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第一章2話  オレ1節 『脱げ』

一章2話予告編動画

https://www.youtube.com/watch?v=EPHbqOErbfQ

 深夜の学園廊下を二つの影が静かに走り抜ける。


「何よ、何なの。一体なんなのよ……!」


 内一人、その女生徒は内心動揺や怒りともつかぬ感情に支配されていた。


 ――人生初キス。


 十代半ばの少女にとってそのきらびやかな幻想は、5分前に思わぬ形となって打ち砕かれた。

 なぜこうなったのか、どうして私はこの男と一緒にいるのか。

 いまだ混乱気味の少女の思考が、吐く息と共に整えられていく。

 スマートに均整のとれた四肢、色白い肌に情熱と意思を灯したつり目、少女ながらも気品に溢れた風貌である。

 彼女の腰まで届く、長く美しい髪が小気味よく弾む。

 少女キリエは自身の行動理由、その内に秘めた願望を深く思い出す。


「(そうよ。私はいなくなった友達のために、不法侵入してでも今ここにいる)」


 ――親友の不可解な退学。

 キリエの心身はその疑念によって突き動かされていた。

 親友は決して不徳を働くような人物ではない。

 その彼女が前置きもなく退学になり姿を消した、その事実をキリエはまだ咀嚼できていなかった。

 それを嘘だと確かめたくて、このような強行に走ったのかもしれない。

 なのに、それなのにそのセンチメンタルに土足で相乗りしてきたこの男。

 確かC組の――。

 時間は数分前に遡る。






 時間は夜の1時を過ぎた頃だったか。

 覆面を被ったオレは周囲を確認する。遠目に街灯が見える暗闇の中、虫の音だけが静かに聞こえてくる。

 これから侵入するのは学園資料室だ。日々の出来事や、事件について記載された資料がある部屋。

 勿論通常は一般生徒は入れない。

 オレはとある目的のためここまでやってきたのだが……。

 資料室がある棟の横手につけた際に、何故か既に先客がいたのだった。


「ちょっとあなた……! ここで何やってるの……!?」


 その女子生徒もオレ同様に覆面を被り、コソコソしながら話しかけてくる。

 どうやらご同業のようだった。

 まったく、よりによってとはこの事だ。

 何故こんな状況で出会ってしまったのだ。


「この付近、夜間は立ち入り禁止よ。見つかったら大減点なのに……!」


 制服を見た限り女生徒はオレと同じ一年のようだ。

 オレは冷静に返答する。


「それは、お互い様だろう」


 まさかの夜盗二人のニアミスだ。女生徒はあきらかに動揺した様子でうろたえている。

 それはそうか、普通は驚くんだな。

 さてどうしたものかと、その女子生徒をオレが観察していると


「おい、そこに誰かいるのか?」


 さらに運悪くオレ達の話し声に気が付いたのか、近くを通りかかった見回りの風紀委員に捕捉されてしまったようだ。

 ゆっくりとこちらを訝しがるように近づいてくる。

 ――どうする。

 オレは素早く思案し、そして計画を立てた。

 女子生徒に改めて詰め寄るとオレは告げる。


「脱げ」


「は、はぁ? あなた何を言って……?」


 その女子生徒はオレの言っていることが理解できなかったようだ。

 オレは自身の覆面を外しながら冷静に短く話す。


「変装を脱げ」


 覆面を脱いだその少年の身長は170センチ半ばといったところだろうか。

 少し痩せ気味で首が長い、闇に溶け込むような黒髪は男子生徒にしては少し長めで、真っ赤な瞳が前髪の後ろから覗いている。

 一般的に美少年と言って差し支えないような顔立ちだった。


「なんで? わざわざ変装を解くの!?」


 女子生徒は意味が理解できないようで戸惑っている。

 ここで慌てて脱走されてもそれはそれで、目くらましにはなるが……。


「いいから覆面を脱ぐんだ。オレに考えがある」


 女子生徒の覆面に手をかけ、半ば無理やり覆面を脱がせるとオレは彼女を建物の壁に押し付けた。


「……」


 二人の視線と吐息が近距離で交差する。

 いわゆる壁ドン、つまりよくあるカップルのフリをするというわけだ。


「なに……? このベタなヤツ……!」


 女生徒ことキリエは、展開の速さと状況の不信感、そして未来への不安によって感情を爆破させていた。


「(近い! 近い! なによこの状況。訳が、訳が分からない……この男は何者なの? ていうか近い! ああ風紀委員が近づいてくる。 この男、手に包帯を巻いている。ケガ? 中二病? ていうかいつまでこのままなの。顔は意外に悪くないわね……。というかなんでもいいから早く終われぇえええ)」


