第一章19話 オレ4節 『義務感』
一章19話予告編動画
https://youtu.be/sdB9l5S17FM
「……救世主だと?」
ルゥガが面食らったように声を上げる。
「どういう、意味かしら?」
キリエが不信感を露にし、席から立ち上がった。
その長く綺麗な黒髪が揺れる。
美丈夫ことテリオスは選挙戦における有力候補の一人だ。
先日キリエが枠を貰いに行った際にべもなく押し返された後、その取り巻きに貶されていた。
オレはその時怒り狂った彼女の様を思い出し。
この後同じことが起きないように密かに備える。
「単刀直入に行かせてもらおう、私と共闘しないか」
テリオスの言葉には迷いなく、その端正な顔つきとそれを裏押しする自信に満ちた声は、一種のカリスマを感じさせるものだった。
なるほど、信者が最も多いと言われる派閥を率いているだけはある。
「ほーぅ……。願ったりかなったり、不思議だったり」
ルゥガは値踏みをするように顎を親指で摩る。
「でもいいのかお前? 俺達三人だぞ」
当然の疑問である。我々ルゥガ陣営は総勢三人。
対してテリオス陣営は二十人からと聞いている。
数の上では圧倒しており、この共闘は正直あちら側のメリットが感じられない。
「確かに、人手という意味では事足りている。しかし君達にしかない優位性というものがあるのさ」
再びテリオスは前髪を払う。
そのしぐさはナルシストというよりも、一種の完成されたポーズのように感じる。
一切嫌味がなく、素直に美しいと思えるような所作だった。
見る人が見れば虜になってしまうのも想像がつく。
「聞かせてもらおうじゃねーの」
ルゥガは未だ油断ならないといった様子で腕を組み、あくまで上手に話を進める。
「二つだ」
テリオスが二本指を立てる。
「一つ、私達にも生徒会の妨害が及んでいる。間違いなく公開演説の時に邪魔が入るだろう。その時に合法的に自衛する手段が欲しい。ルゥガ、君が再び風紀委員長になる運びになったと聞いたよ。当日我々を風紀委員の名目で会場警備させてほしいのだ」
彼の言葉の節々には意思、というよりも責任のような物を感じる。
例えばそう、絶対にやらなくてはいけない義務といったようなものだ。
「生徒会は、他の陣営にも妨害をしていたのね……」
キリエが顔をしかめる。
やはりキリエは不正や不合理というものに対する義憤を強く持つようで、当事者ではないこの事実までに怒りを感じているのがその証拠だ。
「ほぉー耳が早いじゃねーか」
ルゥガは関心した様子で顎をしゃくる。
目をつぶりそれに返すように、テリオスは掌を開くと返答した。
「これでも私には多く仲間がいるのでね、生徒会の情報はある程度入ってくるのさ」
オレはテリオスの目的を理解した。
なるほどこちらは合法的に自衛する権利を、あちらは人手を提供するということか。
悪くない所かこれは渡りに船というやつである。
都合がよすぎて、これこそが罠なのではないかと疑ってしまうくらいだ。
「ふぅーん、信じられねぇなぁ?」
ルゥガは椅子の上で足を組み、疑うように嫌味たらしく返事をする。
「待ってよ、この提案断る理由がないじゃないの」
「出たな得意の待たせたがり娘が。いいか俺達は政敵同士だ、確かに俺達には人手が足りない、提案も喉から手が出るくらいありがたい。でもな? 別に邪魔を防ぐなんててめぇで勝手にやればいいだろ。なんで態々切符を取りたがる?」
ルゥガの疑問はもっともであった。
勿論そういう勝手をして、生徒会に弱みを掴まれるというリスクはある。
だが政敵に対してこのような協力関係を結ぶということが既に大きなリスクなのであって、わざわざするかと言われれば甚だ疑問が残る。
