後日談 囚われの姫君に、永久の誓いを
「アルフレッド兄上が、あ~んなにも長い間、ユーフラテス兄上と婚約者殿を引き離してたのはさ。アルフレッド兄上がユーフラテス兄上を、かのご令嬢に取られたくなかったから。それだけだよ」
エドワードはホットチョコレートに舌鼓を打ちながら、「嫉妬深い男って、みっともなくて嫌だよね~」だなんて軽口をたたく。
しかしその相手を間違えている。
「でん――エド。王太子殿下に不敬だ」
凡庸な顔立ちをしかつめらしく引き締めた、某子爵家嫡男。
その声色にははっきりと「不快だ」という感情が込められている。
だがエドワードは目を眇めて、口の端を軽薄そうに歪めた。
「そう? だってアルフレッド兄上がご令嬢に嫉妬していたのは、ユーフラテス兄上のことばかりじゃない。キャンベル卿についてもだよ。王太子殿下が最も重用し、信頼するヒューバート・キャンベル」
エドワードがちらりと視線を向けると、王太子の側近候補の一人である次期子爵の面持ちは、気のせいか青ざめているように見えた。
空気がかすかに揺れるくらいの、音のない微笑をくちびるから零すと、エドワードは目の前の義兄に、うっとりするような美貌を向ける。
次期子爵は悪魔に魅入られたように固まった。
「あの人が、ご令嬢の兄だったこともまた、ユーフラテス兄上には不運だったよね。アルフレッド兄上にとっては、最愛の弟であるユーフラテス第二王子と、最愛の側近であるキャンベル卿と。お二人ともが、ご令嬢を愛しているのだから。
「そりゃあ、アルフレッド兄上だって、少しくらい意地悪したくもなるよねぇ。アルフレッド兄上にとって、あの二人以外、公私ともに、さしたる意味を持たない。あなたも知っているよね?」
だって、いつも王太子アルフレッドの側で仕えているのだから。
次期子爵の耳に幻聴が届く。エドワードの楽し気な、軽やかな口調。
優美でいて、魅惑的で。
次期子爵の主も、稀に似たような表情をする。
「それだからさ、お心の広~い王太子殿下でなくったって、嫉妬の炎に身を焦がすってものだよね。ねえ? そうじゃない?」
追い詰め、とうとう動けなくなった目の前の獲物。その目に浮かぶ恐怖。
幾度となく狩る素振りを見せつけ、しかしすんでのところで留まっては、食べずにいたぶるだけの。それが楽しみだと言わんばかりの。
ああ、悪魔の子だ、と次期子爵は思った。
しかして、それは次期子爵の主もまた。
――似た者同士。
そんな言葉が次期子爵の胸に浮かび、あわてて否定する。
彼の敬愛する王太子殿下は違う。そんなふうじゃない。
「ご立派な王太子殿下。アルフレッド兄上。彼がどうして、ボクをこんなにも嫌っていたか。それはね、ユーフラテス兄上がボクを気にかけてくださるからってだけじゃないんだ。実にバカバカしいんだよ。だってさ――」
次期子爵は、決して妹を登城させまい、と心に決めた。
だって王太子アルフレッドには婚約者がいる。お相手は他国の王女。
政治的に大変重要な婚約だ。
なにかしら国際問題となった場合、ここまで時間と労力を費やし第三王子派閥を崩壊させたのに、いまだ虎視眈々と機会を狙う高位貴族どもに、口実を与えてしまう。
エドワードの代わりに彼らは『誰か』を素早く推挙するだろう。もしその『誰か』が、いつの日か、どこかで見つかったのなら。
次期子爵の身にこれまでにない、特大の怖気が襲いかかる。
公においては、私情を極限まで排除するに努める、王太子アルフレッド。
最愛の弟王子、ユーフラテスも政治の駒に使うことに一切の躊躇いはないし、必要ならば切って捨てさえするだろう。
だからこそありえないが、万が一にでも王太子殿下が血迷われたら。子爵家などひとたまりもない。
囚われの姫君は、エドワードだったのか。それとも果たして。
次期子爵は、それ以上の思考を放棄した。
いずれにせよ、エドワードとシャロンは結ばれたのだ。
永久の誓いをもって。
それが、甘やかなものであるのかどうかは、次期子爵の知るところではない。
彼が知るのは、彼の妹の胸元に、エメラルドのネックレスが、再び輝くようになったこと。
それから彼の主より賜った伝言についてのみ。
その伝言とは、はたして。
王太子アルフレッドは、『ただのエドワード』と、自身の側近、その妹に関し、今後一切の手出しをせず。
同時に、王太子アルフレッドは、両名に対する外部からの関与をもまた、許さない。
神を信じぬ王太子アルフレッドは、自身の名にかけ、彼にとって最も崇高で厳かなる宣誓を、エドワードとシャロン両名に捧げた。
(了)
ご高覧ありがとうございました!
アルフレッド視点の番外編がございます。
お付き合いいただけますと幸いです。