五名様ですね~。奥から二番目のシトロンの間をお使いください~。この宿帳に記名を御願いします~。後、代金ですがお一人様食事込みで銀一つになっております~。浴場は公共浴場をお使いになってくださいね~。」

受付の女性はそうやって受付を済ませていった。アーレフは記帳を始める、(しの)がアーレフに物を放り投げた。

「アーレフ、これで払っておいて。お釣りはあなたが持ってて。」

アーレフはそれを受け取った。金一つである。

(しの)さん、こんなにいいんですか?」

「別に、それを持って逃げるわけでもないし。第一あたしはそっち関連は一切無問題でしょ。」

そう、(しの)にすればそんなものを創り出す事は造作も無いことである。もちろん無尽蔵に創ったりすれば経済は混乱し大変なことになる。しかし、普通に旅をする資金として少し創ったところで全体としてはほとんど影響が出ない。彼女はそう言っているのだった。言われた内容を理解してアーレフはそれを受け取った。

受付を済ませ手荷物を部屋に置いて一行は下の酒場に降りてきた。

「さて、まず食事にする?それとも浴場に行く?」

(しの)が皆に聞いてきた。

「そうですねぇ、どうしましょうか~。」

「俺はまず風呂かな。」

「私もとりあえず汗を流したいですね。」

「マスターにご一緒します。」

それぞれが意見を言う。(しの)は決めて言った。

「風呂に行く意見が多いからまずはお風呂に行きますか。」

皆が賛同してそうすることにした。


大衆浴場はもちろん浴場だから体を綺麗にする場所でもあるが、様々な人と交流をする場所でもある。基本的に混浴なのも特徴であった。故に情事に使われることもあるのだが。

「結構いい浴場ですね。」

「そうだな、これならいい湯に浸かれそうだ。」

アーレフと志郎はそういいつつ衣服を片付け始めた。

「では、あたしたちも入りましょうか~。」

「そうね、ラミュア行きましょうか。」

「はい。」

女性三人組も衣服を片付けて浴場に向かう。

浴場はかなり広く、湯気で向こう側が見えないほどの大きさがあった。深さは大した事が無いのだがこれだけ広く、湯気が立ち上っていると視界が悪いので、いろんなことが出来るという意味で少々危険でもあった。中では、談笑をする人たち、黙々と体を洗う人たち、ゆっくり湯に浸かって疲れを癒す人たち、情事にふける男女など様々だった。

