第一章11話 ボク3節 『まるで家畜のようじゃないか』
一章11話予告編動画
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少年は張り詰めた空気の中、戦々恐々と態度を凍らせている。
固い沈黙の中、査問会が始まろうとしていた。
ハルキが学外に出たことで、どう罰するかという議題の場に立っていたのだ。
「ぅっ……うぅ……」
冷や汗を流しながらボクは周囲に目配せをする。
哀れな少年は厳しい周囲の雰囲気にあてられ、ただ恐縮するしかなかった。
――機械に襲われたあの夜、ボクは気絶した。
目が覚めるとベッドの上で拘束されており。そのまま訳もわからずここに連行されたというわけだ。
その厳しい顔をした集団の中に、副生徒会長――コガミがいた。
「(フィ……彼女とあの夜に合っていた人だ……)」
どうやらこの場は彼の仕切りのようだ。
「これは問答無用で退学だろう。更に成績も最底辺、話を聞く必要もない」
眼鏡の奥で、蔑みそして冷徹な眼をボクに向けていた。
「き、聞いてください! ボクは騙されたんです! 本当なんです……」
その断定する強い意見にボクは面食らってしまったが、退学という言葉を聞き慌てて口を挟む。
既に狼狽しきったハルキの内面は焦りと恐怖感に支配されおり、その感情は表面上にも十分に滲みただし、周囲の同情を買うには十分な様子であった。
――しかし。
「君が騙されたのは本当かもしれないね。でも、だから問題ないという事にはならない。あの場所は立ち入ってはいけない場所だ。それは君も知っていたんだろう?」
「ぁ……」
副会長の淡々とした言い回し、そしてそれ込みで騙されたんだという前提で、断罪叱責されているという現実をボクは認識する。
ボクは世界が暗く沈んでいくのを感じ始めていた……。
「一般生徒は学校の外を知ってはいけない。君はアレを見てしまった。それが事実だ」
冷淡な態度、そしてそれを肯定するような周囲の空気にボクはどうしようもなく狼狽してしまう。
そんな理不尽だ。どうしたらいいんだよ……。
「そ、そんな……絶対に誰にも何も言いませんから……」
「ふむ」
副会長が相槌を打つ、ボクの勝機はここしかないと直感的に感じ一気に畳みかけた。
「それにボクを騙したヒトはどうなるんですか! 彼女も秘密を知ってるってことになりますよ。フィ、フィルミさんですよ! ボクと同じ一年F組の!」
言ってやったぞ、ボクも退学なら彼女だって同じ罪に問われるべきだ。
ボクはじっと副会長の様子を伺う。
「ああ、彼女はいいんだよ。新生生徒会のメンバー候補だからね」
その眼鏡男は今までの固い表情を崩さずに、淡々とその言葉を告げた。
「は……え?」
「可哀そうだが、君は彼女に利用されたかもしれない」
「(全て分かっていて……?)」
ボクは視界が歪んでいくのを感じた。
「だけどね、この学校は実力主義、政治や騙しあいも黙認されているんだよ」
「ぁ……」
世界がゆっくり歪んでいき、上手く、うまく……立っていられない……。
「正直同情はするよ。君は能力底辺、コミニティ的にも底辺。このままだと進級も絶対にできないだろうしね」
コガミ副会長が遠くで資料を見ながら、何かをしゃべっているのが見える。
「……、…………?……」
どこかで、ボクの頭の中でキーンという音が聞こえ始めた。
頭が真っ白になっていく。頭をガンと強く殴られたような感覚に陥る。何も聞こえない……何も見えない……。
ボクは騙されたんだ、裏切られたんだ、利用されたんだ。
あれだけ頑張って?
必死にやったのに信じたのに。
お金結構ためたよ。
その結果が、これなの? 退学なの?
騙されて? キス気持ちよかったのに……。
嬉しかったのに! ボクは頑張れるって思ったのに。
何故、ナゼ、なぜ……。
なんでなんだフィルミさん。
そう……か。だまされたんだ……
「おい君、顔が真っ青だぞ。本当に不憫に思えてくるよ。でだ、今週中に退学処理になるんだが……」
現実に戻ってきたボクは、いつの間にか立膝になっており、引き続き沙汰を聞かされていた。
……おかしい。厭だ。
「……やだ……嫌だ!! 厭だよ!!」
ボクはどうしようもなく、ただただ感情を爆発させ駄々をこね始めた。
自分でも、もうどうしたらいいかわからない……!
