第一章9話 ボク3節 『ダメみたい』
一章9話予告編動画
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「(はぁ……この間のアレはなんだったんだろう……)」
トボトボと一人の少年が廊下を歩いている。
ハルキはこの後の展開に震え顔を青ざめさせながら、恒例となったフィルミとの待ち合わせに向かっていた。
アレを見た次の日、フィルミさんは普段と変わりのないような表情でボクに挨拶をしてくれた。
いつも通りに目が合えば、はにかんでくれる天使の笑顔にやはり少年の胸は高鳴っていたのだ。
「(どっちのフィルミさんが本当なんだろう……)」
日常の天使を見ると、あの時あったことは全て嘘でボクの妄想だったと錯覚してしまいたくなるような気分になってくる。
それが逃避であるとはもちろん自分が一番よくわかっている。
そんな不安に駆られながらも、目的の場所に20分も前に到着してしまうハルキだった。
フィルミさん……はぁ……ボクは……どうしたらいいんだ……
不安と戦っていると、あっという間に時間が過ぎ去り、そして運命の時はやってきたのだ。
「はい、今週のお金だよ。ねぇお金どのくらいたまってる?」
ハルキは直接の質問に踏み切れず、さして興味のない話をしてしまう。
ボクのヘタレめ。フィルミさんの真実を聞くんだろ? ガンバレよ。逃げちゃだめだろ。
「ぇえっとね。あと数週間分くらいかな? 本当にいつもありがとう、もうちょっとだよ!」
屈託のない笑顔に、その優しく朗らかな空気感に、ボクは飲まれそうになる。
ああ、このまま君の笑顔をずっと見守っていたい。例えあの夜の事が真実だったとしても。
『本当の自分になりたいよ』
何故かいつも思っているボク自身の声が、頭の中に響いた。
ボクは決心し、すでにひび割れた心を認識ながらもついに一線を踏み切った。
「ね、ねえフィルミさん……この間の夜、たまたま生徒会の人といる所、み、みちゃったんだけど」
ボクの口から出た言葉は、不安にあふれた震え声。限りなく動揺したそれだった。
彼女の答えを聞く前から頭が真っ白になっていく。
ぁあ、言ってしまった。何も、何も考えられない。
「あ、あのね生徒会副会長のコガミさんって人が、えっと。エセンタルの件を取り持ってくれてた……の」
ボクのその動揺がフィルミさんにも伝わったかのように、明らかな動揺と早口で返答が返ってくる。
言葉の意味がボクは……上手く理解できない、ただその感情が、フェルミさんの話し方が、こないだの夜は真実だったんだよと告げているように聞こえて。
ボクは、ボクは。少し泣き始めてしまった。
「すっごくいい人で……」
フィルミさんがボクの様子を見て察したのか、声のトーンを落とす。
この時頭では現実が理解できていたと思う、だけどボクの心が、ボクの魂が現実を拒否していて無意味で無価値な言葉をづつける。
「なんか……。親しげだったからさ」
ボクの涙はもう溢れていた。目の奥が痛くて痛くて、でも心はもっと痛くて。
わからない、ボクはこの後どうしたいんだろう。
こんなこと聞いて意味があったのかな? 後悔と疑念と、そしてちょっぴりの怒り。
ない交ぜにした感情は、静かに暴れだしていた。
「そんなこと……ッ、ないよ」
フィルミさんもどうしたらいいかわからないように、悲しい声で答えた。
息が、息が上手く、できない。なんで……だ。
苦しい。息を吸いたい。
「だってなんか……胸を……」
ボクはもう崖から身を投げたような気分だった。
全てが崩壊していく。ボクは、ハルキという存在は無価値でなんて無意味なんだろう。
死んでしまいたい。
死んでしまいたい。
ただその感情だけが胸を支配して、世界が闇に包まれていくのをぼうっとどこからか別の自分が見ていた。
「あっあのね。ハルキ君!」
****さんの*が触れた。
世界にかすかに光が灯る。
……今何が起こったんだろう?
泣きじゃくるボクは、自分の体に起こった事を理解できず、本当は理解できていたのだが思考が追い付かない。
意識と体、魂すべてがズレていて、それを。その事実をうまく。飲み込めない。
――キス。
そうだボクは今、フィルミさんからキスをされて。
え。キス? 初キスですか!
理解が追い付かない、なんでだ? ボクはフィルミさんが他の男と……いいやそんなことどうでもいい!
ボクは! 今! フィルミさんに! しかも向こうから? キスされたんだ……。
「わ、わたしハルキ君の事好きになっちゃったみたい、なの」
あ? え。理解が理解ができないよフィルミさん。
ボクはただ茫然と、声も上げず口を開け、フィルミさんの顔を見つめる。
「相談に乗ってバイトまでくれるし、やさしいし」
自身の涙が既に消えていることは、理解していたが、やはりそんなことはどうでもいい。
「この間、わたしのために決闘してくれて、その、わたしすごく嬉しかったの」
この流れはもしかして。いやそんな事ってあり得るのだろうか。
ボクだぞ、この泣き虫で何もできないボクが……?
「わたし、ハルキ君がいないとダメみたい」
二度目のフリーズ。
感情は全く動かず、現実が理解できず、ボクは何も反応できない。
ただ立ち尽くし、何か言おうと、唇をわなわなと震わせるだけだった。
「ハルキ君……?」
フィルミさんがボクの顔を覗き込むように、不安そうに声をかける。
「う、ん? ボクのことが好き? なの。フィルミさんが?」
口から出たのはなんとも仕様がない、ただの事実確認だった。
ボクは、いまだに現実が。心が付いて行ってない、んだよ。
「うん……あの、付き合ってください」
恥ずかしがるようにいつものように指を組み、目線をそらすフィルミさんが、いや。やっぱり彼女は天使なんだ。
そこに、現実に。天使はいた。
彼女はやっぱりボクの女神だったんだ……。
「え、あ……ぁ、あの……。」
頭が心がこんがらがって、動かない、もつれる。
バカな、ボクはこんなシチューエーション、であって、でも今ボクは答えないと。
「あ、あ、あのあの。うまく言えないんだけど……ボクは頼りないんだけど一生懸命頑張るから……さ。えっと、はい。ボクでよければ付き合ってください」
「やったー! ハルキ君大好き!」
――抱擁。
その言葉が終わるか終わらないか、彼女はボクを抱きしめた。
以前のように、やわらかい触感と鼻をくすぐる髪のいい匂い。
現実だ、これは現実なんだ。
「じゃあ引き続き頼りにしてるからね!」
時間間隔がまったくない、気が付くとボクはフィルミさんと離れていた。
フィルミさんはいつものように手を振りながら去っていく。
ボクは馬鹿みたいに半口をあけたまま、ぽかんとフリーズしていた。
しばらくして最初に気が付いたのは、喜び。そう喜びの感情だ。
そのあと理性が再起動し、さっき起こったことを脳内でトレースする。
「……ボクを好きって。フィルミさんが言って、そしてキスしたんだ! ボクが! フィルミさんと!?」
そうだ。付き合うって。そしてボクがいいって言ったんだ!
フィルミさんと、ボクはキスしたんだ! 付き合ってるんだ!!
「うお……。うおぉ……! うおおおおお!!」
ボクはかつてないほどの喜びに体を支配され、いつのまにか天井に向けて手を振り上げると、勝利の雄たけびを挙げていた。
気恥ずかしさなど一切ない、ただ純粋な歓喜の声。
ボクはその場でずっと、ただ意味もなく。
両掌を握りながら、唸り続けた。
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反応があると、とってもうれしーゴブ!
今日は鯖缶を食べたゴブ!