「いろいろな人がいますねぇ。」

「そうね、本来外の目的の人も居るけどね。」

ミルと(しの)がそう言い合っていた。

「ところで・・・」

志郎が話題を切り出して言った。

「これからどうするのかな?」

「そうね、とりあえず数日ここで遊んでから北のほうへ足を伸ばそうと考えているわ。」

(しの)は質問にそう答えた。

「北か。ということは、ロウグラント、アウシュモスク、レベンスキネアあたりに向かうことになるな。」

志郎が北にある地名をあげて言った。アーレフがそれにあわせて言う。

「まぁそういう事になりますね。直接それらに入るかはともかく。周囲にも楽しめるところはいろいろとあると思いますよ。」

アーレフがそういうのを聞いて、志郎がやや顔をしかめながら言った。

「まぁ、夜盗たちや怪しい宗教家の集団とかも居るらしいが・・・ドワーフ達の里にまで行くのか?」

そういわれて(しの)が答える。

「状況次第って奴でしょうね。個人的には行ってみたい気もするけど、急いでるわけじゃないしね。」

「なるほどな。結果次第、行き当たりばったりって奴か。」

「そういう事。楽しむのが目的だし。」

「了解した。まぁアーレフの例のこともまだ未解決だしな。」

「そうですね。(しの)さんに任す方法もあるのですが、まだそれは早いと思うので。」

「焦る事は無いわよ。」

三人はそうやって今後の方針を固めていった。

「ラミュアちゃん肌が白くて綺麗ね~。」

「ミルも綺麗でたくましいです。」

向こうでは二人で談笑しているようだ。そんな感じで、浴場でのひと時は過ぎ去っていった。


「ふう。いいお湯だったわね。」

「そうですね。」

「これで後は一杯やれればいいな。」

「志郎さんはお酒が好きなほうですか。」

アーレフは志郎が「一杯」といっているのを聞いてそう言った。

「そうだな・・・酒に女、まぁ定番だがお金が入ると良くやってたよ。お前はどうだい?」

「私は神に仕える身ですから婚姻すれば女性は考えますがお酒はしないですね。病気のときなどの気付けに使うくらいですかね。」

「なるほどな、ところで、(しの)聞いてもいいか?」

志郎が(しの)に疑問を投げかける。

「何?」

「お前も「寝る」のか?」

そう聞かれて、少しきょとんとした後、顔を真っ赤にしながら答えた。

「で、出来るわよ。」

それを見て、志郎とアーレフが笑い出した。

「な、何よ、自分で聞いておいて。笑うこと無いじゃない。」

「いや、すまん。その何だ・・・。」

「意外な一面って奴ですね。」

アーレフにそう言われて(しの)はさらに顔を真っ赤にしながら言った。

「馬鹿!あたしだってそういうものはあるわよ。」

微笑ましい光景である。ひと時笑った後、志郎は疑問をさらにぶつけて言った。

「ミルやラミュアはどうなんだろうな?」

「え?」

ミルにまで振られて、ミルもびっくりして言った。

「あたしですか~?」

「うむ。」

「そりゃ、出来ますけど~。」

「出来るけど?」

「したいとは思いませんねぇ・・・しろと命令されれば考えますが。」

「ふむ、そんなものか。」

多少、面白くないといった感じで志郎は言った。アーレフがラミュアに言う。

「ラミュアさんはいかがですか?」

「よく分からない。」

「あ、なるほど。」

確かにそうであろう、情報として知っているとしてもそれだけでは意味を成さないからだ。

「全く何を言い出すかと思えば・・・。」

(しの)が呆れがてらに言った。

「まぁ定番だからな、酔って襲うわけじゃないし。」

「そんなことしたら結界内で餓死させるわよ!」

志郎が冗談がてらに言ったのを(しの)が真顔になって怒って言った。

「怒るなって、望まれない限りしないってば。」

純粋に感情を示す(しの)を見て志郎も悪いとばかりに正論で答えた。

「全く、これが昨日までと同じ人物とは思えない状況だな。」

志郎がそう言うとアーレフはにこやかに笑顔をしながら言った。

「だからこそ、でしょう。」

そう言われて、志郎も頷いた。


金の子山羊亭での夕食は一般の旅人としては豪華なものだった。肉料理も多数出て特に志郎は満足した様子だった。もちろん彼は酒も欠かさず取っていた。

「ご馳走様。」

「美味しかったですねぇ。」

「終了しました。」

女性三人組はそうそれぞれ食事を終えた。

「あれ?アーレフは?」

「先ほど上のほうにいかれましたよぉ。」

(しの)が問うたのでミルが答えてそう言った。

「お呼びしましょうか?」

「いや、いいわ。」

ラミュアが提案したが(しの)は断った。

「しかし良く飲むわねぇ。」

(しの)は呆れながら志郎を見ていた。

「ん~。まぁ好きだからな。」

「そういうあなたも見ていて楽しいわね。」

ふと、(しの)はそう言った。そう言われた志郎は一瞬戸惑いその後大きな声で笑った。

「やはり、お前は面白いよ。ついて行く事にして正解だったな。」

「ふふ、そうかもね。あたしも楽しませてもらってるわ。」

そう言って、(しの)は手を組みじっと志郎を見つめていた。


薄暗い中でそれは行われていた。いや、薄暗いからこそ、であろうが。

「今回は以上です。」

小柄な男性が、伝票のようなものを、相対する男に手渡していた。

「ほう、結構いいものがそろったな。」

太くてやや鋭い声で、男は答えた。

「今回は比較的いいものが揃いました。閣下の「実験」にもお役に立てるかと。」

小柄な男性がそう言うと、男はそれを制しながら言った。

「軽々しく言うな。監視の「眼」はどこにあるか分からぬからな。」

そう言われて、小柄な男は一度周囲を見回した後、再び男のほうに向き直って言った。

「お金のほうはいつもどおり御願いします。」

「うむ。」

男はそう返事をして、用意された馬車に乗って去っていった。男を見送った後、小柄な男はいささか悪態をつきつつ言った。

「ちっ、金になるから今はやっているが、あんな不気味な「実験」なんぞに加担し続けるのはさすがに疲れてきたな。そろそろ、逃げる算段でもせねば・・・。」

なにやら不穏な空気が漂っていた。


朝。陽光が窓から入ってくると一日の開始を肌で感じる。そういう時の目覚めは心地が良いものだ。(しの)は、肌に当たり始めた朝日に気づいて目を覚ました。部屋を見回すと、ミル、ラミュア、アーレフそれぞれがベットで息を立てつつ寝ていた。が、すでに志郎がベットには居なかった。

「あら、あれだけ飲んでたのにもう起きたのかしら?」

そう言って、ベットから出て部屋から出る準備をしていたときに、扉が開き、志郎が入ってきた。

「お?起こしたか?済まないな。」

志郎はそう謝ってきた。(しの)は答えて言う。

「ううん。あたしはもう起きてたところよ。おじ様、朝が早いのね。」

そういわれて苦笑混じりに志郎が答えて言った。

「ああ、長年の修行の癖でな。早朝に起き上がって修練をするのが習慣になってるんだ。酔いも醒めて一石二鳥だしな。」

感心しながら(しの)が言った。

「なるほどね。あの武術はそうやって支えられてるのね。」

「まぁ、生身の人間だからな。魔道武術でも出来れば少しはスタイルを変えれるのかも知れないが、あいにく俺は魔法に関しては縁が無くてな。」

志郎はそう言って、今までの経緯に関しても簡潔に語った。(しの)は、閃いた様に言った。

「なら、あたしがこれから手伝いましょうか。」

突然の言い草に志郎は驚き、言葉が出なかった。しばし時をおいてから志郎が言った。

「お前が・・・?」

「ええ。」

「なぜ俺にそこまでする?」

志郎はつい、そう口走ってしまった。悪気は無いのだが素朴な疑問として。(しの)は少しうつむきながら答えた。

「それは・・・あたしに「寝る」ことすら言う人だもの。あたしだって興味が沸いたのよ。」

その、意表をついた台詞に志郎は戸惑ってしまった。

「あれは・・・その・・・。」

二人は、言葉を出せずに立ち尽くしてしまった。(しの)は顔を真っ赤にしながらうつむいている。

「あれ?もう終わりですか~?」

ベットから声が聞こえてきた。びっくりして二人は振り向く。そこにはミルとラミュア、アーレフの三人がベットで聞き耳を立てていた。

「な・・・。」

(しの)は、言葉に詰まってしまう。志郎は顔に手を当てた。

「済みません。状況が状況だけに出るにも出れなくて・・・。」

アーレフが済まなそうに言う。ラミュアは状況はやや分からないが興味津々に見ていた。ミルはニヤニヤしながら見ている。

「あんたたち~!」

(しの)はつい大声で怒鳴ってしまった。


一行は一階の食堂に居た。(しの)は黙ったまま黙々と朝食を食べていた。

「やはりあれはまずかったですかねぇ・・・」

アーレフがミルたちに言う。

(しの)様怒ってますねぇ・・・。」

「怒るというか、よく分からない感情に包まれてます。」

ラミュアが客観的意見を述べた。

「それは、ラミュアが初めて見る感情だからさ。」

志郎が横から声をかけた。ラミュアが答えて言った。

「初めてですか。確かに、基本知識には無い感情表現です。」

「まぁそうだな。愛情とか恋慕の気持ちは論理的説明がつかない感情だからな。」

志郎はそう説明した。

「って、(しの)様がですか?!」

驚いたようにミルが言う。

「何を驚く。(しの)だって感情はあるぞ?」

「いや、それはそうですけど。」

「当人の前で何を言い合ってるのかしら~?」

(しの)が話しに割って入ってきた。

「お前が恋愛感情を持ってるって話さ。」

ストレートに志郎が答えて言う。(しの)は顔を高揚させながらも答えて言った。

「ば、馬鹿。そりゃ、あたしだってあるわよ。それより、明日から手伝っていいのかしら?」

(しの)にそう聞かれて志郎は素直に答えて言った。

「本当にいいのなら御願いしたいな。応用できれば幅が広がるし、何よりお前との旅がますます楽しくなる。」

素直に言われて(しの)は顔を赤くしながら言った。

「そ、そう、なら明日から手伝うわ。ところで、今日の予定なんだけれど。」

そう言って(しの)は話題を変えた。

「アーレフ昨日ラミュアにあった出来事覚えてる?」

「ああ、仕事探しの男ですか。」

アーレフは、(しの)に言われて思い出したように言った。

「そう、ラミュアから聞いたけどあの男多少嘘をついていたでしょ。もしかしたら、よくないほうに作用してるような気がしてね。」

「つまり、街に来た女性を使って「何か」をしていると?」

志郎がそう聞いた。(しの)は答えて言う。

「あの男自体はただの仲介者の可能性が高いけどね。そいつに依頼している「誰か」が企んでる、と考えるのが筋でしょうね。」

「なるほど~。でも女性を使うって~何をするんでしょうねぇ。」

「悪魔崇拝。」

ミルが言った素朴な疑問にラミュアがストレートな答えをぶつけた。

「まぁ、それかそれに類する実験ってところね。女性を犠牲にするのは悪魔崇拝はお約束だから。」

(しの)はそうやって結論を出した。

「ほぼ間違いないだろうな。しかし、どうやって探す?」

志郎が問うて来た。(しの)が答えて言う。

「一番簡単なのは「眼」を飛ばすことだけど、とりあえず足で探してみましょうか。出来る限り分かれたほうがいいから三つに分かれましょう。」

「というと、どう分けるんですか?」

アーレフが聞いてきた。(しの)が答えて言う。

「あたしとおじ様、ラミュアとアーレフ、後ミルの三つよ。」

「え~あたしだけ一人なんですか~?」

ミルがやや抗議して言う。(しの)が答えて言った。

「今回はごめんなさいね。相手は魔法を使いそうだから、おじ様一人では危ないし、ラミュアは一般知識が少ないからアーレフが居ないとほかに揉め事を起こしそうだし、単体で動けそうなのはあなただけだから。」