「そうだな……しいて言うなら義務感、だろうな。私は今の生徒会に対する不信感を強く持っている。現会長のやり方は私の美学に反するのだ。実力で相手に勝つならまだしも、姑息な手段で相手の足を引っ張る。そんな事は断じて許されない、それは全ての生徒に対する背徳行為だ。学校政治を司る者のやる事ではない」
テリオスは唇に指を当て少しの間自己省察した後、よどみなく答えた。
「へ、面通りの几帳面なやろーだぜ。お前の理屈はわかった。でもなそれだけじゃ納得でねぇな? 本当は何か目的があるんじゃねーのか?」
ルゥガの猜疑心は深く、今の話を聞いてもテリオスに気を許すつもりはなさそうだ。
正直同感ではある、初めて会った敵の言葉だけで信じるというのは危険と言わざるを得ない。
「ちょっと、今ので納得しなさいよ。流石に失礼でしょルゥガ先輩」
「君ね、どっちの味方なんですかぁ?」
怒るキリエと呆れるルゥガ。
まずいな、思わぬところで亀裂が深まっていく。
「構わないよ。まったく君ならそう言うと思ったよ。では条件として渡そうじゃないか、私の選挙活動枠の残り全てを」
テリオスは、キリエを制止しつつも大きく出た。
「おいおい、お前自分の言ってることが分かってるのか?」
ルゥガは驚いたように目を見開いている。
オレも同様にその言葉を疑う。
残り全てだと……何かのブラフなのか?
「勿論だとも、私のマニフェストは思想が強い分固定票が多いからね。正直これ以上活動しても成果は横ばいだろう。だったらいっそ、それで安心を買うのも悪くない」
テリオス陣営の実情はわからないが、少なくとも残った枠を政敵。しかも伸びている相手に渡すのだ。
選挙活動も終盤とはいえ、それを丸ごと相手に渡すというのは塩を送る所の話ではない。
「……それで勝つもりか、お前」
「無論」
テリオスの言動には迷いがない。
毅然とした態度で終始受け答えしている。
その返答を聞き、ルゥガは真剣な顔をすると初めてテリオスをしっかり見据えた。
「………で、もう一つの理由ってやつは? 先にそっちを聞かせろよ」
「君が以前の風紀委員長の降格の件で不当に裏切られたという事を知らなかった。過去の無礼な発言をしたことに対する非礼を詫びたい。すまなかった」
テリオスは真っすぐにルゥガを見つめ、腰を折る。
どうやら先ほどの生徒会の情報云々の話は本当のようだ。
「……半分でいい」
しばらく沈黙した後、ルゥガは少し拗ねたように、不承不承といった様子で絞り出すように答えた。
「半分とは、先ほどの枠の話かな?」
「それ以外ねーだろ。なんだよお前、きめーじゃねーか。謝るんじゃねぇ痒いんだっつーの。お前と俺の目的が一致してる、だから協力する、それでいいじゃねえか。なぁお前ら」
その白さに充てられたのか、ルゥガは身もだえている。
たしかにルゥガの人間的な部分。つまり生き汚い所はテリオスと正反対といっていい。
まさに清廉潔白。キリエもその気が強いが、それよりもさらに白い強迫観念じみた物をオレはテリオスの中に見た。
だがそのスジの一本通った所はルゥガの気質にどこか似たような物があり、それをルゥガ自身も感じ取ったのであろう。
全枠の譲渡、それを条件として言い出したのであれば疑う余地はないか。
「勿論、協力は是非お願いしたいわ」
「異論はない」
最早オレにも反対する理由はなかった。
オレは感謝を述べる美丈夫を改めて見る。
確かに言っている事に嘘偽りはないのだろう。
だが結局は自分が正しい側でいたいという潔白のため、エゴイスティックに行動しているように思えた。
逆に言えば、この男はそういった潔癖の中にしか自分を置けないのだろう。
強固な自分を持つがゆえに生き方を曲げれれない、か。
オレはまた人間の不合理さを感じていた。
………
……
…
その後、オレ達は当日の計画について話し合った。
「これで当日の会場の警備はなんとかいけるか?」
「十分だろうね」
