第一章10話 ボク3節 『キモイんだよお前』
一章10話予告編動画
https://www.youtube.com/watch?v=EKCRqxzAprQ
それからというもの、ボクの人生は一変した。
全ての事柄が輝いて見える……!
――世界ってこんなにも美しく楽しかったんだ……。
バイトの弾作りも最初に比べれば、段違いにできるようになっていた。
悪魔先輩もボクだけにかまけてる暇はないのか、あまり声を掛けられなくなった気がする。
未だに怒れることもあったけれど、全然気にならないよ。
だってボクは、あのフィルミさんとお付き合いをしているんだから。
彼女の態度は相変わらずで、全然お付き合いという感じじゃなかったけれど、ボクはそれでも構わなかった。
一度だけ、夕飯を一緒に取ったくらいで特に何があったわけではない。
でもこれでいいんだ。
時間はまだたっぷりある、イベントも、一緒に過ごす時間はいくらでもあるんだ……!
………
……
…
「はいフィルミさん、今週のお金!」
ボクはハツラツとして、満面の笑みでお金を渡した。
「…………うん、ありがとう」
今日のフィルミさんの言葉は――その感情はどこかおかしかった。
今になって思えば何故気が付かなかったんだろう。
その違和感に心のどこかで気が付いていたのに、ボクは気づかないふりをしていたんだと思う。
「それで、どのくらい貯まった?」
ボクは最近この質問をよくする。
何となく、フィルミさんとの関係はこのバイト関係が終わったら進展するような
その先にもっと楽しいことがあるような気がして、勝手に期待していたのだ。
例えば、ご、ご褒美の……その、またキスとか? もしかしたらデートとかも……。
「えっとね。そのことなんだけど。大事な話があるから来てほしいの」
先ほどから妙に緊張した固いしゃべり口だ。
なんだろう、妙に胸がざわついてくる。
フィルミさんが指定したのは、門限の後の時間。
しかもよりによって、月に一度の特に外出が厳しく制限されている日である。
ボクは、不安になりながらもフィルミさんのお願いという事で断ることができなかった。
なんでボクは、ここで気が付かなかったんだろう。バカだバカだ。
「え、ここってまずい場所じゃ……。生徒が入ると退学になるって所じゃないの?」
ボクはフィルミさんに連れられて学園の深い場所まで来ていた。
周囲には学生生活の息吹が感じられず、ただ固い何もない廊下が続いている。
そもそも一般生徒が近づいていけないような場所だ。
それもこんな門限外、しかもこんなタイミングでくるなんて、一体どうしたんだろう……。
「大丈夫。言ったでしょ。生徒会の人にお世話になってるって」
彼女はボクの手を取り、目を合わせず短く答える。
え、どうしたんだろうフィルミさん、怒ってるわけじゃないんだよね?
初めて手を繋いで歩いたというめでたい事実よりも、その言葉によって強い不安感がボクを支配していく……。
なんだろう、これはまずい気がする。
ちらりと見た時間は0時になる直前だった。
簡素な金属製の階段を上り、どこかのドアの前に立つ。
彼女が魔力を込め、ドアの施錠が解除された。
鍵、持ってるんだ。生徒会の人との繋がりでここに来ていることは間違いないらしい。
外から冷たい風が吹き込んでくる……。外はどこだろう……?
――いや。
おかしい、おかしいよこの状態は、ボクは今すぐ彼女にフィルミさんに、問いただすべきなのだ。
「フィルミさ……ッ」
彼女の顔を見た瞬間ぞっとした。
今まで見た事の無いような、冷たく暗い瞳。
天使なんかじゃない。憎悪を込めた刺すような感情。
それをボクに向けていたのだ。
思わず背筋が凍り付く。
「え……ッ」
彼女はそのまま手をかざし、第二階位の衝撃魔法を唱えた。
――ボクに。向かって。
激しい痛み、転がる転がる世界が回る回る回る。
何が起こったのか理解できなかった。
えあ? ボクは今フィルミさんにドアから突き落とされた?
ここは、外? 学園の? ……森だ。
いやフィルミさんがボクに魔法を使って……なんでそんな事をしたんだ?