「そういうことなら分かりました~。でも、それだけですか~?」

ミルはそう言って疑問を呈してきた。

「それだけって?どういうこと?」

(しの)がミルの質問の意図を聞く。

「だって、今朝のやり取りを見ても~・・・もごもご・・・」

ミルがそこまで言って、アーレフがミルの口を押さえた。

「はいはい、そこまで~。」

そういいつつ、(しの)を見た。(しの)は真っ赤になってうつむいている。

「そりゃまぁ・・・そういう気持ちはあるけど・・・」

(しの)はそういいつつ口ごもってしまった。

「今はそういうことも大事ですけど後でやりましょう。あ、私は応援してますからね。」

アーレフがそう言うと、(しの)が答えて言う。

「ちょっと、勝手に話を進めないでよ。そりゃ・・・」

と、結局口ごもるのだが。様子を見ていた志郎が言った。

「さて、なら一段落したら、出発しようか。」

全員は、それを聞いて頷いた。


ラミュアとアーレフは並んで歩いていた。街はいつもの通り活気に満ちている。もちろん、多数の人が集まる以上問題が全く無いわけではない。スリ、かっぱらい、乞食、売春婦、など、一般社会では底辺または必要悪とされる人たちも居るからだ。しかし、この国ではそういう人たちは、きわめて少ない部類だった。

「このあたりには、怪しそうな人は居ないようですね。」

アーレフがそう言う。ラミュアは辺りを見ながら人々を観察していた。

「興味深いですか?」

アーレフがラミュアに聞く。ラミュアは無言で頷いた。彼女にとっては、初めての街初めての経験なのだから。微笑ましく思いながらアーレフはラミュアと歩いていた。


(しの)は志郎と並んで歩いていた。しかし、彼女は今朝までの経過から志郎をまともに見れなかった。うまく言葉では言い表せない。素直に認めることも出来ない。そんな感情の渦に入っていた。志郎が歩きながら言った。

「この辺りは静かだな。」

しかし、(しの)は黙ったままだ。志郎は心配になり(しの)を覗き込んで言った。

「どうした?調子でも悪いのか?」

志郎の顔が目の前に来て、(しの)はびっくりしてしまい、きゃあ!と叫んでしまった。少し間をおいて(しの)が答えて言う。

「ご、ごめんなさい。ちょっと気が動転してて・・・。」

「いや、俺のほうが悪かったな。昨日からお前に迷惑をかけてるようだ。」

志郎が今までの経緯から(しの)に謝罪を入れる。(しの)は顔を振りつつ言った。

「そうじゃない・・・。そうじゃないから・・・。」

自分に言い聞かせるように(しの)は言った。それを見て苦笑混じりに志郎は言った。

「お前が何に戸惑っているかは分かるつもりだが、焦ってはだめだ。何をかく言う、俺もあせって失敗した口でな・・・。」

そう言って自分の体験談を語り始めた。

志郎は若いころある女性に恋をした。相手の女性も好意を示してくれたので、お互い付き合い始めた。しかし彼はすでに武術を習得するために修練をしている最中だった。そんな中で、気持ちをぐらつかせていれば、危険な目に自分を会わせかねない。そして事実、彼は修練の最中に事故を起こしてしまった。結果を知った女性は志郎のためにならない、と言い残し去っていったというのだ。

「だから、お前にも後悔はして欲しくないな。」

志郎はそう、述懐混じりに言った。そう言ってくれる志郎に(しの)は感情を高ぶるのを感じていた。そして(しの)は言った。

「うん・・・ありがとう。うまくは言えないけど、とりあえず、今はやりたいことを少しずつやってみる。もちろん、「あなた」との関係もね。がんばるわよ?志郎。」

志郎、と言われて、意表を衝かれたがにこやかに(しの)を手で撫でながら言った。

「分かった。まずは「こっち」からだな。」

(しの)は頷いた。二人は今までよりもより固く、並んで歩いていた。


ミルは一人で歩いていた。あたりも賑やかなので周囲を見て楽しみながらである。子供の歓声、店の主人の声、往来の様々な声、街の元気な声が心地よい。

「ん~いいですねぇ。やはりこういう雰囲気は気持ちがいいですぅ。」

ミルはそう言いながら手を伸ばして背伸びをしていた。そんな時、往来から外れた建物の物陰からなにやら「音」が聞こえてきた。女性の声と何か倒れるような音、そして複数の男の声、どうやら誰かが追われてるようだった。ミルは、その声の方向へと走って行った。

「待て!」

男は怒鳴っていた。もちろんそう言われて待つ者など、普通ありはしないが。男たちに追われていた女性は、走り去る途中にある物を道に撒き散らしつつ逃げていた。少しでも追っ手から離れるためであるが、それがほとんど効果が無いことも分かっていた。それでも、逃げるのに必死なためそうせざるを得ないのである。そんな女性の前に2mはあろうか、巨大な女性が現れた。

「ひっ!」

女性は驚いて立ち止まり、小さく喚く。ミルは女性を捕まえて魔法をかけた。

「悪戯の妖精よ。不可視の魔法をここに。」

そう言って、女性を見えないようにした。

「しばらくじっとしててくださいね~。」

女性にはそう言っておき、すぐ来るであろう男たちに身構えておいた。


アーレフとラミュアは街中を歩いていたが、「異変」を察知してラミュアが言った。

「ミルが対象に遭遇。」

そういわれて、アーレフはラミュアが言った内容を理解した。アーレフが言う。

「ラミュアさん、場所は分かりますか?」

「分かる。移動する。」

ラミュアはそう答えて目的地に移動を始めた。アーレフはくすりと笑ってそれについていく。


(しの)はミルから来た「連絡」に気づいて言った。

「ミルが見つけたみたい。そこへ行きましょう。」

そう言いつつ(しの)は走り始めた。志郎は、事態を理解して言った。

「分かった、急ごう。」

二人は、ミルの居る方向へと走っていった。


「何だこの大女は・・・。」

男たちは、村から出てきたと思われる娘を追いかけていたはずであった。しかし今、女が逃げた先には自分たちより大きな女が立ち構えている。

「あなたたちに用があるんですよ~。」

ミルは間延びした言い方で言った。男たちからすれば仕事の邪魔をされてるわけである。おちょくられてる様にしか見えないであろう。相手が大女のため、男たちは準備していた武器を取り出し始めた。

