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大切なものなど、なにひとつ (2)




「その、今日は、いや、今日も、か、可愛いと、思う……。綺麗に着飾ってきてくれた、んだな。……ありがとう」



 第二王子ユーフラテスが、自身の婚約者への賛辞をなんとか言い終える。

 するとアルフレッドは、わざとらしく驚きの声をあげた。



「テスが! 紳士ぶってる!」



 それを受けたヒューバートが、本日より前に、キャンベル辺境伯タウンハウスで行われた茶会の様子について、アルフレッドに説明する。



「いえいえ、先日の第二王子殿下はあんなものじゃなかったですよ。実に甲斐甲斐しく妹をエスコートしてくださいました」


「へえ! どんなふうに? そこ詳しく!」



 王太子アルフレッドの執務室。

 キャンベル辺境伯家の魔女の血を発現させたという、その詳細について、ネモフィラから直に話を聞き出そうと登城させていた。


 ここに揃うのは、部屋の主、王太子アルフレッドと、その側近候補ヒューバート・キャンベル。

 それから第二王子ユーフラテスに、その婚約者ネモフィラ・キャンベル。

 他に侍従はおろか、暗部の者もすべて退かせている。

 国王陛下は暗部について、自らの支配下にあると安穏としているらしいが、アルフレッドはそれらを主る家について、すでに着手していた。


 アルフレッドがエメラルドの瞳を煌めかせると、ヒューバートは軽く頷き、顎に手をやった。

 アルフレッドとヒューバートが主従関係に始終するのではなく、気の置けない仲だと伺わせる仕草。

 もちろんそれは、ヒューバートの忠誠心の喪失の徴ではない。ヒューバートがユーフラテスの存在を意識して、故意にそう振舞っているだけだ。



「そうですねぇ。まず第二王子殿下は妹が立ち上がろうとすると、妹の手を取り、その背に……いや腰だったかもしれません。腰に手を回してくださいました。

「妹は第二王子殿下に支えられて立ち上がり、歩を進めるときも常にお声がけをくださいましたよ。大変細やかなお心配りを賜りました」



 ヒューバートのねっとりとした声。その調子。



「ああ、エスコートも最初のうちは通常通り第二王子殿下の腕に妹の手が載せられ、その手を殿下がまた覆う、といった形だったんですが、最終的には妹の腰を抱いていらっしゃいましたねぇ」



 本題に入る前に、からかってやろう、という悪戯心。アルフレッドとて、なかったわけではない。

 だが、これほどまで愉しそうにしているヒューバートを見るのは、初めてだった。



「いやらしいな! 下心が透けて見える!」



 アルフレッドはその魂胆について、訝しみながらも、ヒューバートに便乗してやる。



「いえいえ、それは第二王子殿下の誠実なお人柄が偲ばれる、労りに満ちた丁寧なお気遣いでしたよ。兄の目から見ても、大変健全なご様子で」


「む。僕とは違うと?」



 ヒューバートの紺碧の瞳が、糸のように細められる。



「そうですね。アルとは違いますねぇ。アルでしたら下心満載でしょうけれど」



 ――ああ、そういうことか。


 アルフレッドは眉尻を下げた。

 大仰に肩をすくませ、道化てみせる。



「まあね。僕は健全な男で、好きな子には勿論触れたい! 意地悪をして怖がらせるより、優しくしてコロッと靡いてほしい!」



 ヒューバートの流し目が鬱陶しい。



「妹の相手がアルではなくてよかったな、と初めて思いました」



 ――あの子爵家嫡男は、いまだ気がついていない様子ではありますが。

 アルフレッドの耳には、ヒューバートの揶揄うような声、その幻聴が届いた。



「ははは! しかし僕ならネモフィラ嬢を泣かせないし、優しくするよ? 劣等感を煽ることなどしないし、十分に愛されている自信を持たせてやり、唯一無二の大切な存在だと信じさせてやるだろう。どうだい? これでも僕ではだめかな?」



