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第一章17話 ボク4節 『今みたいな超~すごいヤツ』

一章17話予告編動画

youtu.be/169S3uzcbaU

 そして退学になる日はあっさりとやってきた。

 死ぬ覚悟があるかと聞かれれば勿論、ないよ。

 ただ想像ができないのだ。

 今ボクの心は落ち着いているけど、それは理解できてないから……。

 当然ボクは死んだこなんてない。

 意味としては、生物学上の死としての知識は勿論ある。

 それは曖昧な感情で、ただ怖いとかただ嫌だという漠然とした気持ちしか、ボクはどうしても持てなかった。


 生徒会員に連れられ、来たことの無い地下の入口までやってくる。

 そこには無機質で巨大な昇降機のようなものがあり、ここが学園の秘密の搬入路だという事を想像させた。

 

 「(はぁ……この先はどこに繋がっているんだろう)」


 ボクは手錠と目隠しをされて、その昇降機に乗せられる。


 ――ああ、ついに来たのだ。


 不安感が一層強くなっていくのを感じていると、突如振動音を立てながら動き始めた。

 時間にして五分以上だろうか、その昇降機は浮遊感と共にボクに様々な思いを抱かせる。

 今までの学園生活、バイト、彼女の事、査問会、最後に食べたから揚げ。

 まずいぞ、から揚げをまた食べたくなってきちゃう。

 そんなことをぼんやり考えていると、浮遊感が振動共に消える。

 どうやら目的地に到着したようで、一帯は静かになった。


 ぺた、ぺた、ぺた。


 ――音が聞こえる。

 誰かの軽い足音が聞こえてきた。これは裸足?

 ボクはその人物と足音に緊張する。

 どうなるんだろう? いきなり殺されちゃうのかな? 痛いのは嫌だなぁ……。


『うわーこいつカ。見た目やばいナァ。ただのデブじゃン』


 ハルキにはわからない言語でその人物は話しているようだった。

 それが一層ハルキの不安を掻き立てていく。

 高く細い動物のような声、いやそれは動物そのもの


 ――ネズミであった。


 ハルキは目隠しをされており事実を認識できていなかったが、奇妙なことに一メートルほどのネズミは二足歩行し、何かの言語を話していたのだ。

 服装は眼鏡と白衣を着た研究員のそれで、一言でいえば博士ネズミといった所だったろうか。 


『ナニナニ、うわーひどい成績。しかも立ち入り禁止区域(そと)に出たかラ? くそつまんねー理由で処理されんのかヨ。カワイソッ』


 頭をかきつつ資料に目を通しながら、ネズミはシンプルにハルキを罵倒した。


「(言葉が違う……よね? はぁ……なんかしゃべってるけど全然わからないよ……怖い)」


 ボクは身をよじり怯えながら備えた。

 ど、どうなるんだ? 次の瞬間殺されちゃうんだろうか。

 怖い。たまらなく怖いよ。

 急に現実感を帯びてきた退学という、処刑という言葉にボクは心身ともに震えた……。


『そんなに怯えないでヨ。まー痛くしないからサ、眠るように溶かしてあげるヨ。ほらほらこっちダこっちダ』


 ネズミは手錠についた鎖を引っ張り、ハルキにこっちにこいと催促すると先導し始めた。


「うわ引っ張らないで、付いて行きますから」


 ボクは話しかけられていることは認識しつつも、言葉は勿論の事、その感情まではわからず困惑する。

 緊張する……。この後ボクは死ぬんだ……。


 二人で明るい廊下を――ボクには固い地面としか認識できなかったけど、歩いていく。

 徐々に沈黙がボクをじわじわと苦しめ始めていく、背中にじっとりと嫌な汗が流れてくるのがわかった。


 どうやって殺されるんだろう? 流石に痛い方法では殺されないよね?

 処刑というと、断頭とか首つりとか電気椅子とか……もしかして拷問、とか……。

 ボクはフィクションで得た知識を総動員して、否応なしにこの後の死にざまを想像してしまう。

 満漢全席、脳はありとあらゆる処刑方法を一通りシュミレーションしていった。


 「(はぁ……こんなことになるならいっそあの時、機械に殺されてしまえばよかったんだ)」


 ボクは意味のない仮定にぐるぐると逃げ出し始めた。


 コツ、コツ、コツ。


 しばらく歩いていると、対面からもう一つの足音が聞こえてくる。


『あ、モアちん様。どうもこんにちは』


『ちゃお☆ ん、こいつ処分するの?』


 その露出の激しい女は横ピースを決める。

 この時目隠しをされていたボクには知る由もなかったが、その相手とはバイト先で出会ったあの変態ギャルであった。


「(また誰か来たぞ……)」


 ついにその時が来たのかと、僕は改めて恐怖に震えた。

 痛くしないでください。痛くしないでください。痛くしないでください……ッ!


