第一章13話 オレ3節 『ムカついてはいるが後悔はねぇよ』
一章13話予告編動画
https://youtu.be/lL_KxvJxvdY
無表情の男子生徒が無機質な壁を見つめていた。
包帯に巻かれた手が冷たい壁に触れる。
そこは肌寒い学園の地下。薄暗く遠くに照明の光がちらついている。
普段生徒の出入りがないような本当に何もない通路。
――そう、不自然なほどに、何もない。
「(やはりか、見取り図にもない。謎のこの空間、やはりこの先がターミナルコアだな)」
ジンクは一人納得しながら右手の包帯を外していく。
指を確かめるように動かして、ケガが完治したことを確認する。
「一般生徒に隠された、世界の秘密……か。笑わせてくれる」
何にせよ。まともな手段では到底入れそうにはないな。
どうやって入るか、そして大事なのはいつそれを行うか、だな。
無表情の男は納得したかのように薄ら笑いを浮かべ、通路の先に続く闇の中へ溶けていった。
◇◆◇◆◇◆◇
ルゥガは今日、応援会に入る二人を――正確には半ば強制的にだが、引き連れ三人で選挙管理委員会の執務室へやってきていた。
「いやぁルゥガ君、応援委員が見つかって良かったねぇ。ぼかぁ心配してたんだよぉ。いやほんとほんと」
糸目の選挙管理委員長が絡みつくようなしゃべりでルゥガを歓迎している。
そんな見え透いた嫌味にも動じずに、目つきの悪い男――ルゥガは嫌味で返す。
「いやはやお陰様で、どなたか存じないですが、俺をハメてくれたもんで。まぁおかげで新しい舎弟にも出会えたんで感謝ですかね」
「誰が舎弟よ」
キリエが小さく後ろでゴチる。
「じゃァこいつら二名が、俺の応援会に参加するって事でェ。登録はなンも問題ないですよねェ?」
制服のポケットに手をつっこんで此見がしにオラつきながら、ルゥガは確認をする。
いかに生徒会長の息のかかった敵とはいえ、こんなところで意味もなく相手を威嚇する神輿を見たキリエは気疲れを感じずにはいられなかった。
なんで男って無駄にプライドを張りたがるのかしら……。
「……あぁ、勿論だともぉ」
そこから先は特に問題は起きなかった、二人は出された書類に名前を記入していく。
つつがなくキリエとジンク、二名のルゥガ応援会参加登録が完了した。
「じゃあ改めて応援するよぉ、ルゥガ君。そして道連れの一年お二人ぃ~」
「っは、どーも」
道連れときたか、そうかよ。
お前らから見たら、もう沈む寸前のドロ船かもしれねぇが、俺はこの船で渡り切って見せるぜ。
首を洗って待ってやがれ。
ルゥガは糸目の男のさらに上にいる存在。ルーカス生徒会長を心の中で見据えると、決心をより強いものとする。
「……」
ガチャリ。
ドアが閉まる。
糸目の男は眠そうな顔で欠伸をすると、片肘をつき手元の資料に目を向けた。
「(キリエちゃん、ジンク君ねぇ……。それぞれ入学後目立った成績ぃ、行動ぉともになし。友好関係もとぉくに問題なし。なんでこの二人がルゥガの応援会なんだぁ?)」
男はお茶請けに手を伸ばし、口に入れた。
食べカスがぽろぽろと資料にこぼれていく。
「(特にこの男。ジンク君ねぇ……。何んにも無さすぎるぅ、何にもないが故に怪しいって感じかなぁ?)」
最後にもうとっくに冷めた飲み掛けの紅茶を平らげ、思考を締めくくる。
「(まぁ生徒会を敵に回した時点でもう終わりだなぁ。少し盛り返したくらいで誤差だよねぇ誤差ぁ……)」
………
……
…
「Yo! Yo! 所でここ等で お前ら腹は減ってないか 飯を食っていかないか 俺様しちゃう選挙の説明 教えてあげちゃう僕ちゃん戦略 策略 攻略 Yeah! なんなら奢るぜ先輩面 今日は行けるぜ心配すんな Hey,y'all?」
いつものラップ調、そしていつもの両指差しにてルゥガが調子を取り戻す。
「はぁ……別にいいですケド」
キリエは少し苛立ちを感じつつ不承不承といった感じで生返事をし、ジンクは無言と視線で肯定を返した。
ルゥガ陣営の三人は、今後の選挙の流れを確認するため学食へ向かう。
ピーク前の騒がしくなりはじめた学食で、ちょうどいい席を見繕い着席した。
「大体知ってるとは思うが、一応流れを確認しとくぞ」
一年二人の目の前には、何故か赤々とした見るからに辛そうなスープが並んでる。
鼻孔にツンとつくそれは、地獄の顕現を物語っていた。
キリエはその間違いなく激辛と思われるラーメンを前に、まず話を聞くべきなのか突っ込みを入れるかで迷っていた。
「まずは立候補――これはとっくに終わったな。そしてお前ら応援会の参加、それも終わらせたぜ」
キリエは未知なる危険への挑戦に期待感が上回り、箸を恐る恐る手に取った。
その負けん気な性格が、最悪の形で地獄への道筋を選んでしまう。
――やってやろうじゃないの。
「そして選挙活動期間だな、演説なりパフォーマンスなり。兎に角まぁ、ファンを増やす期間だな。こっからはお前らにも手伝ってもらうからな」
麺をひとすくい持ち上げ、恐れながら口の中に入れる。
まず熱さが広がり、数秒遅れて辛味、うま味ときてそして追撃の強烈な辛味。そして辛味。
瞬間的に汗が噴き出してくる。
キリエは思わず目を見開いた。
――からいぃ!