 優しくすることなど、アルフレッドにできるはずがないのだ。

 なぜなら、アルフレッドが大事にすればするほど、その対象は必ず損なわれることになるのだから。

 だから皆平等に扱い、慈悲深く見えるよう、いつでも微笑みを絶やさないでいる。



「それはいいんですけどね。でもアルはスケベですからね」



 かの令嬢が、男装を始めた。

 それは第三王子エドワードを喜ばせた。


 美しく花開く前の、まだ青く固い蕾。

 少女が淑女となったとき、彼女の美しさは必ずや男どもの目を奪うことだろう。


 既に貴族令嬢方は、将来、自身らの強敵となるであろう彼女に対し、敵愾心をむき出しにしている。

 それはなにも、第三王子エドワードが、彼女をよく構っているからというだけではない。

 女は男より、同性の美貌に対する警戒心が強く、その有望性について素早く見抜く。そして無残に蹴落とし、踏みつぶし、花を散らせようと躍起になる。


 第三王子エドワードは愛しの子爵令嬢の男装を歓迎した。

 それは、彼女の身を守ることであったから。なんの力も持たぬ第三王子エドワード。

 彼にできたのは、エメラルドのネックレスを贈ることだけ。

 それですら、令嬢の家が支持する王太子アルフレッドの瞳の色と同じであったから、叶ったことだ。

 エドワードはアルフレッドを隠れ蓑に使うことで、令嬢に自身の瞳の色のネックレスを贈った。

 その意図を汲まずに、令嬢がエドワードの髪の色まで身に纏い始めたことは、おそらくエドワードの予期しなかったこと。



「それは否定しない!」



 子爵令嬢の白く細い首。まだ膨らみを見せぬ胸部に臀部。活発な気性に反して、たおやかな仕草。

 それでいい。

 男の衣装に、身を包んでいればいい。

 アルフレッドの目に、曝け出す必要はない。

 エドワードの判断は正しい。



「ですよね」



 ヒューバートがしたり顔で頷くから、アルフレッドは意趣返しをしたくなった。

 品位が下がろうと、構うものか。

 どうせここにはヒューバートとユーフラテス、その婚約者しかいない。



「しかしテスだって似たようなものだと思うけどなぁ。いや? まだ精通はきていないのか?」


「アル、やめてください」



 明らかに焦った様子を見せるヒューバート。それを見て、アルフレッドの胸がすく。



「ははは! 悪いね!」


「妹に聞かせたくないんですが」



 この男はいつから、これほどまで妹思いになったのか。

 アルフレッドは内心首を傾げていた。

 ヒューバートとて、アルフレッド同様、弟妹など盤上の駒としか見なしていなかっただろうに。



「そう言わないでくれよ、僕にとっても義妹だよ! 少しくらいいいじゃないか」


「よくありません」



 妹とはそれほどまで可愛いものなのだろうか。

 よくわからない。

 だが、アルフレッドはそれでいい。

 大切なものなど、なにひとつ胸に抱いてはいけない。




 それからネモフィラは、婚約者であるユーフラテスから贈られた髪飾りについて、たどたどしく礼を述べた。

 澄んた水色と琥珀色の宝石が繊細な金細工で囲われた髪飾り。

 派手さはないが愛らしく、それでいて一目で高価なものだとわかる。


 小さな花の花弁には澄んた水色と琥珀色の宝石が煌めき、その小さな花がブーケのように丸く寄せられている。そしてそのブーケから華奢な金のチェーンが、長さを変えて幾本も連なっている。


 思わずため息が零れるほど、美しい髪飾り。


 ネモフィラの瞳の色の水色。ユーフラテスの瞳の色の琥珀。ユーフラテスの髪の色のチェーンが、ネモフィラの髪、その動きに合わせてゆらゆらと揺らめく。

 チェーンはカットボールで、光を弾いて、きらきらと輝いている。




 第三王子エドワードが、かの令嬢に贈ったエメラルドのネックレス。

 それが光を弾いてきらめくのを、アルフレッドが見る必要はない。


 大切なものなど、なにひとつ胸に抱いてはいけない。






お読みいただき、ありがとうございました!



※ こちらのシーンは『落ちこぼれ悪役令嬢は俺様傲慢王子をモラハラ予備軍と見なす』のエピソード、「19 ツンデレの克服(https://ncode.syosetu.com/n0216ha/19/)」に重なります。

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まずシャロンの型破りオラオラ令嬢ぶりにびっくりして(笑)、どんどん引き込まれていきました。理由がわかると、シャロン健気でいい子ですよねー。こんなにエドワードが好きだったら、彼が生きているとわかったとき…
「魔女の恋」関連作品ということで拝読に伺いましたが、いきなりエドワードが墓の下に。シャロンはオラオラ系令嬢だし。インパクトがありました。 「魔女の恋」のエドワードとこちらのエドワードと合わせてもぴった…
 とっても面白かったです!  最初はシャロンが(口調のこともあって)個性的なキャラで、彼女のエドワードへの愛が重い……と思っていたのですが、最後まで拝読すると、エドワードがシャロンよりも個性が強くて(…
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