「あらあら、やる気満々ですねぇ。やっとあたしにも出番ですかねぇ。」

ミルの台詞は、これから戦うというよりも楽しむものの台詞である。それを聞いて、若ぶりの男が武器を構えつつ突っ込んできた。

「なめるな~!」

ミルを狙った武器は、むなしくミルが居た所を薙いでいった。男は周囲を見渡したがミルの姿は見えない。後ろで声がした。

「上だ!」

そう言われて男は上を見た。その時、鈍い音がして男は倒れこんでしまった。ミルに押しつぶされたのである。ミルは退屈そうに言う。

「こんなのですか~。もっと楽しみたいですねぇ。」

様子を見ていた男のうちリーダーのような男がほかの男たちに言った。

「俺たちでは荷が重い。一旦引き上げるぞ。」

そういわれて、男たちはばらばらと逃げていった。男たちが立ち去ってすぐ、アーレフとラミュアがミルのところに来た。

「到着しました。」

淡々とラミュアが報告する。ミルが二人を見て言った。

「お早いですねぇ。もう少し早ければ、怪しい男も捕まえれたかもしれないですが~。」

「ラミュアさん、早いですね。お待たせしました。」

アーレフはそうやって到着を報告した。

「少し遅かったようですね。」

「あ、でも一人押しつぶしてるから、それから情報引き出せるかも~。」

アーレフにミルが答えて言った。

二人が見るとミルの足元に男が一人潰されていた。

「おやおや、ミルさん相手では指し物の男性でも大変ですからねぇ。」

アーレフが苦笑混じりに言った。ミルはそういわれて答える。

「え~。それってどういう意味ですか~?」

「言われたとおりかと。」

ラミュアが補完して言う。ミルは頬を膨らませた。それを見てアーレフは微笑んでいた。

「まぁ、まずはこの男を正気に戻して尋問ですかね。」

アーレフはそう言ったが、それに対しラミュアが言った。

「先に女性を対処するべき。」

そういわれてミルが気づいて言った。

「あ、忘れてましたぁ。隠しておいた女の人を戻してあげないと~。」

そう言って、ミルは解除の魔法をかける。魔法で姿を隠されていた女性は姿を現した。

「えっと、これはいったい・・・。」

状況が把握できずに女性は戸惑っていた。そこに(しの)たちが到着する。

「偶然だけど、あなたをあたしたちが助けた、って状況なのよ。」

(しの)がそう言った。

「ミル、お手柄ね。」

(しの)はそうやって、ミルを褒めた。ミルは頭をかきつつ、喜んでいる。

「でも、男たちはほとんど逃がしてしまいました~。」

ミルはそう報告した。(しの)が答えて言う。

「問題ないわ。そこに転がってる男から情報を仕入れましょう。」

「あ、あの~。」

女性がやっと、ある程度理解したようで、声をかけてきた。

「ああ、状況の整理が出来てきたようですね。私はアーレフと申します。旅の途中のしがない神官ですが、どういう状況で先ほどの男に追われていたのか説明をしていただけますか?」

アーレフがすかさずいつものスマイルで女性に声をかけていった。それを見つつ、志郎が(しの)に言った。

「悪気がない分、アーレフのああいうところは優れた武器だな。」

「そうね、本人は自覚してないけど。たぶん、それが逆に災いも招いてるんでしょうけどね。」

「なるほど、嫉妬や妬みか。」

「そんなところね。」

人のいい部分は、その人にとって、その人を特徴付ける武器ともなりえる反面、優れた能力は、他人にとって嫉妬や妬みともなるのである。人が人たる悪い側面の一つであった。アーレフに丁寧に言われて、女性はアーレフに説明を始めた。

「あ、私はセフィアといいます。ここから少し北のレーベンスの村から来ました。村は飢饉で生活が苦しいので口減らしと出稼ぎをかねてラミュソスにまで出たのですが・・・。」

「そこで、さっきの男の一味に勧誘されたんだな。」

志郎がそう言って、セフィアは頷いた。

「そうです。どうやら人攫いの一団の様で。私と一緒に居た女性たちが多数連れて行かれました。私はその中に入っていなかったので今朝、警備の隙を突いて逃げ出したのですが、途中で見つかってしまい、追われていた最中にこの方に助けられました。ありがとうございます。」

