第一章1話 ボク1節 『ボクは魔法が使えない』
一章1話予告編動画
https://youtu.be/W18VrGT9OWg
「はぁ……」
物語は陰鬱な溜息から始まる。
ここは全寮制の魔法使い養成学園。
――フロディス・ティーリオ。
短い通学の時間帯、舗装された道を教室棟へ向かう前途有望な学生たちが通学している。
彼ら彼女らは寝惚け眼や歓談、あるいは仏頂面等々様々な顔つきで歩てゆく。
その中に一人、恰幅のいい少年がトボトボと音をたてるように歩いていた。
身長は160センチ程度、黒く短いくせ毛で、目は比較的大きくまつ毛が少し長い。
「はぁ……今日は定期測定の日。また皆に笑われる……。うぅぅ……ゆーうつだ。ゆーうつだあ」
ボクの名前はハルキ。この学園に通う一年生で、絵に描いたかのような落ちこぼれだ。
入学してから他の皆はメキメキと実力を伸ばしている、のにのにのに。
その中でボクは……
何もできないのだ。
正確には、指向性のある“何か”の魔法が使えないのだ。
エムピーはあるが、アクティブスキルが使えない。フィクション小説とかで例えるならそんな感じ?
「はぁ、本当の自分になりたいよ」
そんなゆーうつに下を向いて歩くボクの後ろから声がかけられる。
春に咲くような、華やかで草花が萌えるような華麗な声だ。
「おはよう、ハルキ君!」
「あ、おはようゴザイマス……」
振り返り顔を上げるとそこにはたわわなおっぱいが……ではなく、満面の笑み。
彼女の名前はフィルミさん。
まだ十代とは思えないような豊満な体つきで、髪型はピンクブラウンのウエーブボブ。
クリッとしたかわいらしい目をした顔つきは、童顔その物である。
だが彼女の魅力は何よりもその性格と人懐っこい笑顔だ。
誰にでも優しく声をかけ、男女問わずに人気が高い一年生の華。
こんなチビで太っていて何もできないボクにも話しかけてくれる天使ちゃん……。
が爽やかな風と挨拶と共に通り過ぎていく。
まさに春風のような女の子だな。
「(かわいいなあ……。彼氏とかいるのかな)」
そんな取り留めもない事を考えながら、ボクは現実逃避をするのだった。
ホームルーム、授業、授業、そして……
あれよあれよ言う間に日常は過ぎ去り、しかしついにその時間はやってきてしまった。
「あの……ベリルベッゾ先生、これやる必要ありますか?」
「いいからやるのだ」
生徒一人一人がその時出せる最大の魔法を測定する魔力測定の時間だ。
測定するのは小さな女の子、ではなくベリルベッゾ・ゲルトラウデ先生。
子供用のエプロンドレスを着ており、今日は髪型をお団子にしている。どうみても6歳くらいのかわいい女の子にしか見えない。
が実際はボクたちの教員であり、しかもだいぶ口が悪くスパルタというおまけつきだ。
「ハルキがつまんねーやつだって事は知ってるけど、計測だから。そのつまんねーのを確認するのだ」
早速彼女の毒舌を受け、ボクはダメージを負う。
「うぅぅ……わかりました」
ボクは他生徒たちが見守る中、校庭の地面に描かれた測定位置に向かった。
そしておもむろに手をかざす。
魔力を込め魔法陣を展開するが、当然のように何も起こらない。
辛辣な静寂が周囲を包む。
「……ぅぁ……できません」
「あい、ハルキ0点。こんなんだとすぐ退学になっちまうのだ。次の人来るのだ」
「ぁあぁああぁああぁあ……」
恥辱により顔が火をつけたかのように熱くなり、ボクは視線を落として震える。
周囲の反応はなんとも言えない空気感だった、憐憫や嘲笑あるいは無関心。
毎度お馴染みとなったそれらの雰囲気によって、ボクはただただ打ちのめされるしかなかった。
ボクができるのは一番最初に習う、魔法を使うための前段階。魔法陣を出すだけだ。
魔法を絵を描く事に例えるなら、キャンパスを広げた状態。そこから本来は魔法を発現させるのだが……。嫌というほど、味わった現実。
――なんでボクは魔法が使えないんだ……はぁ……
もちろん基礎訓練は毎日練習してる……けど成長しているかはわからない。
入学当初は魔法を行使できない他の生徒もいたが、一ヶ月もすれば見事にボクだけになっていた。
「(いやいや、きっと能力がすごすぎて上手く使いこなせていないだけだ。きっとメラゴンゾーニャを最初に覚えたせいでエムピー足りなくて使えない! 的な!)」
他の生徒が順調に成長を見せつける中、可哀そうな子豚ちゃんは得意の現実逃避に逃げるのでした。
◇◆◇◆◇◆◇
「よう、今日も席取ってもらってわりーな」
――学生食堂。
基本的に学生はここで食事をとる。
