第一章4話 ボク2節 『かわいいくぁいい新兵ちゃん』
一章4話予告編動画
https://www.youtube.com/watch?v=MBCJM1at9hE
朝の木漏れ日が窓から部屋に差し込み、埃の粒を薄く照らす。
ハルキはクリスタル状のアーティファクトに手をかざし、魔力を込め始めた。
魔力が粒子となり、粒子が輝きとなってクリスタルに少しづつ蓄えられていく。
「ふぅ……」
軽度の筋肉トレーニングのような心地よい疲労感がハルキを包む。
これは毎朝のルーティン、睡眠時に回復した魔力。朝一番のそれを魔力が保存できるクリスタルに込め終わった。
「この魔力って何に使ってるんだろう、全生徒から毎日って相当の量になるよな」
まだ寝ぼけ頭のハルキはそんなことを考えながら、寮入り口に設置されている回収容器にクリスタルを投入する。
はぁ……今日も憂鬱な一日の始まりだ。
ハルキがとぼとぼと歩き出すと、すぐ寮を出てた所で声をかけられる。
「おはようハルキ君」
「え、ぁ。おはようございます。フィルミさん……」
まだ眠い意識の中、唐突に意中の彼女に声を掛けられる。ボクの心拍数が上がり、一気に覚醒していく。
いつもなら快活な彼女の顔は少し曇り気味で声のトーンも低い。
どうしたのだろう。というよりも、ここでボクを待っていた?
「ちょっと、相談したいことがあるの時間をもらえるかな?」
「う、うんボクでよければ……」
彼女の曇り顔なんて初めて見る。太陽のような彼女にはそんな表情は似合わないよ。
頼られたことによる期待感、この後の相談という不安感。
ボクは二律背反な感情に浮足立っていた。
「じゃあちょっと話しにくい内容だから、人のいないところで」
「……」
短い移動中に沈黙が流れる。
可能な限り助けてあげたいな。ボクに何ができるだろうか。
「……実はね」
胸の前で指の腹を合わせ、彼女は気まずそうな面持ちで話し始めた。
曰く、フィルミが高級アーティファクトを壊した犯人にされてしまったというのだ。
「このままだとわたし、犯人ってことで退学になっちゃうの」
辛そうにしていた彼女の瞳には涙がにじんでいた。
ボクは女性しかも意中の女の子であるフィルミさんのその感情を、どう受け止めていいかわからなかった。
「なんでボクに……そんな相談を?」
ああボクの悪いところだ、折角頼ってくれたのにその可否ではなく、まずはなぜこんなボクを頼ってくくれたかの確認をしている。
じわりと自己嫌悪を感じる、なんでこんな時にボクはボクの価値を知りたがっているんだ。
「だってこんなこと他の人に言えないよ。女の子の友達にしゃべったら黒い噂が立っちゃう……。ハルキ君っていつも皆に気を使っているよね。わたし、そういうの見てたから尊敬していたんだよ」
その言葉によって、一瞬でボクは胸をすくような感覚に支配される。
ボクの頑張りを見てくれている人がいたんだ!
目の奥に熱い物がにじんでゆく。
気分は高揚し、ボクは生まれて初めてかもしれない自己肯定感により舞い上がっていく。
困っているのはフィルミさんなのに、なんでボクは勝手に救われているんだ……。
「で、でもボクは全然何もできなくて」
勝手に口から出たのは、いつもの自分を卑下する謙遜だった。
はぁ……ボクは一体なにを言っているんだ……。
「あのね、頑張って新しいアーティファクトを買い戻そうとしているの」
アーティファクトとは魔力を運用するのに適した素材を加工した魔法具の事。
雀の涙程度の効能から、一つの術式そのものが刻まれた高性能かつ高級なものまで存在する。
料理における調理器具や、絵を描く時の画材に相当する。
「わたしもバイトするから。絶対に卒業までにはお金返すから手伝ってください!」
フィルミさんが誠実に顔を下げる。
「え。ぁ、あ。ボクもバイトするって……こと?」
「お願いだよ、ハルキ君……」
涙むぐ彼女の顔が近づき手を握られた。
彼女とふれあい、彼女の体温を感じる。
ああ、困り顔もなんてかわいいんだフィルミさん……。
「う、うんなんとか頑張ってみるよ……」
「やった! ありがとうハルキ君!」
彼女の屈託のない笑顔を見て、ボクは強烈にやる気を感じた。
頼られたんだ、あのフィルミさんに。ボクが。
ボクを見てたって言ってくれたんだ。うお、うおおおうやるぞ!