そう言ってセフィアはミルに丁寧にお辞儀をした。ミルは、頭をかきながら答える。

「あ~。あたしはたいした事してないし~。」

それを見てアーレフが言った。

「まぁ彼女にとっては感謝すべきことなんですよ。」

「ということは、男たちも何とかするのは当然として、セフィアさんも助けてあげないとね。」

(しの)がそう言った。アーレフがそれに答えていう。

「まあ、その事でしたら私が教会に掛け合いましょう。賃金は非常に安くなるでしょうが、あそこは仕事はいくらでもありますからね。」

そういいつつ、アーレフはセフィアに笑みを向けた。

「ふっ、天然ジゴロって奴か。」

志郎がそう言う。(しの)も苦笑しつつ言った。

「自覚が無いからねぇ・・・。さて、そうするとなれば・・・」

(しの)はそう言って話を続けていった。

「アーレフとミルはセフィアさんを連れて教会へお願いね。あたしたちはこの男から情報を聞き出すことにするわ。」

「分かりました~。」

ミルが答えて言う。アーレフも答えて言った。

「了解しました。教会の手続きはお任せください。」

三人を送ってから(しの)が言う。

「さて、ラミュア、そいつを起こしてくれる?」

「了解しました。」

ラミュアが言われて、返事をし、男を起こした。

「う・・・くそ・・・ここは・・・」

男は状況が把握できずに周囲を見回した。が、状況を把握して顔面が蒼白となった。

「あらあら、大体状況は分かるようねぇ。」

いやみっぽく(しの)が言う。続けて言った。

「さて、分かってるなら手っ取り早いわ。あたしたちに分かってることを説明してもらいましょうか。」

そう言われて、男は生唾を飲み込んだが、一呼吸入れてから答えて言った。

「そ、そんな脅しで簡単には言うわけない、だ、だろう・・・」

怖くてたまらない、しかし言いたくない、そういう感情がありあふれる言い草であった。(しの)は苦笑しながら話を続ける。

「まぁ、意地を張るのもいいけど、この子は遠慮が無いからあなたの首が離れても何とも思わないわよ?」

そう言って(しの)はラミュアのほうに眼を向けた。ラミュアは意図を察して右手から「光剣」を出して見せた。(しの)がそれを確認してから言う。

「この子の「光剣」はね。鉄だろうが、ミスリルだろうが、オリハルコンであろうがばっさり切れるわよ~。あなたの首もそうなっていいのかしらねぇ。」

そう言ってるときにラミュアが横に転がっていた木製の荷物箱をさくっと切り割ってしまった。

「さあ、どうする?」

(しの)が止めとばかりに言う。そういわれて、男は、失禁してそのまま気絶してしまった。

「ありゃ?・・・」

(しの)がしまったとばかりに言う。

「対象意識消失。思考活動停止状態です。」

ラミュアが淡々と報告する。志郎が苦笑しつつ言った。

「肝っ玉が小さい奴だったな。(しの)、どうするかい?」

「仕方が無いから、直接調べるわ。」

(しの)はそう答えて、男の記憶を探り始めた。


「何!逃がしてしまっただと!」

男は部下からの報告を聞いて焦っていた。こんな状況で自分のしていることが明るみに出てはまずい・・・何とかしなければ、そう思っていた。

「起きた事は仕方が無いか。逃げる算段をしないといけないかもしれないな。「狩り」は一切中止する。全員に「片付け」をはじめるように伝えろ。」

そう部下に命令した。命令を受けて、部下たちは騒然と動いていく。

「昨日の今日で、この始末か。あいにく俺は運が無いと見える。」

愚痴っぽく男は自問していた。


「さて、セフィアさんのこともとりあえず終わりましたね。」

アーレフがそう言った。ここは教会の前、アーレフは彼女を教会に届けたのである。ミルが答えて言う。

「良かったですよねぇ。彼女も働き口が見つかりそうですし。」

「そうですね、そういう意味では運がいいほうでしょう。」

アーレフがそう言った。保障される働き口を見つけるほうが大変なものである。働いたのに給与ももらえず雇用主がドロンということもあるからだ。

「マスターのほうもそろそろ終わったのかな~。」

ミルがそう言った。アーレフがそれに答えて言う。

「さすがですね、ミルさん。あなたの言うとおりみたいですよ。」

そう言ってアーレフは視線を向こう側に向けた。そこには(しの)たちがやってくるところであった。

「アーレフたちも済んだ様ね。」

(しの)がそう言う。ミルが答えて言った。

「はい~。アーレフ様が手続き等をすべて済ませてくださいました~。」

「それはよかったわ。こっちは、ミルが捕まえた奴が気弱で気絶なんかしたもんだからあたしが意識を探って調べたから面倒だったわ。」

(しの)は苦笑混じりに言った。それを聞いて志郎が言う。

「そうは言うが、奴に脅しをかけて気絶させたのは誰だったかな?」

そう言われて、(しの)は顔をやや赤くしつつ言った。

「あ、いや、それは・・・ねぇ、あれよ、やはり定番って奴で・・・。」

(しの)が言い訳をするので志郎が詰め寄る。

「誰だったっけ?」

「う・・・」

(しの)はそう言われて戸惑う。そして観念して言った。

「あたしが気絶させました・・・。」

しばらく沈黙の後、志郎が噴出して言った。

「あはは。すまん、まぁ、そんな事もあったってことさ。」

「楽しそうですね。」

アーレフが微笑ましく見ていた。

「マスター今後はどうされますか?」

ラミュアが機械的に指示を仰いでそう言った。それを聞いて、はたと、気づき(しの)が言う。

「おっと、動揺してる場合じゃないわね。そうね、奴の記憶から指示をしていた人物と拠点の場所が分かったからまずはそこに急いで乗り込みましょう。狡猾な奴なら、もう逃げる算段はしてるはずだろうし。」

「ふむ、確かにな。人攫いは重罪だからな、さっさと荷物をまとめてると見るのがいいだろうな。」

「ええ、急いで向かいましょう。」

一行は同意して、(しの)が向かう場所に進んでいった。


「進行状況はどうだ?」

男は部下にそう聞いた。部下が答えて言う。

「身支度は七割方終了。記録処分にやや手間取っています。現在約五割です。」

「急がせろ。」

男はそう命令して、自分の部屋の片づけを続けた。そんな中、騒々しい音が外から聞こえてきた。

「何事だ?」

男がそう言うと部下の一人が中に入ってきて言った。

「何者かが乱入してきました。今、一部の者が応戦しています。」

「何!?」

何者か?いや詮索より逃げた方がいいかもしれない。男はそう判断していた。


「さすが、こういう場面では、志郎やラミュアが一番役立つわね。」

(しの)が二人を見つつそう言った。アーレフが答えて言う。

「お二人とも、状況判断が優れている上に的確な行動をされますからね。人の士気を削ぐという点ではぴかいちではないでしょうか。」

そう、戦う上で最も重要な点は士気を如何に削げるか、である。戦う気が起きなければ戦い自体すら回避できるのだから当然最良の選択といえるであろう。

「マスター、奥の空気が激しく動き始めました。一部脱走するものが居るかもしれません。」

ラミュアがそう報告する。(しの)は思案した。そして言う。

「分かったわ。とりあえず、結界で封印しましょうか。」

「この範囲をですか?!」

(しの)の言葉を聴いてアーレフは驚いて言った。(しの)は答えて言う。

「ええ、逃げられたら面倒でしょ?」

「それはそうですが・・・」

(しの)は「力」を使い周囲に結界を張っていった。


「だめです。ここも使えません。」

部下がそう報告をする。脱出用に造っておいた魔法転送装置が使えないというのだ。

「なぜ使えないのだ?」

男はいきり立ちながら言った。部下は答えて言う。

「強力な結界が張られているものと推測します。転送装置は空間跳躍の機能もありますのでそれが阻害されてるということは結界により空間封印されてると考えれば合点がいきます。」

そういわれて、男は納得はしたが、その後はたと気づいて言った。

「ちょっと待て。と言う事は、この装置を無効に出来るほどの空間制御能力者が居るということか?!」

「は。事実からするとそういうことに・・・」

男は絶句した。高価なこの魔法装置すら無効化するほどの能力を使う存在とは・・・。男がそう考えてるときに、後ろから喧騒が聞こえてきた。

「この部屋みたいねぇ。」

女の声だ。部下が倒されながら、数人の人間が部屋に入ってくる。

「あなたが親玉かしら?」

小柄な少女のような女性がそう言った。一瞬躊躇したが男は答えて言う。

「そうだとしたらどうするかね。」

女性は答えて言った。

「なら答えは簡単よ。ラミュア、ミル、ほかは始末しなさい。」

「了解。」

「は~い。」

女性が声をかけたほかの二人の女性が部下を次々と倒していく。しかも、自分の部下はかなりの手練のはずなのに草を刈るように倒されていく。

「馬鹿な・・・私の部下が・・・」

「まぁ、格が違うってことさ。」

女性と一緒に居た男がそう言った。

「お前たちは何者だ?」

男は、侵入者たちにそう言っていた。女性は答えて言う。

「あなたに名乗る名など無いわ。」

そう言って、女性は男に詰め寄ってきた。

「さて、どういう目論見で女性をさらっていたか話して下さるかしら?」

眼下の状況を見れば、話さなければどうなるかは一目瞭然であった。男は答えて言う。

「依頼されたからだ。」

そういわれて女性は得心したようにして言った。

「なるほどねぇ。では依頼者についても語って頂きましょうか。ちなみに拒否権は無いわよ。」

選択権を却下されて男は絶句していた。


(しの)は簡単に言いそうに無いのが分かっていたので男に直接触れた。そして、意識に入り込む。男は身動きすらとれず硬直してしまった。

「さて、ちょっと調べさせてもらうわ。」

(しの)はそう言って、男の意識に潜り込んでいった。

しばらくたってから(しの)は戻ってきた。それに気づきミルが言う。

「お帰りなさいマスター。どうでした?」

そういわれて(しの)が答えて言った。

「分かったわ。この街から少し離れたところに屋敷を構えている博士のようね。ここは始末してさっさと行きましょう。結界を閉じて始末するからみんなには外に出てもらうわ。」