激しい痛みを感じる、ボクは足をねん挫したようだった。
混乱する頭上から、浴びせるように冷たい声がかけられる。
「ハルキ君! 必要なお金そろったから君はもういらないよぉ! いままで、ありがとうねぇ!」
「は、え?」
理解できない、ボクは今フィルミさんから魔法を受けて、あの5メートルほどの高さから突き落とされて。
ねん挫して痛くて。え、いらないってどういう意味?
既に理解という現実が鎌首をもたげてボクの心を支配していく。
でもまだボクは、時間を稼ぎたくて無意味な質問をする。
「どういうことなの!? え、なんで!? アーティファクトは? 退学って話は?」
「え、その話まだ信じてたの! そっちは方便でわたしとエッチな事したいだけだと思ってたのに……。ピュア過ぎて救えないね」
あ……。
「キモイんだよお前」
ガシャン。
遠くで扉が閉まる。
ボクの感情が一気に爆発して、全てが燃え尽きた。真っ白に燃え尽きていく。
全てが、全てを一瞬で理解した、いやもうたどり着いていたのだ。本当は分かっていたのだ全てを。
フィルミさんが副生徒会長と会った事、ボクに戸惑いながらキスをした事、その後気まずそうにしながらボクと話している事。
そうなんだ、ボクは。
ボクは。
――ボクはフィルミさんに騙されたんだ。
「……」
不思議と、悲しみや怒りというものは浮かび上がってこなかった。
もしかしたら心の奥底で、どこかで理解していたのかもしれない。
ただそれが唐突過ぎて、ボクの心が寸断されて。粉々になって。踏みつけられた。
現実がわからない。理解できない。
ただ、放心、ひたすらに放心するしかなかった。
警報音。
突如として夜の世界に警報音が響き渡る。
聞いたことのないそれは確実に何かに対しての警鐘を鳴らすものだ。
まずい、ここがどこかは分からないが、何か。
ここにいてはいけない事だけはわかった。
「行かなきゃ……」
ボクは放心状態のまま痛む足を引きずりながら壁沿いを歩く。
巨大なドーム状のそれは学園の外郭だという事を理解する。
とりあえずこの淵を歩いて、どうにか学園の中に戻らなくては。
警報は鳴りやまず、次第に強烈な光があたりを包む。
これは魔力によるライトアップ、学園の外郭の至る所から光の筋が浮かび上がり、周囲を照らしていた。
「んまぶしい……」
ボクは手で影を作りながら、素直な感想をぽつりとつぶやく。
なんでこんな夜中に警報音とライトアップをしているんだ?
まさかボクが外に出たから?
いや、流石にボク一人に対して備えたわけではないようだ。
規模が大きすぎるし全体的すぎる。
うるさい警報音にもそろそろ慣れた頃、それはふと、突然にやってきた。
「え? 暗い?」
なんだか暗いのだ。
夜なのはわかっていたが、そういう暗さではない。
着色料のような黒。光がないような暗さではなく、絵具のような炭のような墨汁のような真の黒。
いつの間にか周囲は深淵の闇。世界は黒一色になっていた。
「え? え? なんで、何が?」
ボクは現状が理解できず、ただ驚くしかなかった。
先ほどの眩しかったライトの光がうっすらと見え、それが外を照らしているのがわかる。
そうだ、森。学園の外の森をただライトが照らしている。
ここでボクは初めて学園の外というものを意識した。
「(これはまずい、何か今日は、何かが起こっているんだ……。ボクはボクがいちゃいけない場所にいる)」
先ほどの放心はどこにいったのか、ボクは落ち着て状況を分析できていた。
次第に周囲から騒音が、戦闘音のようなものが聞こえ始める。
人の叫び声。誰かが何かと戦っている音だ。
爆発や衝撃音、なにか金属がぶつかり合うかのような喧噪。
これは、この場所は。集団同士による戦争が行われている……!