◇◆◇◆◇◆◇
「といったものの……どうしようかな」
放課後ボクは某作業室の部屋の前に一人佇んでいた。
フィルミさんに紹介してもらったバイトはボクも人づてに聞いた事のあるものだ。
『一日15分から』『高収入』『初心者歓迎』『誰でも簡単』『一瞬で稼げる』
などというあからさまに怪しい触れ込みで、仕事内容は最新アーティファクトである銃の弾丸製造ということだ。
「ここは確か……すごい離脱者が多いバイトじゃん……」
内実としては弾丸に魔力を込める作業らしいが、朝にやっているようなざっくばらんに魔力を込めればいいものではない。
実用兵器としての性能を引き出すため、魔力の高度制御技術が必要とされている。
手段そのものは特殊ではないのだが、つまるところコントロールに集中力を使う。らしい。
「きついって噂だけど……でもボクのできる範囲で募集要項を満たしていて、稼ぎがいいのはここだけだしなあ。いけるのかな……」
恐る恐るドアノブに手をかけて、思い切って扉を開くと……
ズガガガッガ!! ドゴゴゴゴゴッ!! ギボオオボボオウ! ガガッガオォォン!
――圧。
部屋の中から爆音と怒号が聞こえ始める。
圧倒的な圧にボクは目を白黒させた。
扉を開けると――そこは戦場でした。
「おいぃ! 今日のノルマはあと3000発だからな! 時間ないぞ! おいお前なにやってんだ、こんなんじゃ使い物になんねーぞ! 最初からやり直し! ちょっとまてこれはまだやらなくていいんだよ! まずはこっちの箱からって言ってるだろうが! 殺されてぇのか!? まてまてまて、なんだこの不揃いな薬莢はふざけンな、廃品じゃねーか! お前の給料から天引きするからな! ン……おう新人か、こっちゃこいや」
中では全員が汗だくになり、馬車馬のように働いている。
まさに鉄火場、まさに戦場。労働の真骨頂ここにあり。
プライドを捨て去り、安寧と底辺を這いずってきたハルキにはこの世の地獄そのものに見えた。
「ぁ! あ! あのあの、やっぱりごめんなさい!!」
即時撤退の判断をしたハルキの選択は決して間違いではなかった……のだが。
衝撃。
閉じようとしたトビラ向こうから足を差し込まれる。
「ぉお……おおぉおう。かわいいくぁいい新兵ちゃんじゃあねえかぁ……」
先ほど目まぐるしくまくし立て叫びまくっていた女性が、ドアの隙間からヌッと顔を覗かせる。
表情こそは笑顔そのものだが、その相貌は明らかに常人のそれではなく目の奥にはどす黒い何かを感じた。
ハルキが小説で読んだ悪魔という存在を想像してしまったのも無理はない。
「ひぇぁ……ぁ、ぁのボク、ぼ、ボクは……ああぁぁ……」
あまりの異質さ、恐怖感に苛まれ。ただ縮こまるハルキにはまともに言を発する事もできなかった。
「よぉ、おめぇよぉ……ここにきて扉を開けたなぁ? 手には案内紙、つーことはよぉおめえはよお。バイトの新人ってことだよなぁッ?」
悪魔の口から煙がドライアイスのように漏れ出す。煙草のような趣向品を咥えたまま、彼女は恐怖の笑みで顔を近づけてくる。
「ひはっ……ひはっ……ぇ、ぇぇぁ……」
ハルキは自らに襲い掛かった想像を超える恐怖感、そしてそれがこの後現実に起こるであろうという確信を得る。
無垢な新兵は今や激しく恐怖に震え、汗と涙と鼻水をただ流しながら短く息を吐くしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇
案の定ハルキはあの後こってり絞られた。
通常の魔力行使ですら不得意なハルキが、精密さや速さを求められる戦場で生き残るにはあまりにも脆弱すぎた。
あの悪魔から死亡判定を26回も食らっていがそれは当然の帰結である。
「(……だめだ辛すぎる、もうやめよう。ボクには無理だ)」
魂が抜けて真っ白になったハルキの精神は焦土と化していた。
草木は燃え上がり、大地は枯れ果て、建物は全てが崩壊している。
「あのボクやっぱ、悪いんだけど……」
「え? だめ? このままだと退学になっちゃうんだよ。お願い……」
そんな焼野原も天使の涙により一瞬にして豊穣肥沃の大地へと再生する。
至上の喜びにより、体が震え世界が再生していく。
「あ、え……もうちょっと頑張ってみるよ……」
「やったー! ハルキ君大好き!」
そのイノセントかつ豊満な体で抱き着かれ、少年は舞い上がる。
胸部との密着を体に受け、彼女の髪の匂いに包まれたハルキは人生の絶頂へと飛び立ったのだ。
「えへ、えへへへへ」
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反応があると、とってもうれしーゴブ!