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常日頃からの行動はとっさの時も出る

 夢はまたいつものところから始まった。動かない足、遠くから風に乗って聞こえる鈴の音。しかし今日はいつもよりも意識が鮮明としていて、すぐに意識を足に向ける。足に動け、動くはずだと念じれば、金縛りが解け走り出せる。


「シン」


 私が声を上げるとほぼ同時に、シンに手を握られる。そしてあの日を再現するかのように、私たちは走り出した。


「で、この後どうするの? この前みたいに、バッグの人形を投げつけてここから逃げる?」


 言った後に、自分が今先ほど寝る前と同じ格好をしていて、バッグなど何も持っていないことに気付く。


「やだ、うそ、そういうオチ?」

「つかんでるものを夢に持ってこれただけ、まだ上等だろ」


 確かにシンを自分の夢の中に引き込むことには成功した。しかし他に武器になるようなものも、なにも持ってはいないのだ。しかも、いくら夢の中では疲れないとはいえ、明らかに後ろから追いかけて来る鈴の音が速い。


 よほど、捕まえる直前の獲物が、目の前でうまく逃げていくことが腹立たしいのだろう。かといって、私も捕まる気などない。


「いくら現実と違って疲れないとは言っても、まさかこのまま朝まで走り続けるわけじゃないでしょうね」

「ん-、まあそれも悪くない案だな」

「どこが悪くないのよ。結局前回逃げたから、こんなことになってるんでしょ。もっとこう、建設的なものはないの? ほら、吹き飛ばすとか、燃やすとか」


 現実世界で逃げたために、夢の中まで追いかけてきたというのなら、逃げるだけでは対処できないことはすぐに分かることだろう。頑張って添い寝までしたのは、何も一緒に追いかけっこをして欲しかったからではない。一人よりは心強いのは確かだが、解決しなければ意味がないのだ。


「お、それいいな。やってみよう」


 明らかに何か企んでいるような笑みを返したかと思うと、シンはつかんだ私の手を引っ張った。体がバランスを崩し、倒れそうになったところを抱き留められる。


「な、なに。どういうこと?」


 わけの分からないまま立ち止まり、シンは私の体をくるりと神隠しの方へ向ける。抗議が届くわけもなく、私はこの時初めて自分を追いかけている神隠しの正体を見た。


 大きさはちょうど三歳くらいの女の子だ。赤い着物を着て、おかっぱ頭の。どこかで見たことがある。


「市松人形……」


 私が声を発すると、自分を自覚したことがよほどうれしかったのか、その人形の顔は歪んだ笑みを見せた。そして、距離をゆっくり、ゆっくり縮めてくる。


―リン…………リン……リン


 鈴の音だけが不気味に辺りを支配する。下がろうにも、後ろにいるシンは私の後ろにぴったりくっついたまま、なぜか動こうとはしない。シンと声をかけたくても、喉の奥がヒューという音を立てるだけで、声が出てこなかった。


 手を伸ばせば届く位置で神隠しは立ち止まると、下から私の顔を覗き込む。


「いやだ」


 声と共に、足が出た。


 そう、とっさの時に出る行動は、日頃から行っているものがどうしても多い。私の場合、最近よくシンを蹴っていたせいだろうか。恐怖よりも気持ち悪さから、思わず神隠しを蹴り飛ばしてしまったのだ。


 綺麗に弧を描きながら、神隠しが吹き飛んでいく。


「くくくくく、さすがだな。本当に怪異を蹴り飛ばすなんて。術者でも、そんな力業しねーよ」

「いや、知らないし。そんなこと言ったって、じゃあ、どうすればよかったって言うのよ」


 正解など分かるわけがないだろう。こんなものに追われたのも、抵抗するのも全てが初めてなのだから。でも冷静に考えれば、確かに足蹴りする人はそうそういないかもしれない。


「ま、これはこれで正解だな。ほら見てみろよ」


 視線をシンから神隠しに戻す。吹き飛んだ神隠しは、まるで人と同じようにまず上半身を起こし、地面に手を付くと立ち上がった。


「ひっ」


 起き上がりこちらを睨みつける神隠しを見た私は短い悲鳴を上げた。


 神隠しの顔は先ほどまでの人形の顔などではなく、まるで人間の顔の皮がはがれ落ちてしまったように、肉が見えている。その生々しさは、先ほどの気持ち悪さなど消し去るほどの恐怖だった。


「シン、シン」


 後ずさりの出来ない私は後ろへ必死に手を伸ばし、シンをつかもうとする。


「こらこら、暴れるな」


 シンは落ち着かせるように片手で私を抱くと、もう片方の手を神隠しのいる方へ伸ばす。


「……」


 シンが口の中で、素早く言葉を紡いだ。すると、伸ばした手から、薄い光が神隠しへと走る。そして次の瞬間、神隠しを包む火柱が上がる。


「きゃあ」

「大丈夫だ。あの炎は怪異にしか効かない」


 パチパチとまるで木が焼けるような音と、それに似つかわしくない肉の焼けるような匂いが広がっていく。


「ねえ、もしかして神隠しって」

 炎の中に、神隠しの顔を見た気がした。先ほどの恐ろしい顔ではなく、本当に小さな子どものような顔を。その顔は、自分が消えるというのに、炎に包まれながらも微笑んでいるように見えた。


「攫われた子さ。そしてあの中から逃れるために、鬼ごっこのように次を探すのさ」

「じゃあ、今の子は……」

「外見の怪異を千夏が剥がしたから、俺の炎が中までちゃんと入ったんだ。あの魂は、このまま空へ上がることができる」


 空へ上がる。それは救いなのかは、私には分からない。でも少なくとも、あそこに囚われているよりはマシなはずだ。もう怪異の中で、誰かを追いかけることをしなくてもいいのだから。


「……やっぱ、胸ないな」


 どうしてこの場面で、胸の話が出来るのだろうか。私を抱きしめた腕は確かに胸に当たっており、そのまま手のひらは胸そのものをつかんでいる。


「変態」


 私は思いきり、シンの足を踏みつけた。


「いってー。だから、不可抗力だろう」

「胸揉むやつのどこが不可抗力なのか、教えて欲しいわ」

「たまたまだ、たまたま。それに俺はBカップ以上にしか興味が」


 言い終わる前に、私はくるりとシンの方へ向き直り、そのまま蹴り上げる。


「ぐはっ」


 急所にクリーンヒットし、蹴り上げた個所を押さえてシンは地面へとうずくまった。

 さすがにこれは、自業自得だろう。シンなりの励ましだったのかもしれないが、全てにおいて失礼すぎる。


「私、Bカップだし」

「……」


 私は痛みで動けないシンを無視し、あてもなく歩き始めた。どうせ夢なのだから、そのうち覚めるだろう。

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