「そして問題の公開演説、学生全員参加の強制イベって所か、ここが問題、ここが肝要、ここが肝心。大半の学生は選挙なんて興味がねぇ。ここで心象が決まりここで実質的な勝利が決ると言っても過言じゃねぇんだ」
キリエは顔を真っ赤にして口を押え、全身から汗を拭きだしジタバタしている。
水を求め声にならないうめき声を上げ、それでも未だ心折れず、必死で辛さと向き合っていた。
「その後は投票と開票だ。まぁここまでいったらお前らにはもうやることはねーなぁ」
キリエの苦悶に満ちた表情をみて、愉悦を感じたルゥガはニヤつきながら言葉を閉めた。
「(ククク、それはこの学園七大災厄の一つ! 超激辛ラーメン! 無料券もっててマジ良かった。あ~後輩をイジメるのは楽しいぜぇ)」
哀れな一年二人を見事ハメたルゥガは乙女のような両頬杖をつき、素敵な心優しい他意のない笑みを浮かべる。
「(そしててめぇジンク、こいつのそのムカつくポーカーフェイスを崩してやるぜぇ!)」
ルゥガが視線を横に向けると、当人ジンクはその目論見に気づいているのかいないのか、淡々とした様子でラーメンを啜っている。
「(……えっ何こいつ)」
そんなルゥガの予測に反し、いつもの淡々とした様子でスカし野郎は答えた。
「一つ疑問なんだが、何故先輩にはオレたち以外の応援会が付かないんだ?」
素朴な疑問、ルゥガはどう見てもお山の大将といったヤカラだ。仲間や手下の一人二人いて当然だとジンクは考えた。
「(バカなぁ! こいつもう数口は食っていやがるぞ! 人間かこいつ……)」
内心焦ったルゥガだったが……、いかんいかん。ここで奴にペースを取られるわけにはいかない、先輩の威厳が失われてしまう。
「……ぁあ、俺は前も言ったが生徒会にハメられたんだよ。そん時に俺のダチは捕まるなり退学になるなり去るなり、チリジリになっちまったんだ。まぁ生徒会相手に派手にやった結果だ。ムカついてはいるが後悔はねぇよ」
「そうか」
ジンクは次の一口を平気ですすっている。
相変わらずのポーカーフェイスで汗一つもかいていない。
――う、嘘だよな……。
「……なぁ所でジンク君? ボクが奢ったラーメン美味しいかな……?」
「あぁ、初めて食べたがなかなかイケる。自分だったらまず頼まない代物だ。こういう知見が増えるのも悪くはない」
「(ラーメンか。外にはこんなにも複雑で洗練された物は無かったからな、この学園に潜入した役得というものだ)」
ジンクは小気味よく食べ進め、時折スープすら味わうように飲んでいる。
「(信じられねぇ……お前は辛さ三倍にしたんだぞ、更に俺様特性七味大量トッピング。これは俺も若気の至りで食ったことがあるが、口と胃腸とケツがマジでやばいンだぞ!)」
ルゥガは焦りを切り捨て、真剣にジンクを観察する。
所作、言動、周囲の魔力探知……。
「(魔法を使った形跡は……ないな)」
「そうデスか、俺様奢ったかいがあったよ。……ウン」
目論見が外れ、さらに上にいかれたような気分になって、ルゥガは思いの他委縮してしまった自分に気が付く。
「(おいおい、ケンカの時も太てぇ野郎だと思ったが、味覚まで非常識野郎かよ。……こいつマジで何もんだ?)」
この時ルゥガは、ジンクに対して仲間、戦力としての期待感と同時に底知れぬ不安感を深く刻まれたという。
「ん~~~~!!」
その横では顔を真っ赤にした汗だくのキリエが、未だ殆ど残っているラーメンを相手に悶絶していた。
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今日はハンバーグ食べたゴブ!