そう言って、(しの)は「始末」を始めた。

「あまりいいものじゃなかったようだな。」

志郎が気遣いながら言う。(しの)が答えて言った。

「理屈じゃ分かってはいるけれど、実際に、記憶の中で見せ付けられると「反吐」が出るほど気分が悪いわ。」

(しの)は男の記憶の中で女性を陵辱しているところなど見たくもないところを見る羽目になったことを言っていたのである。志郎はそれを察して言っていたのだ。

「済まないな。」

志郎はそう言って、(しの)の頭に手を置いた。(しの)が答えて言う。

「志郎のせいじゃないわよ。」

「分かってはいるが、俺も男だ。ああならんとも限らんさ。」

志郎が自重交じりに言った。(しの)がそれに答えて言う。

「嘘ばっかり・・・」

志郎が示す暖かい感情に(しの)は喜びを見出していた。

「さて、行きましょうか。元凶を叩かないとまた被害者が出るし、まだ助けれる人も居るかもしれないからね。」

気を取り直しつつ(しの)がそう言った。一行は頷き、目的地に向かって進んでいった。


そこは非常に薄暗かった。わずかに灯っている魔法の光源が部屋に何があるのかを知らせているのみであった。眺めてみれば広い部屋で数十人寝そべっても余裕があるほどであるがそこにいる者は全員その部屋をわざわざ眺めたいとは思わなかった。そう、そこはそれほど「嫌悪」すべき光景が広がっていたのである。「儀式」に使われて人の形をとどめていない肉の塊、異様な魔法の器具、不気味に光る魔方陣、そして、見ただけで恐怖を呼び起こす悪魔像。そんな中に十数人の女性が鎖に繋がれていた。

日向晶ひなた あきらもそんな女性の中に居た。彼女は、叔父夫婦に連れられて行商の手伝いとしてラミュソス手前までを旅をしていたが夜盗に遭い、叔父夫婦が必死で逃がしてくれたおかげで彼女は逃げ切れたのだが叔父達は不明のままであった。兵士らに報告したが、夜盗たちは見つからず、叔父たちが夜営してた場所には多数の血痕が残ったきりで何も見つからなかったと言う。そうして彼女は独り身でラミュソスに入り、男に仕事口の勧誘を受けてついていったのだが、この始末である。気丈に振舞ってきたが、現実の状況からは流石に限界が来ていた。

「流石に、私も気がもちそうに無いかな・・・。」

親が自慢していてくれた自分の長い髪をかきつつぼやいていた。

そこへ、扉のきしむ音がしてきた。女性たちはそれを聞き,身を怖がらせる。そう、彼女たちに害をなす者が入る合図だからである。

「また失敗か。新たな贄を用意しないといけないな。」

男は入りつつそう自分に言い聞かせていた。手に持った本を開きながら、反対側にあるメモを丹念に調べる。そして、一つの場所に行き着いた。

「よし、今回はこれで行こう。」

そう、男が言ったのを聞いて、女たちは喚き始めた、それも大声で。なぜなら、彼がそう言った後で必ず一人の女性が「人間でなくなる」からである。男は、女たちが喚くのに気を止めず、一人の女性を捕まえた。

「私?!」

自分を捕まえられて晶はそう言った。今度はあたしの番なのか?そう思い、気が遠くなりそうになった。晶はそのまま引きづられて部屋の中央部へと連れ出された。すでに服はぼろぼろだったが、男はそれすら剥ぎ取り始める。しばらくすると晶は丸裸にされた。中央にある魔法陣の上で鎖で固定される。その後男は手にしていた本をめくり、書いてある呪文を読み始める。

「我、汝に言う。この者を贄として捧げ、我の求めに答え応じよ。力有る者。知恵高き者、長き時を生き抜く魔族の力たる者よ。我の声を聞きたまえ。」

男がそう言うと、下に描かれていた魔法陣が次第に明かりを帯びていく。外側が次第に輝き始め、中央部に輝きが集まっていく。それを見て晶は恐怖に囚われ始めた。声が出ない。怖くて出したいのに、出ない。晶はそんな重圧に押されていた。

「今度こそ。あの方を呼び出すのだ。」

男は期待を込めてそう言った。


(しの)は建物から「嫌な」感じを読み取っていた。

「気分が悪いわ。」

(しの)はそう言っていた。体の調子が悪いのではない。嫌悪すべきものが居るのが分かってしまう、そういう嫌な気分を言っていた。

「確かにな。禍々しい雰囲気だ。」

志郎もそう言う。冒険者故にこういう事例にも幾度か遭遇しているのであろう。その横で、アーレフがさらに険しい顔をしていた。

「魔族が来ます。」

ぽつりとアーレフが言う。起こりうる事態を察知してそう言ったのである。(しの)が駆け出しながら言った。

「急ぐわよ。」

一向はそれに続いて走り出した。


魔法陣の光は晶の下に集まりだした。初め光眩しく輝いていた光は次第に色が変わっていった。白色から明るい紫へ次第に七色に変わりながら暗い赤へ最後には暗い闇の光へと変わっていった。そう、「闇の光」である。そう表現するしかない。そんなものが晶の体を包もうとしていた。

「あ・・・ああ・・・やめて・・・」

晶は恐怖に襲われながら、必死で最後の言葉を出そうとする。しかし口ですらもううまく動かない。身体が心が闇に浸透していくような不思議な感覚に襲われ始めていた。男は様子を見守りながらその唇は怪しい笑みを示していた。「闇の光」は次第に晶の中に入っていった。そして、すべてが入りきった時。

「パキン!」

そういう、空気が割れたような音が部屋に響いた。それと同時に部屋に立ち込めていた闇が解け部屋は元の魔法の光源による薄暗い状態に戻っていた。

「どうなのだ?」

男は「実験」が成功したのか分からずそう口にしていた。贄となった女は魔法陣の中央で倒れたままである。魔方陣はすでに光を失っている。どうだったのであろうか?また失敗だったのか?まだ分からないでいた。

「我を呼ぶものは誰か。」

低い、それでいて聞いただけで恐怖を呼び起こしそうな声が響いてきた。部屋に居た捕らえられてる女性の幾人かはその声を聞いた途端、口から泡を吹いて倒れてしまった。それほどに「声」だけで力があるのだ。