『え゛? これおーちんじゃね。えマジ、なんでェ?』


 モアちん様と呼ばれたギャルは、口に掌を当て大げさに驚いていた。


『……なわけですヨ』


 二人は相変わらずボクに分からない言葉で、話し込んでいた。

 逆にそれが不安で不安で、ボクにはもういっそのこと次の瞬間に一瞬で殺してほしいと思うほど恐怖に全身を支配され、ただ怯えるしかなかった。


「(全然分からないところで話が進んでいる……!)」


『えーあいつそんなんでいちいち処理してるの? マ? うーんちょっと待ってよ。見てみようじゃんか!』


 ボクは誰かにいきなり背中を触れられ、よくわからない叫び声を上げながら、飛び上がってしまう。


「ぎぇッ!」


 会話の長さやトーンから、すぐにボクに何かされるとは思ってもみなかったのだ。

 こうなんというか、やりますよー感を出してくれるというか、いやさっき次の瞬間殺してほしいとか思ってたけども!

 そんな取り留めのない事を考えていると、ボクの中に急に魔力が流れ込んできた。

 緊張が、心音が、体温が一瞬にして高まる。


「(え、もう処刑されるの!? ま、まって心の準備が……!)」


 ボクは突如ときたその時に、不安や恐怖以前に焦ってしまう。

 次の瞬間やってくる激痛なのか苦しみなのか、兎に角なにかわからないそれに備える。

 死というものはどういうものなんだ……!

 うわッ、うわどうなるんだッ……!?


『え、モアちん様の能力って人に使って大丈夫なんでしたっケ?』


『まぁ、これくらいいけるっしょ!』


 何だ? 何を話しているんだ?

 引き続き焦燥感マックスのボクに聞き覚えがある声が聞こえてきた。


「おーい、今から少ぉし痛いけどオークの男の子(おのこ)なら死ぬ気で耐えろッ!」


 急にボクの分かる言葉で声が聞こえてきたのだ、この声は――。


「えっ? え。この声はへんたいのひとぉおぉぉおぉおぉぉおおお!!!!!」


 ああああああ!! ぁぁぁああああぁあああああ!!!!!

 痛みが、全身を駆け抜ける痛みが、終わらないぁぁぁぁぁぉおぁぁああああ!!!!


 ボクの目鼻から血があふれ出る。いやそんなことはどうでもいい!! この痛みを。全身を駆け抜ける痛みを止めてくれぇえええぇえええッ!!!!


「ぁぁぁぁあああああぁぁぁぁッ!! やめて! やめて! やめてぇえぇえぇえぇ!!」


 ボクは半狂乱になりながらも叫ぶ。

 今すぐはじけ飛んでしまいそうな全身の痛みに、無秩序にどうしようもなく涙や鼻水糞尿など全ての中身を、まるで魂を引きちぎられるかのような激痛と共にまき散らしていく。

 これは死ぬ、今までボクの人生で一番痛い。

 喉からは、ガボガボと音を立てながら赤い液体が空気と共にあふれ出している。

 一体ボクが何をしたっていうんだ。そりゃ外に出たかもしれないけど、あれは無理やりなんだ。騙されたんだ。これはないよ……。


 薄れていく意識の中、ボクの中に少ない人生経験が流れていく。

 魔法が使えないボク。

 みんなの眼を気にするボク。

 夜に本を読むボク。

 から揚げ。

 そして彼女との経験。

 バイト、自己肯定、裏切り……。

 フィルミさんとのキス……

 そうだ、ボクはまたキスしたい。もう一度裏切られてもいい……!

 ――ボクは生きていたい。


「はぁッ! はぁッ! はぁッ! はぁッ!」


 息が、呼吸が止められない。

 気が付くとボクは様々な液体――ボクが出した、汗、よだれ、涙、鼻水、吐しゃ、尿、血液の中に倒れている。

 体からは大量の魔力が拡散し、まるで焦げ付いた肉のように蒸気と嫌な臭いを放出していた。


 ……これが死? これが退学なのだろうか?