協議の結果、当日の割り振りを決めた。
二陣営の警備は勿論の事、全行程に対しての警備体制は完全な布陣だ。
こちらはそれ自体が責任問題になるのに対して、テリオス陣営は手を抜いても特にリスクはない。
しかし先ほどの言に偽りはないようで、しっかりと警備しきる腹積もりのようだった。
「っけ」
その割に合わない清廉さがルゥガは鼻についたようだ。
全体の人数を見ると必要以上に配置されているが、それは現風紀委員も込みである。
生徒会の息のかかった彼らは、結局は肝心なところで使い物にならないだろう。
「さて、これで要件は済んだ。他に何かあるかな?」
テリオスが優雅さを崩さず微笑みながら問いかける。
「ふん、ねぇよ」
ルゥガが機嫌悪そうにそっぽを向く。
やはりこの男とルゥガは政敵以前に相性が悪そうだ。
といってもルゥガ側が一方的に苦手意識を持っているだけのようだが。
「さて、公開演説までという短い間だが我々は同盟関係と言っても差し支えない。よろしく頼むよ」
テリオスは握手のための手を伸ばす。
パチッ。
それを叩くように返すルゥガ。
「あいあい、よろしくおねがいしますよ~」
まったく不遜の極みである。
相手が相手なら今回の話がご破算になってもいいような態度にキリエは怒り出す。
「ちょっとルゥガ先輩、それはあんまりでしょう」
キリエは今回のやり取りでテリオスに対しずいぶんと好感度を上げたようで、如実にテリオスを尊敬しているようだった。
「かまわないよ、キリエさん。まったく彼らしいじゃないか」
苦笑しながらそう言うと、迷いなくキリエにも腕を差し出す。
「すみません、よろしくお願いしますね」
キリエは申し訳そうになく握手をする。
似たもの同士だ、もし今回のような出会いがなければキリエはいずれテリオスに投票していただろう。
場合によっては、テリオス陣営となり敵対していた未来もあったかもしれない。
だが今回はそうならなかった。
「君も、よろしく頼むよ」
オレにも同じように手を差し伸べてくる。
この公平さこそが彼の人気の秘訣なのか、彼のカリスマ性の高さを感じずにはいられなかった。
「……よろしくお願いします」
オレは握り返し、少し探る。
やはりと言えば何だが、この男一切油断はしていない。
しっかりと体表に魔法用の防壁を張っており、オレの阻害魔法は効きそうにはなかった。
オレ達は目線を使って無言でやり取りをする。
数秒後、どちらからともなく手を離した。
「ふっ、君も頼もしそうで何より」
意味深な言葉と共に微笑む。
この男やはり有力候補者だけあって油断できない。
オレは協力者としてのテリオスではなく、倒すべき仮想敵としてこの男を強く認識したのであった。
その日はテリオスと別れ、解散となった。
………
……
…
次の日オレ達は相も変わらず学食に集まっていた。
結局のところ大きい問題はまだ何も解決していない。
「当日の警備については、テリオス陣営というカードで解決したがあと二つどうする?」
オレは二人に意見を求めた。
「素行評価によるペナルティについては結局時間が取られるだけだ。根性で補うしかねーだろうな。問題は――」
「演説時間……ね」
二人は大きな課題に答えを出しあぐねている様子だった。
これはルールとして定められた、いわば決まりのようなものだ。
それを覆すには、小手先の方法ではだめだ、もっと抜本的な解決方法が必要となってくる。
意見がなさそうな二人を確認すると、オレは首を鳴らしながら発言した。
「オレに考えがあるんだが」
読んでくれてありがとうゴブ!
ゴブリンのやる気を上げるために、よければ
【ブックマークに追加】や下の【★★★★★】で応援してくださいゴブ!
反応があると、とってもうれしーゴブ!
ぎょえー! 今日はご飯食べてなかったゴブ!
この後魚を食べるゴブ!