「素晴らしい・・・。」

男は、その「力」を見てそう言った。そう、彼が望む力がやっと目の前に現れたのだ。しかし、再び声が聞こえた。

「我を呼ぶものは誰か。」

そう言われて男は答えて言った。

「私だ。私はカール=レオシュラーゼ。お前を呼び出した者。お前の「力」を欲する者だ。」

男はそう言った。言われた側は宿にしている女を起こしあげて立ち上がった。はたから見ればさっきの女性だが発する気配が人のものではすでに無かった。「それ」は言った。

「そうか、お前か。また、折角「休んで」いた所を邪魔されたという訳か。」

明らかに、「それ」は気分を害したように言った。男は構わずに言う。

「私と、呪文と贄による契約に基づき「力」を貸して欲しい。」

そう、男は、「それ」から「力」を欲しようとしていたのである。そしてその情報は手にした本から得たものであった。それを聞き、「それ」はため息をしつつ答えて言った。

「まだそんなものがあったか。「ラヴェル=シェント=グラウド」あの誤った書物がまだ残っていたとはな。」

男は言われた内容が理解できずに「それ」に向かって言った。

「契約を!私に「力」をくれ!。」

「それ」が目を開いた。その瞳は「闇」で渦巻いていた。そして、「それ」が語って言う。

「お前がどうしてそれを持っているかはどうでもいいことだが、それに書いてある事は不完全な情報なのだ。故に、私はお前に契約を結ぶ義理も無ければ、命令されるいわれも無い。」

無残に宣告されて男はやや呆然としつつ言った。

「な、ならば、契約は?「力」はもらえないのか・・・?」

「無理だな。」

「それ」は無残に宣告する。男は身を崩れつつ言った。

「そ、そんな・・・ではこの本の呪文はいったい・・・。」

「それは、我を強制的に呼び出すためのものだ。呼び出す「だけ」の方法が記されている。つまり、呼び出すことしか出来ていないのだ。」

つまり、一方的に呼び出すだけ、使役も契約も出来ないという、非常に危険極まりない方法だったわけである。そんな方法で「力」のあるものを強制的に呼び出せば・・・。そう、男は事態を理解した。腰を落とし床に這い蹲りながら必死にその場から逃れようとしていたがすでに身体がいうことを利かなくなっていた。

「わ、私は・・・。」

恐怖に震えながら男は後ずさる。しかし、「それ」は許さなかった。そして言った。

「休んでいた私を呼び出した罪。己の体に受けるが良い。」

そう宣告した。そう言われた時、男の体に「闇」がまとわりつき始めた。

「た、助けて・・・」

男は最期の嘆願をしたが「それ」は無残に眺めるのみであった。「それ」が呼び出した「闇」によって男は跡形も無く消えていった。


(しの)は「力」を感じる部屋の扉を思いっきり蹴破って入っていった。

「どうなってるのかしら?」

中に入って(しの)はまずそう言った。ほかの一行も次々と中に入る。中は静かだった。音としてはだが。しかし、見える光景はすさまじいものだった。さまざまな儀式をしたであろう痕跡がありありと見えた。また、部屋の端では意識を失い倒れている女性が数多く見えた。しかし、感じる力は部屋の中央にあった。

「女性?」

アーレフは「力」がそこから発していることに気づいてそう言った。志郎が気づいて言う。

「いかん、すでに遅かったか。」

そう言われて、全員が気づく。そう、女性の姿をしているが「中」に別のものが居るということを。そして、「それ」が口を開いた。

「ほう、これは素晴らしい。私ですら敵わぬ者が目の前に居るとは。」

「それ」は(しの)を見つつそう言った。言い換えれば(しの)の「力」を見抜いているわけである。(しの)が答えて言う。

「それから出て頂けないかしら?」

そう言われて、「それ」は、しばらく沈黙した後、答えて言った。

「御主に言われたのであれば、そうしてやりたいところだが生憎誤った仕方で無理やりにこの娘に入れ込まれていてな。私の力ではどうにもならぬのだ。」

つまり、自分の想定外の状況なのでどうにもならない、と言ってる訳である。(しの)はやれやれと両手を広げながら言った。

「つまり、あたしが何とかしないといけないわけね。」

(しの)がそう言ったのを聞いて「それ」が答える。

「その通り。私が頼むのは筋違いだが私も帰りたいが故に御願いする。」

「それ」はそうやって謙虚に述べた。(しの)はため息つつ言う。

「全く、人ってのはどうしてこう、無茶苦茶なんでしょうね。」

「全くだな。」

「それ」も同意して言った。(しの)は、全身を広げ、「力」を使い始める。彼女の身体が強い光に包まれ始めた。

「素晴らしい。これが初めて見る「神」の力か。」

「それ」は感嘆しつつ感想を述べた。(しの)の力が「それ」に入っていく。それにより、女性から次第に「それ」は離れていった。完全に「それ」が離れたとき女性は崩れ落ち倒れこむ。それを見てアーレフが女性を手早く支えた。(しの)は「それ」に身体を与えた。それにより「それ」は人の形をした存在へと姿を変えて立っていた。

「ほう、私に身体を与えてくれるとは。感謝するぞ。」

「それ」は(しの)に対して謝意を述べた。(しの)が答えて言う。

「別に、あなたの為にした訳じゃないわ。その方が分かり易いからよ。」

「ふむ、確かにな。」

「それ」は納得して言った。アーレフは女性のほうを介抱していた。

「さて、これからどうするのかしら、あなたは。」

(しの)はそう言って、今後のことを「それ」に聞いた。「それ」は答えて言う。

「出来れば、「向こう」に帰らせて欲しいのだがな。」

「自分で帰れるなら自由に行って構わないわよ。」

(しの)は「それ」の意見にそう答えた。

「そうか、では帰るとしよう。感謝する「力」の有る者よ。今は「休んで」いるが我の力を欲するときは遠慮なく呼ぶがいい。我の名はグラニデウス。覚えておいてくれ。」

そう「それ」は言って、自分の「力」でゲート(時空門)を開き始めた。(しの)が答えて言う。

「分かったわ。わざわざありがとう。あたしはあかなししのまた会いましょう。」

そして「それ」は「向こう」へと去っていった。

「やれやれ、だな。」

(しの)のやり取りを見て志郎がそう感想を述べた。そう、言葉も挿む余地が無かったのだ。巨大すぎる「力」の前で声を立てることすら出来なかったのである。そんな志郎を見て(しの)が微笑んでいた。

「そういえば、宿にされた女性は?」

(しの)がはたと気づいてアーレフのほうに目をやった。アーレフは、必死で魔法をかけていた。自分が知りうる限りの魔法を。しかし、彼女は何も反応が無い。

「私ではだめなんでしょうか・・・。」

アーレフは焦りつつそう言った。(しの)が近づいてアーレフに言う。

「あれを使ったらどうかな?」

(しの)はそう言ってアーレフの懐に指を差した。ラミュアがその意図に気づいて言う。

「神器。」

はたと気づき、アーレフは懐からそれを出した。

「輝いてる・・・。」

アーレフは驚きつつそう言った。そう、それは輝いていた。これから力を発揮しようとするように。(しの)が微笑みながら言った。

「今が使う機会なのよ。アーレフ、やってみて。」

(しの)にそう言われて、アーレフは軽くうなずき、それを手にして「祈り」はじめた。

辺りは静かに輝き始めた。「神器」を中心に。そして「力」が「神器」からあふれ始めそれが女性に静かに入り込み始めた。「力」が女性に入りつくすと輝きは次第に消えていった。

