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一人でトイレに行けないトイレの華子さん

作者: しいたけ

 格安。

 いや、ゲロ安の物件があった。


「1LDKのアパートが家賃五千円んんんん!?!?!?」


 思わず不動産屋で馬鹿でかい声を出してしまい、慌てて「すみません」と謝った。


「あまり大きな声では言えませんがね、平泉さん……出るんですよ、ココ」


 脂ぎった中年メタボリック症候群(シンドローム)の不動産屋が、そろーっと間取り図を指差してひそひそと話し出した。


「前の住人も発狂してしまいましてね……」


 やだなぁ、怖いなぁ……。出るってアレかなぁ。


「タヌキですか?」

「コレですよ」


 Mr.メタボが両手を胸の前で垂れ下げる。


「太った幽霊ですか?」

「太っているかどうかはわかりませんが、そんな感じです」


 流石に曰く付きの物件は、会社が近いとは言え住みたくは無い。出来れば御免被りたい。が、夢の一人暮らしであまり贅沢を言ってられないのが切実なる現実だ。


「他にありませんか? もうちょい狭くても良いんです」

「LDKだけとなると……此方なんかはどうです?」


 会社まで徒歩五分。陽当たり良好。家賃五万円。


「ハハハ、十倍もするじゃないですか。やだなぁハハハ」

「これが一番下になります」

「ハハハ」

「ふふふ」







「──今日からココに住むのか……」


 内見不可のお墨付きまである曰く付きアパート。俺は家賃の安さに負けて契約をしてしまった。


「カギワタス。ヘヤキレイダカラキニイル」


 アジアンビューティーなお姿をした大家からカギを貰い、ジメジメとした通路を奥へと進んでゆく。


「大家もなんだか片言だし、あれは母国語ナマステ語だよ絶対」


 しかし1階の角部屋で条件は悪くはない。写真で中を見た感じは汚くもなく清潔な感じだったが……さて。


 ──ギィィ


 ちと玄関の立て付けが悪いが油でも差しておけば良かろう。

 鍵も普通に閉まるし、今の所は全く大丈夫。


「壁紙変えたみたいだし、家具も新品に総取っ替えとか至れり尽くせりだな」


 ピカピカの床が目に入り、御満悦の笑みが零れる。


「幽霊だがポルターガイストだか知らんが見えなきゃ良いんだよ、ハハハ」

「あ、あのぅ……」

「やっべ電子レンジ新品だウハハ!」

「あの~」

「冷蔵庫にウエルカムフルーツ入ってるしココホテルかよ!」

「あ、あのーっ!」


 なんだよさっきから煩い奴が隣にいるなぁ…………え?


「うわぁぁぁぁ!!!! い、いつの間に!?!?!?!?」


 不意を突いて現れた黒髪の女に驚き、尻餅をついてしまう。

 か、カギは確かに閉めたぞ!? 何処から不法に侵入してきたんだ!? 床下か!? 屋根裏か!? 亜空間か!?


「ふぁっちゅ ゆあ ねぇむ!?」


 あまりの出来事に、通信教育で習ったネイティブ英会話(免許皆伝)が炸裂。


「あ、申し遅れました。わたくし、華子(はなこ)と申します。以後お見知りおきを。気軽に華子さんと読んで下さいね」

「これはこれは御丁寧に。沼矛(ぬぼこ)商事の平泉です」


 名刺を取り出しペコリと御辞儀。悲しきサラリーマンの性である。万が一御相手がお客様かと思うと、侵入先など気にもならないのだ。


「もしかして、新しい住人の方でしょうか?」

「ええ、まあ……そんな感じです」


 華子さんが目を輝かせて祈るように俺を見た。


「やった♪」

「なにか?」


 名刺を手に嬉しそうに飛び跳ねる華子さん。

 ああ、分かった。彼女はアレだな。


「道に迷った宅配業者の方ですか?」

「いえ、幽霊です」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

「お、落ち着いて下さい……!!」


 落ち着いてなどいられるか!!

 こんな鮮明露骨に『いらっしゃいまし!!』みたいなのがいきなり出るなんて聞いてないぞ!!


「俺は帰るぞ!!」

「今日からココがあなたの家ですよ!?」

「実家に帰らせてもらいます!!」


 が、ドアノブに手を掛けるも、何故か扉が開かない。なんてこった!!