 経験したことのない恥ずかしさに、キリエは暗闇でもわかるくらい耳を真っ赤に染めていた。

 風紀委員が数メートル先までに近づき、手に持った明かり――魔力を使ったそれでこちらを照らす。


「そこにいるのは誰だ?」


 壁沿いで密着する二人の影が、光により浮かび上がる。

 これは気まずい、深夜の逢瀬に水をを差してしまった状況だ。


「おっとっとっと、これは失礼。人の恋路を邪魔する奴はなんとかに蹴られて……って言うしな。わりぃ邪魔したな」


 そう告げると以外にも、風紀委員の男は踵を返す。


「(ほっ)」


 案外、世の中って簡単なのかもしれない。

 まさかこんな手が通用するとは思ってもいなかったキリエの安堵は、一瞬にして打ち消された。


「とはならねぇよなぁ! なんにせよ点数稼ぎにさせてもらうぜ!」


 風紀委員はノリのよく振り返り、叫びながら束縛魔法を唱える。

 その様子を見たオレは予想通りの展開に内心ほくそ笑んだ。


「束縛術式起動ォ!」


 風紀委員の腕に魔法陣が展開され、そこに魔力が集中していくのがわかる。

 魔力は徐々に形を帯びていく。


『縛り上げ拘束せよ。』

『我が束縛の紐よ。』


「(第二階位の拘束魔法! これならなんとか……!)」


 キリエが呪文から内容を把握し、直後の展開へ対応しようとした瞬間。


「待て」


 壁に私を押し付けていた男が、そのままの形を維持しようとキリエを押さえつける。

 つまりそれは、そのまま拘束されるという事で――。


「はっはー! まさにお縄頂戴ってところか」


 周囲に現れた魔法の紐によって二人はぐるぐるに拘束されてしまう。

 密着してていた二人の距離がさらに縮まる。


「バカ!! あなた何しているの! こんな簡単に捕まっちゃったじゃないの!!」


 キリエはあまりにもひどい失態に、声を上げざるを得なかった。

 怒りと恥辱により、燃え上がるような感情に心が支配されている。


 「(この男は一体さっきからなんなの? もしかして風紀委員のマッチポンプ? だったら最初から捕まえればいいじゃない。というか私明日からどうなるんだろう。 ってかまた近い! ふざけないでよ私はこんなところで――)」


 「え?」


 キリエの逡巡は対面の男のある行為により完全に停止した。

 怒髪天な彼女の瞳を男が真剣に覗き込み、そしてそのまま接吻したのだった。


「な、ななな、なに……を……」


 時間にして1~2秒。その短い時間により、キリエの今までの怒りや迷い、不安や動揺といったものが全て塗りつぶされる。

 そのピュアで清純な女生徒は完全にフリーズするしかなかった。


「さて、暗がりじゃ顔もよく見えねぇ! 改めさせてもらおうかぁ!」


 声を上げた風紀委員が、何故かあさっての植木に対して拘束魔法を掛けており、そのまま歩み寄っていく。

 二人にかけられた魔法が、まるで無かったことになっているかのようである。


 ――いや、最初から二人は拘束魔法をかけられていなかったのだ。


 状況に次ぐ状況、キリエは理解が追い付かず呆然としていた。


「何故? 今さっきまで私たちは拘束されていたはず。なのになんともない。そして風紀委員は植木を私たちだと思っている?」


 傍らにいた男がいつのまにか風紀委員の背後に近づき、魔力を込めた腕で後頭部を殴りつけた。


「うまほーすッ!」

 

 殴られた風紀委員は近くまで歩み寄られても気が付かなかったようで、最後はよくわからない断末魔を上げて芝生の上に気絶した。


「危なかったな」


 男は相変わらず平然とした様子でこちらを振り返る。


「あ、あなた何しているのよ!」

 