 いやボクは、まだ生きている……ぞ。

 というかなんか体が、体の中がヘンだ。

 あれだけ、痛い目にあったのに何か体が元気というか、溢れそう……。


「超~男っ前ぇ~!」


 近くて遠くから誰かの声がぼんやり聞こえる。

 何かの魔法、粉状の物がボクにまとわりついてそれが燃焼した――によってボクの目隠しと手錠が破壊され、ずるりと外れた。

 未だにボクは、はぁはぁと息を吐きながら気道の中に残った血を吐きだしている。

 頬を熱い涙が伝っていくのが分かった。

 ようやく少しずつ落ち着いて、ボクがなんとか顔を上げるとそこにはやはりあの夜に見た変態の人、そして……この、何? え?


「……ネ゛ズミ……?」


『ああ、勝手にまたそんナ! 困りますヨ、モアレ様!』


『もぉ~! モアレって呼ばないでよぉ~』


 ボクを引率していたのはどうやらこのネズミのようだった。

 いまだに状況が理解できないボクは混乱する。

 何だあれ。一体どういう事なんだろう? 何が? ボクはどうすればいいんだ?


 どうしようもなく糞貯まりの中でフリーズしていると、体を助け起こされる。

 自分が汚れることも気にせずに、ボクをオーク扱いしたそのギャルは、ニマリと快活に笑った。


「よーし、おーちん今イケる感じになってるっしょ? このままだと君、分解槽でドロドロになっちゃうぜ? 嫌だったら本気で死ぬ気でモアちんに攻撃してみ?」


 カモーンと挑発するようにポーズを決める、ギャルことモアちんさん。


「(エーッ!? 何なんだこの人!?)」


 更なる意味不明がボクを襲った。

 いまだ白黒火花が散っている視界を左右にふると、周囲が無機質な廊下であることを認識していく。


「い゛、いえ、ボクは魔法使えない……んです、ぇッ? いや行けそう。カモ……です」


 ボクは涙を拭い、冷静にボクの体について意識を向ける。

 今や体の中では魔力が土砂流のように渦まき、なんというか。っていうか暴走!?

 あわわ、なんだか溢れそうになっていたのであった。

 っていうかやばい、お腹を下したみたいな感じで! ああまずいまずい!

 ああ出そうっ、あああごめんなさい、ごめんなさい!

 再びボクの眼から涙が零れた。


「でちゃいましゅぅぅぅぅ!」


 ボクは情けない声を上げながら、せめてそれを制御しようと両手を構える。

 ――轟音。

 魔力がボクの中から一気に、下痢便のように留まることなくあふれ出していく。


 そして静寂が訪れる。

 ゆっくりと目を開けると、そこには巨大な、今まで見たことの無いような巨大な魔法陣が展開されていた。

 直径10メートルほどだろうか。

 廊下はその魔法陣によって突き崩されており、文字通り巨大な山のような質量を彷彿させた。

 ボクが、これを出したのか……


「ほほーゥ! やっぱいーじゃん。モアちんの審美眼に狂いはないのっさ! ブイブイ」


 対面でギャルが両ピースをして喜んでいる。

 その横でネズミがわめいていた。


『ぎゃー! これ死にますっテ! モアちん様ならともかく私は死ヌ!!』


 その反応を見て、ボクはボクが展開している魔法陣の意味を自覚する。

 こ、これは一体何階位の魔法なんだろう? 少なくとも第六階位以上の物なのは間違いがない。

 つまりそれは、ここ一帯を吹き飛ばせるような威力を備えた魔法だという事だ!?

 

「ぁ? ああぁぁぁぁッ……!? こんなのすごいのがボクの中からッ!?」


 ボクはにっちもさっちも動けず、数秒の沈黙が流れた。


「……で? 何でなんも出ないの? 超ーすごい火は雷は? なんか召喚したりとか……? しないの?」


 ギャルは硬直状態の魔法陣に疑問を持ったようで、その宝石のような目を子供のようにランランと輝かせながら両手を期待で握りしめボクに尋ねてくる。

 その期待の中、ボクはただ悶えていた。

 出したはいいが、膨大な魔力を込められたその魔法陣を発動できないでいる。

 まるで重い物を持ち上げて、そのまま降ろす事ができないようなもどかしさだ。


 「ぁ……れ? あぁぁぁッ!!? で、出そうで出ない! こう出したいのに出ないッ!! 今にも辛くて、溢れそうなのに! 弁を閉められ入口が閉じてるみたいに、詰まって魔力がっ! 出せないッ!!」


 どうしたらいいのか、どうしようもできない閉塞感にボクは慌てる。

 ぅ、苦しい、出したいのに……出すことができないッ!