中庭の綺麗な景観が臨める大きな窓やテラス席、なんと個室まである。学生たちが日々過ごす場所としては学園屈指の場所だ。
食事時には活気が溢れ……溢れすぎて席の順番待ちになる。
「うん、今日は比較的に空いてて助かったよ」
食事の席取り、これはボクが言い出したことだ。
ボクは見た目がいいわけでも、話が得意なわけでも、勉強ができるわけでも、魔法が使えるわけではない。
こうでもしないと友達の輪に入れなかったのだ。
席の確保、課題の提出、ぱしり全般エトセトラ。
学園という社会にはコミニティがあり、人間はいずれかに所属しなくてはいけない。そうでなければ生きていけない。
落ちこぼれのボクは、貧乏くじを率先することでなんとかコミュニティに所属できていた。
――はぁ……人の役に立つって気持ちいいな……
学食の喧騒と共に 着々といつものメンバーが集まってきた。
他愛のない視線と言葉がハルキに向けれられた。
「お前はいつもの固形栄養食、の二食分か。相変わらずだな、このままじゃお前退学まっしぐらだぜ、大丈夫か?」
「うぐ、うぅ……退学だけは、嫌だよ……」
ボクはすぐ後ろまで迫った現実を認識させられ、再び落ち込む。
「何かあったら手伝うからよ、ちゃんと言えよ」
中身のない軽薄な激励を受ける。
ボクはコミニティにかろうじて所属させてもらっている状態だ。そこで面倒なことを言い出せばすぐに居られなくなる。
形だけの約束。形だけの友達。形だけのコミニティ。
「(……そしてまずい固形栄養食)」
物好きは食事を自分で作ったりするらしいが、ボクは調理スキル以前にそもそも食材を買うお金がない。
成績最低、月に貰える小遣いも最低。その中で仲間にジュースとかおごってるしお金がないんだ。
食事は学生無料の固形栄養食を二食分食べている。味は……良くはないけど我慢。
栄養価はあるみたいだけど、いかんせん食べてる気がしない。全然お腹が膨れなくて、一食分でせいぜい4~5割。それで二食分食べて、毎回満腹になっている。残すのも悪いし……。
結果ボクの体系は……見事に太っていった。
好きなのはから揚げ定食大盛、週に一回金曜日だけは、少ない小遣いから出して揚げ定食大盛の日にしている。
一週間頑張った自分へのご褒美なのだ。
「はぁ……から揚げ食べた~い……」
◇◆◇◆◇◆◇
「うぉー……たまらないよ」
持ち込んだランプの光に照らされ、暗闇の中からハルキの顔が浮かび出された。
思わず感嘆の念を吐き出したボクが来ているのは、学園の隅にある小さな倉庫。
夜の自由時間は大抵ここで過ごしている。
ここには図書館にないような過去に廃棄された古い本がたくさんあるのだ。
この本と何かよくわからない物と埃まみれの場所で、毎晩読書をして過ごすのがボクの日課だった。
見つけたときに最初から鍵は壊れていて、そのまま興味本位で入ってからずっとこうだ。
本当はダメなんだろうけどまあ怒られるまではいいよね? 別に何か盗んでるわけでもないんだから。
ここは学園に所在がないボクが見つけたオアシス、パラダイス、天国。狭いけどボクの秘密基地、唯一安全な場所で着飾らなくて良い。おならをしたって恥ずかしくない、この学校で最も安心できる場だ。
ホントの本当は魔法の練習をやるべきなんだろうけど。一応毎日魔法の練習はしてるし、魔法はイマジネーションが大事なんだ。
と、そういう見え透いた言い訳をしてボクはファンタジーの世界へ逃げ込むのだった。
「う! うおおぁああ!! ボクもこの本みたいに、俺つええええしたいよぉ! 異世界転生してイケメンになったり、レベル999になって無双したいぃ! ヒロインハーレム! ボクまたなんかやっちゃったかな!?」
ボクはおもむろに手をかざして魔法陣を展開する。
「展開術式起動ォ! アルティメットギガファイアァッ!!」
「……」
寒い風が倉庫に吹き込んでくる、そろそろ冬だね……。
「はぁ……ボクってなんでこんなんなんだろ」
溜息。
皆何か系統があって切磋琢磨しているのに。ボクはそれを見てるだけ、スタート地点でいじいじしているだけ。
魔法以外もギクシャクしてて、努力も真面目にできない。何にもないし。
「……本当の自分になりたいよ」
ボクは口癖になっているその言葉を呟いた。
■フロディス・ティーリオにおける退学条件。
1.素行不良などの、学園生活内での大きい違反を犯す。
2.進級試験に落第する。
読んでくれてありがとうゴブ!
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初回という事で、オレ編の一話も同時投稿しますゴブ。