表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第二話  囚われの姫君を救い出すのは




 シャロンの変化を受け入れながらも、静かに苦悩するシャロンの家族。

 その一方で、諸悪の根源たるエドワードは、シャロンの変化を愉快がった。


 ある日、エドワードと剣の稽古をしていた日のこと。

 ついにシャロンはエドワードに打ち勝った。

 シャロンによってすっ飛ばされた木剣は、エドワードの右手からだいぶ離れたところで、地面に転がっている。

 尻もちをついたエドワードは、シャロンに突き付けられた木剣の切っ先を指でつまんだ。

 剣術稽古に通常用いる、剣先を潰した模造剣は、エドワードとシャロン、二人きりの()()()の稽古では、使用を許されていない。ゆえにここにあるのは、サーベルを模した木製の剣。

 エドワードが手袋も嵌めていない、ふくふくとした手で遠慮なく掴もうと、何の問題もない。



「ははは! いいね、シャロン! まるで君は、囚われのお姫様を救い出す、男気溢れる、腕っぷしの強い、正義の荒くれ者みたいだ!」



 そこは王子様、せめて騎士が順当ではないだろうか、とシャロンは思ったが、エドワードにそれを言うのは憚られた。



「その調子で、どうかボクのことも、いつか救い出しておくれよ。魑魅魍魎どものごった返す、この伏魔殿からさ」



 シャロンの木剣をぐいと引っ張って立ち上がると、エドワードはスラックスについた土埃をぱんぱんと叩き落とした。

 その様子を尻目に、地に転がったエドワードの木剣を拾おうとシャロンが腰をかがめる。するとエドワードの揶揄うような、それでいてピリピリと警戒し、神経質そうな感嘆の声があがった。



「おや」



 口の端を歪めて、目を細めたエドワード。

 そのエメラルドの瞳が映し出すのは、遠く先。くすんだ金と、輝くばかりの濃い黄金色の髪。その頭二つ。

 一人は琥珀色の瞳で、もう一人はエドワードと同じ、エメラルドの瞳。

 濃い黄金色の髪の持ち主がエドワードに振り返り、エドワードと同じエメラルドの瞳が、凍えるように冷たく眇められ、エドワードとシャロンの足を地に縫い止めた。


 慌ててシャロンが頭を下げ、臣下の礼をとる。

 シャロンが頭を上げたときには、異なる色の金髪二人の姿は、とっくに消えていた。


 ふうっとエドワードが大きく息を吐き出す。



「相変わらず、アルフレッド兄上は、ボクのことが大嫌いみたいだ。彼のあの目。シャロンも見た? 深夜、ベッドにネズミが潜り込んできたときでさえ、彼はもう少し慈愛を示すだろうに」



 肩をすくめるエドワードに、シャロンはどんな言葉をかけていいのか、いつもわからない。

 戸惑うシャロンに、エドワードは笑う。



「気にしないで。ああ見えて、ユーフラテス兄上はお人好しなんだ。ボクがこうしてシャロンと剣の稽古をしていられるのは、彼が便宜をはかってくれたからさ。感謝しているよ」



 たおやかで中性的な美貌のアルフレッド。鋭利硬質な美貌のユーフラテス。

 エドワードの異腹の兄二人。

 彼等は纏う空気こそ異なるが、よくよく見れば、顔立ちは似ている。エドワードとは違って。



「人の噂は当てにならねぇな」



 ぶっきらぼうにシャロンが言い捨てると、エドワードは腹を抱えて笑った。



「ああ! あれ? ユーフラテス兄上が婚約者のご令嬢に、さんざん暴言を吐いてるってやつ?」



 エドワードの二番目の兄、ユーフラテスには婚約者がいる。

 この国一番の武を誇る、辺境伯の令嬢。だがその令嬢の評判はあまり芳しくない。

 というのも、かの令嬢は、あまりに無気力で、あまりに無能だ、というのが大方の見解だ。

 シャロンがまだ令嬢らしく振る舞っていた頃、一度だけその辺境伯令嬢とお茶会で席を共にしたことがある。

 率直な感想として、世間の評判は妥当であるように思った。

 悪い心根の持ち主ではないのだろうが、とても貴族の令嬢としてやっていけそうではなく、また何を考えているのか、常にボンヤリ死んだ目をした薄水色の瞳は不気味だった。


 令嬢らしくない。何を考えているのかわからない。


 まるで自分と同じだ。ここにきて、初めてシャロンは、かの令嬢に親近感を抱く。



「あれはさ、ユーフラテス兄上がご令嬢を意識し過ぎているだけさ! 笑っちゃうんだよ。あんなにもいつも、自分を律して、求められる姿をしっかり振る舞う方なのにさ!」



 ユーフラテスが婚約者を茶会の度に蔑み、こき下ろしているという話については、ほとんどの者の知るところで、それによってますます、ご令嬢は他の令嬢方から嘲笑されている。