「やりやがったな!? ここから出してくれ!! まだ死にたくない!!」

「帰る前に一つだけお願いを聞いて貰えませんか!?」

「嫌だ!!」

「聞いて貰えるまで扉は開きません」

「…………」


 にっっっっこりとした微笑みで、華子氏が俺を見る。

 いよいよもって俺は悪霊に殺されるのであろう。

 きっと遺書を書く暇も無さそうだ。


「あ、あの……一緒にトイレに行ってくれませんか?」

「……は?」


 なんだ? 俺の聞き間違いじゃなければ、まるで子どもみたいなお願いがなされたぞ?


「わたし、トイレの花子さんの遠い親戚なんですが」

「へ、へぇ……そうなんですね」


 生前の話だろうか?

 幽霊って死んでから繁殖とかするのか?


「怖くて一人でトイレに行けないんです……!!」

「…………」


 涙目の華子さんが、訴えるような目で俺を見る。

 ちょっと今更だが、華子さんは猫の絵がプリントされた大きめの半袖シャツ一枚しか着ておらず、下を履いているようには確認出来ない。脚は雲の細くたなびきたるみたいな感じで、くるぶし辺りから先は細くなりすぎて判らない。モロに幽霊やないかい……。


「あ、下はパンツ履いてます」

「見せんでいい見せんでいい」

「すみません……」


 それでもシャツにパンツスタイル……うん、まあ悪くはない。可愛い水色のレースのパンツもプラス評価だ。


「興奮しますか?」

「のーこめんと」


「分かりました。トイレに行ったら俺帰りますからね」

「はい。ありがとうございます」


 トイレのドアノブに手を掛ける。

 ゆっくりとドアを開けると、トイレの奥には新品の便器様が鎮座なされており、床も張り替えたのか新品その物で、まるで新築のような美しさだった。ジェンガみたいにココの部屋だけ入れ替えたのかと、声を大にして叫びたい清々しさだ。


「綺麗ですね」

「ああ、良かったぁ……! 前の人すっごい部屋汚くしてたから、トイレに行けなくてずっとクローゼットに居たんです」


 職場を追い出された的な意味だろうか。そう考えると少し可哀想だ。


「じゃ、俺帰りますね。その前にトイレ借りますね」

「──!?」


 ドアを閉めベルトを外し座ろうとしたところで急に便座の蓋が勢い良く閉まった。危うくケツを挟みそうになる程に。


「なんだぁ!?」

「わたしはトイレの華子さんです。つまりココはわたしの部屋そのものです。私の部屋でおしっこをしないで下さい……! 糞尿NGです!」


 そんなっ!!

 トイレでトイレ出来なかったら何の為のトイレなんだ!!


「もう漏れる……!! 頼むからトイレさせてくれ……!!」

「ダメでーす。外でして下さーい」


 急いで靴を履きドアを開けようとするも、何故かドアが開かない。


「開けてくれ! もうトイレに連れて行った筈だぞ!!」

「わたしはもう何もしてませんよ?」

「!?」


 何度もドアノブに力を込めるが、ドアノブはビクともしない。


「頼む! 開いてくれー!!」


「ユーレイデル ウワサヨクナイ オマエシバラクスメ」


 ナマステ大家か!!!!


「ケーヤクショ サンネンスマナイト イヤクキン」


 なにぃぃぃぃッッッッ!?!?!?!?


 ──三年未満の解約については、違約金300万円を頂戴致します。


「マジだ……隅っこにすんげぇちっちゃく書いてある!!」


 やられたっ!!

 あの不動産屋もグルだったか!!


「チクショー汚ぇぞ!! ケツで踏むルーペ使っても見えねぇ様な字で書きやがって!!」


 再びトイレへと駆け込み、便器を撫でていた華子さんを押しのける。


「新しいトイレ買ってあげるから使わせてくれ!!!!」

「えっ!? えっ!?」

「トイレお先に頂きます!!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」


 なんとか人間としての尊厳を保つことに成功した俺は、激昂した華子さんに呪殺される前に、リビングに新しい便器を置くこととなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 少女が用を足すところを見ながら寛げるリビング、ぷらいすれす。 ってゆーか、幽霊の排泄なら下水道につなぐ必要はないのでは?
[一言] トイレとは何かという哲学的命題に果敢に挑んだ問題作ですね。
[一言] 大家の部屋の前にオマルを置いて「いいか、よく聞け馬鹿野郎! ここをトイレとする!」と宣言すれば良い。 とか考えた俺はきっと鬼畜なのだと思います。
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