 その様子を見て思い出したかのように、止まったキリエの時間が動き出した。

 先ほどのキスが、私の初めてがフラッシュバックする。


「なにって、倒しただろ」


「そういうことじゃない! いきなりきっ、きっ、きっ、乙女に接吻するとか、常識無いのあなた!?」


 その華奢な体を精一杯誇示するかのように胸を張りながら指を刺し、男に怒鳴り散らかす。

 耳が激しく燃えている。キリエはここに来て先ほどの恥辱が再点火して膨れ上がっているのを感じた。


「認識阻害魔法を即時解除するには、効率よく魔力を流せる粘膜接触が望ましかったんだ」


 さも当然といった男の講釈に、キリエは毒気を抜かれてしまう。

 淡々として冷静なしゃべり口には、恥ずかしさの感情は微塵にも感じなかった。

 なんでこいつだけこんなに冷静なのよ、ずるい。

 私がばかみたいじゃない。


「……で、あなた何者なの?」


 キリエは切り替え、不承不承と言った様子で質問をした。


「一年C組のジンクだ、時間がない行くぞ」


 男が何事もなかったように先導して走り出す。


「そういうことじゃない。って勝手に話を終わらすなぁ!」


 キリエは目まぐるしい状況にうろたえながらも、男ついていくしかなかった。


「って言うか、行くぞって何様よ」


「お前もここに潜入しにきたんじゃのか?」


「まぁそうデスケド……」

 

 唇を尖らせてキリエは呻く。

 不承不承女一名、飄々男一名。計二名はついに目的の校舎に侵入を果たした。再度二人は覆面を被り、慎重に廊下を進んでいく。

 夜の校舎はひんやりとした空気、無人と静寂のホラー感に包まれている。


 キリエの目的はあくまで資料の閲覧だ。

 特別貴重品などを盗んだり、何かを壊すという目的でもない。

 基本的には無茶さえしなければ誰にも迷惑はかけないはずだったのに、計画はあらぬ方向へと傾いていた。


 ――この男、ジンクによって。


 脇をちらりとみたキリエは息を大きく吐き、状況を整理する。


「……で、さっきの魔法何よ。まさか異能力?」


「いや、自分に魔法がかけられたら、認識阻害魔法を発動するようにしていたんだよ」


常時発動型(オート)? 認識阻害魔法ってそんな簡単にかけられないし、しかもそれをカウンターで発動って制御として超高度だし、常時魔力消費してるってことじゃない。とても一年生の生徒が、いや3年生でもそうできる人はいないわ」


 キリエは予想外の答えに目を丸くする。


「さっきの場合は、相手のレベルも低いし油断しまくってた。やってやれないこともない」


 さらりと風紀委員に対してレベルの低い相手認定したことが引っ掛かったが、それよりも阻害魔法について知る方がキリエの興味を上回った。


「じゃあ高等制御は?」


「制御についてはただの技術だよ。昔から訓練してたんだ、家庭の事情でね」


 何よそれって結局実力って事? アーティファクト使ってますとか異能力とかそっちの方がまだ信用できるわよ。

 キリエはその不平等な現実に、嫉妬を感じざるを得なかった。


「ふぅん。何はともあれ礼は言わないわよ。お互い様なんだから」


 キリエは拗ねるような返答をした後に、思考を切り替える。

 ここから先は本丸だ、余計なことを考えるべきではない。

 親友退学の謎を明らかにするのだ。


「ここね」


 ついに二人は目的の資料室へたどり着く。

 扉には簡単な施錠がされていたが、簡単相応に魔法で破壊することができた。


「先に探しててくれ。オレは念には念を入れておく」


 ジンクは部屋の入口でゴソゴソと何かをやっている。

 どうせまた良からぬことを企んでいるに違いない。


 部屋の中はイメージ通りの資料室で、全域に棚が並び項目ごとに資料が陳列されていた。

 ここには学園の累積情報、多種多様な記録が保存されている。

 あくまで記録が残されているだけであり、本当の秘密や重要な情報などはないのであろう。

 そう薄々は分かっていたキリエだが、結局自身がアプローチできるものから進めていくしかないのだ。

 なにはともあれ、この資料を漁る事にした。


「まあいいわ、時間が惜しい。今は今だけは目的が最優先……。ってどこなのよ。資料が多すぎて目的のものが……」


 想像以上に多い資料の詮索に時間がかかってしまう。

 カチコチという時計の針の音が部屋に響き渡っていった。


「あ、よかったあった、これよ。……で、あなたは何しにここに来たの?」


 キリエは目的の物を見つけた安堵感からか、ジンクに話しかける。

 男も男で目的があってここにやってきたはずだ。

 ジンクが見ていたもの


「それは……」


 その言葉は突如やってきた騒音によって途切れた。



読んでくれてありがとうゴブ!

よければ【ブックマークに追加】や下の【★★★★★】で応援してくださいゴブ!


ハルキとジンクのの戦いはこれからだゴブ!

毎日更新を目指して頑張っていきますゴブ~。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ジンクとキリエの深夜ルールを破って動く緊迫感が面白く、ファーストキスを何か多分、本人にとっては釈然としない理由で奪われると。読んでいて楽しかったです。恥じらうキリエは可愛らしいし、ジンク君…
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