 聞くところによると、身分の下の者達からもあまりよい扱いを受けていないという。

 そのためか、辺境伯令嬢は自領に引きこもり、王都には久しく戻っていない。


 それについて、当然ユーフラテスは事態を把握しているのだろうとシャロンは考えていた。だがエドワードの言い分では、ユーフラテスは婚約者を悪く思っていないらしい。

 もしかすると気がついていないのだろうか。


 シャロンの顔に当惑が浮かぶのを、エドワードは見て取り、辺りを見渡した。

 そして薄い唇に人さし指を当て、「しいっ」と示す。



「……数年前のことさ。ご令嬢がユーフラテス兄上との茶会で倒れてね。国王陛下と辺境伯しか知らないはずの――ううん。アルフレッド兄上と、その側近候補の一部は、もしかすると知っていたかもね」



 エドワードはシャロンの耳元に手を当て、くちびるの動きを見せないようにしながら囁く。

 空気の振動は微かで、だがエドワードの手で囲われたシャロンの耳は、エドワードの吐息で湿り、ムンムンとこもる。



「それで、キャンベル辺境伯ご令嬢とはいえ、知るはずのない、決して漏洩してはならない極秘事項を茶会で口走った――そこまではシャロンも、きっと知っているね?」



 シャロンは素早く頷く。

 即座に箝口令は敷かれたものの、茶会は衆人環視のもと催される。人の口に戸は立てられない。

 またたく間に、王都に居を構える高位貴族間に広がり、恐慌状態に陥ったものだ。



「なぜご令嬢が、そんなとんでもない爆弾発言をしたかというとね――なんでも未来視なる、()()()()()とやらを、思い出したそうなんだ」



 シャロンは思い切り眉をひそめ、エドワードを見た。

 鋭く振り返ったために、顎先で短く揃えたシャロンの髪が、エドワードの頬を(なぶ)る。

 エドワードは慌てた。シャロンの耳元に手を当て直す。



「ダメだよ、シャロン。ここには人の目があるんだから。ボクの口の動きで、誰が密告するかわからない。ユーフラテス兄上ならともかく、アルフレッド兄上に知れたら、ボクなんかどうなることやら」



 焦りを滲ませつつも、エドワードの口調はいつも通り軽薄だ。



「これからボクの言うことは、シャロン。いつかの日まで、忘れておいてね」



 そう言うと、エドワードはシャロンに軽々しく国家機密を打ち明けた。

 人の目があるのではなかったのか、とシャロンは聞き終えてすぐ、舌打ちした。

 エドワードはシャロンの苦虫を噛み潰したような渋面に、悪びれなくヘラリと笑った。



「だからさ、シャロン。もし魔女が一つだけ願いを叶えてくれるなら、ボクはただのエドワードになりたい。シャロンに打ち負ける、へっぴり腰の軟弱エドさ!」



 エドワードのおどけた声色に、切実な色が疑いようもなく混じり、シャロンは悪態をつく他に術がない。



「魔女なんざ、大昔に消えちまった。いまさらどこを探したっているもんか」


「シャロンは夢がないなぁ。二人でおとぎ話に夢中になったこと、もう忘れちゃった?」



 シャロンは無言でエドワードを睨んだ。

 覚えているに決まっている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 空原さまの異世界恋愛は、なろう系というよりも翻訳された海外小説だなぁ、と感じます。 上質な。 エドワードの言葉が、そう思わせる要素を多分に含んでいるのですが、時折ジョンと蘭さんがチラつい…
[良い点] アルフレッドお兄様とユーフラテスお兄様が素敵すぎて( *´艸`) お名前もお美しい……!(めちゃくちゃ好みです♡) シャロンの勝気なところがたまらなく愛おしいです(*´꒳`*)
2022/03/11 20:51 退会済み
管理
[一言] むむむ 何やら伏線が蜘蛛の糸のように?? さっそく次読みます!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