「これでいいんですかねぇ?」

ミルが言う。(しの)がそれに答えて言った。

「もう少し待てば分かるわ。」

そう、しばらくたつと女性は咳き込んで息を吹き返し始めた。それを見て皆が安心する。

「良かった・・・。」

アーレフはそう言った。数回咳き込んだ後女性は目を覚ました。

「あ、えっと・・・。」

状況が理解できずに晶はその場で自分を抱いている男性を見ていた。

「私はいったい・・・確か、儀式をされて・・・体に力が入り込んで気が変になって・・・それから・・・」

晶は自分がどうした今の状況にいるのか今までの経過を声に出しつつ考えていた。(しの)がそれに答えて言う。

「そしてあなたは気を失い。今気を取り戻してそこにいるって寸法よ。」

「そうなんですか・・・。」

すべては把握できないが(しの)の言葉で晶は納得したようで、そう答えて言った。

「ま、まずはそのお嬢さんに服でも着てもらったほうがいいかもしれないな。」

志郎がそう言う。はたと気づいて晶は自分に目を留める。そう、素っ裸であった。

「きゃぁぁぁぁぁ!」

そう言って、晶はうずくまった。

「な、なんで?!どうして~?!」

「まぁ、あれだけ巨大なものが入ったんだから無理も無いけど、分からないから無理も無いわよねぇ。」

(しの)がそう言った。ミルが、鞄から衣服を出しつつ言った。

「えっと、とりあえずこれでも着ておいてください~。ちょっとサイズは違うと思いますけど~。」

そう言ってミルは晶に衣服を渡した。(しの)は説明しながら言う。

「今回はアーレフのお手柄ね。」

「え?私ですか?」

「ええ、彼女はあなたのおかげで助かったようなものでしょ。」

(しの)はそう言った。アーレフは頭をかきながら言う。

「でもあれは「神器」のおかげで私の力というわけでは・・・。」

「道具は道具に過ぎないわ。それを使うもの次第よ。あなたはそれを使えた。それで十分じゃないかしら?」

(しの)がそう言う。志郎がフォローするように言った。

「まぁ、お前の助けてあげたいという心が一番大事だったって事だな。それが無ければ無理だっただろうよ。」

「心・・・。」

アーレフは言われたことをかみ締めながら繰り返していた。

「あの・・・」

晶は衣服をとりあえず着終わってすごすごと話しかけてきた。

「ああ、もう大丈夫かしら?」

(しの)が言う。それに晶が答えて言った。

「は、はい。どうもありがとうございます。こんな場所に連れ込まれてもう助からないかと思っていたところでしたので。」

確かにそうだろう。無力な女性なら尚更そう思うところだ。

「確かにそうですねぇ。」

ミルも賛同して言う。ラミュアも無言で頷く。志郎が言った。

「だが、諦めなかったから助かった、と言う訳だな。」

「そうね、諦めたらそこで終わりだからね。」

(しの)も賛同しつつ言った。皆も頷く。

「さて、どうするかしら?とりあえず全員も街に連れて行くとしても今後どうするか役人あたりに話をつけないといけない気もするけど。」

(しの)がそう言うとアーレフが答えて言った。

「それなら私が手続きをしましょう。幸いまだレミアルト王国内ですから私の権限である程度は自由が利きますしね。」

「じゃあ御願いするわ。役人たちが来るまであたしたちがここで彼女たちを世話しておくわ。」

「御願いします。」

アーレフはそう言って、足早に出て行った。


「本当にありがとうございました。」

晶は(しの)たちを前に深々と頭を下げた。

「当然のことをしただけよ。気にすることじゃないわ。」

(しの)はそう言った。志郎も言う。

「そうだな、困ってるから助けた。そう言うことさ。」

「ところで、晶さんでしたよね。これからどうなさるんですか?」

アーレフが当然といえることを聞いてきた。晶は答えて言う。

「実は何も当てが無いんです。この街に来る前に一緒に旅をしていた叔父夫婦は夜盗に殺されてしまったようで身近に頼れる知り合いもいませんし。ラミュソスには仕事を探してきたのですが今回の一件に巻き込まれてしまって・・・。」

女性一人だけでは仕事を見つけるのは難しい。あったとしても売春婦などいかがわしい仕事が多いのが世の常である。

「なるほどね。では晶、あなた旅の経験はあるのね?」

(しの)が聞いた。晶が答えて言う。

「あ、はい。東の皇の国から旅をしてきましたから旅生活は慣れています。」

「皇から?」

志郎が多少驚いたように言った。

「どうしたの?」

(しの)が聞く。志郎は答えて言った。

「皇はこの大陸を出てさらに東にいったところにある島国だ。この大陸に渡るのも結構大変なところなんだが良く来れたな。」

「あ、はい。叔父が旅商人で航海術に優れた人を多数知っていたので無事に来れました。」

「そうか・・・惜しい人を亡くしたな・・・。」

志郎は事情を知って残念そうに答えた。(しの)が言う。

「旅に慣れてるならしばらくあたしたちと行きましょうか。」

「それはいいですねぇ。」

ミルが早速賛同する。ラミュアも頷いた。アーレフもにこやかに言う。

「そうですね、こうして出会えたのも何かの縁です。どうでしょう。晶さんさえよろしければご一緒にいかがです?」

「まぁそうだな、裸も見た仲だしな。」

志郎がからかいながら言う。アーレフが、多少顔を赤くしながら答えた。

「な、志郎殿!私はそう言うつもりでは・・・」

「ま、いろいろあるかもしれないけれど、どうかな?あたしたちは来て欲しいと思ってるけど。」

(しの)が最後にまとめてそう言う。

「ありがとうございます・・・本当にありがとうございます。助けて頂いて更にこうやって私に構って頂けるなんて私は幸せ者です。」

晶はそう言い、泣き崩れた。

「あ、あら・・・まぁ無理も無いか。あんなことがあったんだしね。とりあえず、行くことが決まったし、アーレフ、頼みがあるんだけど。」

(しの)はそう言った。アーレフが答えて言う。

「あ、はい。何でしょうか。」

「あなたのつてを使ってあたしたちや晶のこの国の身分証発行させてもらってくれるかな。ほかの国に移動するときにあると便利だしね。」

(しの)はそう言った。得心しつつアーレフは答えた。

「なるほど。確かに。では、早速役所に手続きに行って来ます。」

アーレフはそう言って、役所に向かった。それを見送りながら(しの)が言う。

「さて、また楽しみが増えそうねぇ。」

「そうだな、いろいろまた面白くなりそうだ。」

志郎も同意してそう言った。ミルやラミュアも頷く。

風が一つ吹き去っていくのであった。

次回「心のトラウマ」。ラミュソスを抜けて街道を北上していた。そこで(しの)は人間の時代に持ってしまった過去の辛い記憶に触れてしまい・・・。次回もお楽しみに。

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[良い点] 最近見つけて読み始めました。素敵な話です。 ・主人公が自覚を持っている点 ・男キャラも魅力的な点 ・異世界の文化を否定しない点 ・独特な雰囲気 が気に入りました。現代の量産型テンプレ小…
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