「はぁッ! はぁッ! はぁッ……!」
ボクはいつの間にか息が荒くなっているのを自覚していた。
走ったわけでもないのに、空気から伝わってくる死の匂い。
周囲で人が死んでいる。
……なんで、こんな、事。
そしてその死の匂いが一点から、森の。それはすぐ傍のその林からやってきた。
――機械。
一言でいえばそうなる。
それは見たことのないような複雑さ、巨大さを持っていた。
ゆうに3メートルほどはあるだろうか。
昆虫にも似たそれは、何本もの鋭利な爪を、その脚を携えている。
どこまでも無機質な目のような器官をこちらに向け、ボクを見据えた。
次の瞬間、それは前触れもなく突撃してきたのだった!
「うわぁあぁああああッ!!」
ボクは、ハルキは、人生において死というものを感じたことが無かった。
先日の決闘が精々で、あれだってお互いに殺意を向けていたわけではない。
脅威を理解するよりも早く、ただその感情が。死ぬぞと体を支配している。
ボクは情けなく、ただ叫び声を上げて逃げたした。
その捕食者はボクの移動先に、爪状の脚を遮るように繰り出した。
ボクの顔を掠ったそれは、金属の壁面に悠々と砕き突き刺さっている。
機械はゆっくりとボクをその目で見つめ、脚を死を、死神の鎌のように振り上げた。
太ももに暖かいものを感じる。いつのまにかボクは失禁していた。
「あぁ……」
ボクはただ何もできず、何も思考できず。
聞いていた走馬灯なんてなくて、ただただ恐怖に支配され。
すぐにその爪が振り下ろされた。
「(死にたくな……ッ)」
ギィン!
近くで何か弾かれる様な音がする。
恐怖によって閉じられた眼をおそるおそる開くと、そこには魔法の粒子が激しく飛び散っていた。
気が付くとボクは無意識に自分の腕を伸ばし、魔法を展開していたのだった。
機械の爪はその魔法に弾かれ、掻くように蠢いている。
「えぁ、障壁魔法……?」
ボクは人生で初めて魔法を使えたのだ。
今までの魔法陣だけではない、しっかり現実味を帯びた、そこにある現象としての魔法。
低級の魔法だったが、この瞬間ボクはハルキはついに、魔法使いになったのだった。
「あひぃっ……やった……!」
しかし機械という時間という無慈悲な現実は待ってはくれない。
ハルキがその喜びをかみしめる前に、機械はまるで怒ったかのように爪を振り上げ降ろす。
振り上げ降ろす。
振り上げ降ろす。
器用に二本の脚で身体を立ち上がらせ、空いた数本の脚爪によりハルキの障壁魔法を攻撃したのだった。
「ぁああああぁあああ!!!! ダメ……やめて!!」
衝撃! 衝撃!
障壁越しの衝撃が直に響いてくる。
初めて使った魔法だ、その構築は驚くほどずさんで、その想像は驚くほど弱く、つまりその強度はほぼ無いに等しい。
魔法陣から激しく削れるように粒子が飛び散っていく。
ボクはこの魔法が自身を守り抜くことができないと瞬時に察した。
押し返されるように、腕が下がっていきハルキの体が丸まっていく。
次第にひびが入り、弱まり、弱まり、そして砕け散った。
ボゴッ。
最後の一撃により、ハルキは吹き飛ばされ、学園の壁面に叩きつられる。
「ひゅっッ……! ひゅっッ……! ひゅっッ……!」
激しい背中の痛み、そして息ができない! 横隔膜が痙攣し、上手く呼吸が……。
そんなハルキを状態を理解しているのか、興味も理解もできそうもない機械は素早く近づき。
躊躇いなく正確に、爪を振り下ろした。
――衝撃。
再びハルキは今日二度目の世界が回るのを感じた。
最早痛みもなく、自分がどういう状態なのかも認知できない。
誰かが近づいてくるのが、ぼんやりと見える。
「なんだこいつ、一般生徒だろ」
誰かの声を聴いた瞬間、ボクは意識を失った。
薄れていく意識の中、一つの考えが頭の中に強く強くよぎる。
……何でフィルミさんはボクを騙したんだ……
読んでくれてありがとうゴブ!
ゴブリンのやる気を上げるために、よければ
【ブックマークに追加】や下の【★★★★★】で応援してくださいゴブ!
反応があると、とってもうれしーゴブ!
ハルキ君頑張れゴブ!
いつのまにか魔法使えてるゴブよぉ!