プロローグ
彼女の記憶に今でも鮮明に残る。
己の魔力が、欲望が、感情が。
制御出来ずに暴走するその様を。
崩壊の序曲を奏でたその日を。
100年たった今でも。
耳に聞こえたのはまずスズメの鳴き声。
その次に葉擦れの音。
瞼を閉じていてもわかる朝日の眩しさ。
その朝の訪れを感じている人物は目を開けて、上体を起こした。
古いが上等なベッドの上に、これまた上等な寝巻きに身を包んだ彼女。
フィオナは眠たげに目を擦る。
「朝か…………?」
そんな言葉を声にして、徐々にうっすら眉間にシワを寄せて首を傾げる。
「なんか、いつもより私声高くない…?」
眉間にシワを寄せたまま、彼女は首に手をあてる。
寝る前のことを思い出そうとしながら周囲を見渡す。
洋風の豪華な部屋、と一言で片付けられる内装だったが、彼女の心の内は簡単には片付けられなかった。
「は?あれ?私の部屋じゃない?!…えっ、なん…え?」
ベッドから降りてオロオロと周囲を歩き回り、ふと姿見に自分の全身が映る。
「………えっ」
その瞬間、脳裏に走馬灯のように『誰か』の記憶が蘇る。
現代日本で暮らし、流行り病のワクチンを摂取した後容体が悪くなり、苦しみ悶えながら死んだその様を。
「私…死んだの…?だから」
『フィオナ』は姿見をガッと掴む。
「まさか、『転生』したの?」
鏡に写る自分の姿を凝視しながら『フィオナ』は再び己の記憶を思い出す。
「(とりあえず落ち着いて、私の名前は中堂朝陽18歳、少なくともこの顔と体は私じゃない…でもどこかで見たことがある…なんだっけ〜〜あ〜〜)」
しばらく考えると、やっと記憶の奥底からそのイメージを引っ張り出せた。
「『朝焼けに祝福を』に出てきた魔女先生のフィオナ!」
話題になっていて気になって買った恋愛系ライトノベルのタイトルとその登場人物に『フィオナ』こと元『中堂朝陽』はさらに詳細な内容を思い出そうとウンウンと唸る。
「と言っても、途中までしか読めてなかったからなぁ…でもヒロインとは別に主人公がいて、主人公が魔女先生のフィオナに預けられて弟子になる…のは確かだったはず」
その日はこの世界の時間軸でいつ頃だったか…と考えていると家の外から馬車が停車する音が聞こえた。
フィオナはまさかという顔で急いで平服に着替え身支度し玄関へと走る。
自分が読んだ小説の内容を思い出しながら、玄関の扉が叩かれるのを待った。
コンコンと2度叩かれたあと、他所行きの顔をして玄関を叩いた人物を出迎える。
扉を開けた先に60代ほどの執事の男性と10歳ほどと思われる黒髪の上等な服を着た少年が神妙な顔で立っていた。
運命の輪が廻り始める。
筋書きとは違う運命が。