「うーん、うーん? これじゃわからんて! 頑張れおーちんッ!」


 ギャルは腕を組み、疑問に首をかしげながらボクを応援する。

 ボクだってこんな状況望んでいない! どうしたらいいんだ……ッ。

 つらい、兎に角つらい、溢れたいのに溢れだしたいのに出すことができないんだ……ッ

 そうやってボクが呻いていると、次第にその魔法陣は収縮し、魔力が霧散ていく……。


 「はぁ。はぁ。はぁ」


 ボクは肩で息を切り、その魔力の暴走が収まった事に安堵していた。


「えぇ~?? オークの癖に萎えチンかよぉ」


 モアちんさんは、ボクに失望したようで顔を手で覆うと、あからさまに残念そうな声を上げた。

 そ、そんな事言わなくてもいいじゃないですか、こんなのボクにどうしようもないんだ……。


『モアちん様ァ、結局何がしたかったんですカ……』


 遮蔽に隠れていたネズミが顔を出してきた。


『そりゃぁ、おーちんがイケるのかイケないのかっしょ』


『でしょうけどモ、この後どうするつもりデ?』


『いやーヤレたらこのままパクって、モアちんの物にするつもりだったけど……ねぇ』


 彼女は訝しむように腕を組み、ボクを見つめる。

 またわからない言葉で話し始めたぞ……この後ボクはどうなるんだろうか。

 まさか今のが上手くいかなかったから、また退学になるって話なのか……?


『うーん、なんか面倒くさくなってきっちった』


 彼女は頭の後ろに手をまわし、下歯茎をむき出しながらどうでもいいように何か言葉を呟く。


 さっきは死ぬほど痛かったけど、今ボクは死ねてない。ってことは死ぬときはもっと痛いってことだ。


 ――それは嫌だッ!!


 ボクの脳が今までにないくらいギュンギュン音を立て計算していくのがわかった。

 多分この後ボクは、通常通り退学になる、と思う。

 この人がたまたま通りかかって今のようなカオスな状態になっていることは、ネズミの人の態度を見る限り間違いないはず。

 この変態の人は少なくともボクの言葉分かる。

 たぶん助かるにはここしかない、さっき溶かされるとかなんとか言ってたし。


 「お願いします助けてくださいッ! 何でもしますから! ボク頑張りますから!!」


 ボクは全てを捨て去り、迷いなく、生存のために額を地面に擦りつけた。


「えードーしよ。このままじゃぁなぁ。いらんしなぁ。かといってここまでしといて見捨てるのもかわいそうだしぃ……」


 彼女は片肘をかかえ、人差し指を唇にあてながら思案した――ボクは見えなかったが。

 頼む頼む頼みます! ボクは死にたくない! 生きて、生きていたい。

 そしてできればフィルミさんともう一度キスを、そしてから揚げを毎日食べたいのですッ!

 ボクは全身全霊を込め、今までボクが出してきたすべての意気を超える意気を放出する。


「どうかッ! 助けてくださいッ!!」


 突如彼女は腑に落ちたかのように手を叩き、明るい声を出す。


「ヨシ、じゃーわかった! おーちん卒業までに今みたいな超~すごいヤツ、一人でできるようになってよ。今のはモアちんが手を貸しただけだからッサ! シクヨロ~じゃね~」


 突然に切り替えた彼女は、手をヒラヒラと振りながらボクを通り過ぎていく。

 ぇ……えっ………なんとか……なったのかな……?


『そんな、勝手は困りますっテ……!』


 ネズミの人が慌ててその背中に声をかける。


『今の見たっショ? やっぱ超ーポテンシャルはあるって。あかちんには、モアちんから言っておくからサ!』


 彼女の足音が小さくなっていく……。

 ボクはなんとか助かったという安堵感に、徐々に体が包まれていくのを理解した。

 

「(やったんだ……。ボクはまだ生きれるんだ……)」


 そう思た瞬間、急にめまいを感じ始める。

 う、気分が……気持ちが悪い。

 一瞬にしてボクの意識は途絶えたのだった。

読んでくれてありがとうゴブ!

ゴブリンのやる気を上げるために、よければ

【ブックマークに追加】や下の【★★★★★】で応援してくださいゴブ!

反応があると、とってもうれしーゴブ!


ハルキ君のなんかやばそーなポテンシャル……彼の今後に期待ゴブ……!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても主人公の、一つ一つの出来事に必死な感じが生々しくも、よく伝わってきました。とても面白かったです。ここで、以前出てきた方を再登場させるとは思わず、びっくりもしました。 [一言] 次の話…
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