「おいおい、子供みたいな事いうなよ」
「まだボクは何もしてない、何もできてない! もう終わりだなんてふざけるな、おかしいぞ!!」
激情に身を駆られ、ボクは怒りを露にする。
涙はとっくに流れ出していた。
「はぁ……。まるでこちらが悪者みたいに感じるよ。じゃあどうしたら君は満足なんだ?」
呆れたように、冷静な態度を崩さずコガミは問いかける。
ボクの心残り。それは――。
「…………さ、最後に、スペシャルから揚げ定食を食べたい! ずっと! 我慢してたから!!」
そうだ、ボクの唯一心残り。
バイト生活を続け、お金は必要最低限以外すべてフィルミさんに渡していた。
当然それには週に一度のから揚げデーも当てはまる。
から揚げが、ボクはから揚げが食べたいんだ!
「は? から揚げ? 最後に食事、を……?」
初めてコガミが表情を崩す。困ったように顔を落とし眼鏡を指で支えた。
彼は信じられないような価値観に心底驚いたようだったが、ボクはそんな事には気が付かない。
「お願いします!! もうボクにはなんもないんです。お、終わりなんです……!! 食べたいんだ、最後に、から揚げ……」
――慟哭。
鼻水を流しながらボクはしくしくと静かに涙を流す。
終わりだ、全てが消え去ったんだ……。
「僕は、心底君と同じ学び舎にいるのが嫌になったよ。まるで家畜のようじゃないか。意思もなく行動もなく能力もなく、ただ甘えて泣き叫んでるだけ」
ありったけの侮蔑を、怒りのこもったそれをボクは一身に受ける。
「まじかよ……」
「人間かよ、こいつ」
「うーん」
周囲から侮蔑と憐憫の感情が空気が、ボクの肌を刺していく。
「お願いします……お願いします……」
ボクは気が付くと土下座をしていた。
自然に心の奥底からボクは敗北し、最早敗北などどうでもいいが、ただ一筋の望みに対して、最大限の敬意と誠実が、土下座という形になって表れたのだ。
「……ひどいな。心底反吐が出る。君を相手にする事自体、非常に遺憾だよ」
副会長の侮蔑はボクにもう何も刺さらない。
どうか、どうか最後に。その感情のみがボクを動かしている。
「はぁ、わかった。……それでいい。最後に食事をしたら納得してくれ。では一年F組のハルキは退学処分とする」
諦めたようにそう締めくくり、ボクの人生と共に査問会は閉じた。
………
……
…
「ぐ、ぐぅううう」
「ぎっはぁあ……」
「ひっひっひ、ひぃぃ」
いつの間にかボクは寮に向かって廊下を歩いていた。
喉の奥から、ボクにも信じられないような初めて聞いた嗚咽が漏れている。
涙と鼻水を垂れ流しながら、ボクの足はフラフラと自室に向かっていた……。
「なにあいつキモ。めっちゃ泣いてるじゃん」
「えーなにあれ……」
「うわ、なんだあいつ」
「キモい。気持ち悪い。キモイ」
『キモイいんだよお前』
最後に何か。
そこにいないはずの彼女の声が聞こえたような気がする。
バタン。
「……ちくしょう。畜生ッ! 畜生!! 畜生ぉぉぉぉぉ!!!!」
ちくしょう!! ちくしょう!! 悔しい……!
ボクは部屋に入ると唐突に突然に無意識に叫びだした。
「ぁぁぁ……! あぁぁ!! クソッ! クソッ! くそぉ……」
気づいていたんじゃないのか、ボクはこうなることに。
最初から彼女がボクを騙そうとしていたことに。
せめて、せめておっぱいでも触らせてもらえばよかった!!
ああぁぁ! ああああああぁぁ!!!!
………
……
…
カチコチという時計の音が部屋に響き渡る。
「はぁ……鬱だ死のう……」
…………
カチコチ
殺してやる? いや全然そんな気になれない。
…………
カチコチ
なんだったらまだかわいいもん、キスすごくよかったもん。
…………
カチコチ
ああああむかう! むかつく!! むかつくうううう……!!
…………
カチコチ
「鬱だ死のう」
…………
カチコチ
「……でも死ねない」
…………
カチコチ
本当の自分ってなんだろ。
…………
カチコチ
「はぁ……早くから揚げ食べたいな」
ボクはふと時計を見る、そうだ今日はバイトの日だ……。
……バイトにはいかないとみんなに迷惑かかっちゃう……からね。
都合よく見つけ出した逃避と義務感に、ボクは嬉々として逃げ込んだ。
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反応があると、とってもうれしーゴブ!
ハルキ君! 諦めないでゴブ!