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6/21

女子高生のお部屋

 午前中まで吹いていた海風は、夕暮れ時から山風へと変わる。セミの声もやや少なくなり、窓の外を覗き込めばトンボが飛んでいた。茜色に染まった辺り一帯は、ほんの数十分もすればすぐに夜の帳が下りる。風の音だけが響く、静かな夜だった。


 私はただそわそわと窓の外を何度か覗いては、携帯に目を移す。コンビニから帰った後、やることのない私は携帯で怪異について調べていた。しかしいくら調べても、結局出て来るのはホラーという怪談話でしかなく、どこまでが本物でどこまでが作り物なのか全く分からなかった。


「まだかな……」


 時間はまだ八時を回ったばかりで、寝るには早いということは自分でも分かっている。しかし今日神隠しに捕まると思うと、居ても立っても居られないのだ。慣れてしまえば、もっと落ち着いていられるのだろうか。そう考えて、自嘲(じちょう)する。


「こんなこと、慣れるまでそう何度も起きてもらっても困るし」


 今までこんなこととは、無縁の生活をしていたのだ。今回()()()()神隠しに目を付けられてしまっただけで、別に霊感があるなどそんなことはもちろんない。


 まだかなと再び視線を窓へ向けると、窓枠に乗る形でシンが姿を現す。


「シン」

「なんだ千夏、そんな情けない声だして」

「べ、別に情けなくなんてないし。遅かったから、何かあったのか少し心配していただけよ」

「んあ、ちょっと本を読むのに手間取って……」

「うわ、変態」


 まさか私と別れてから、ずっとあのエロ本を読んでいたのだろうか。これで神様だとかいうのだから、神様の定義とはいったい何なのだろうかと考えてしまう。


「あのなぁ、文句があるなら俺は帰るぞ」

「ナンニモアリマセン」


 片言で返す私にやや呆れた表情を見せる。呆れたいのは私の方なのだが、ここはぐっと我慢する。


「手を貸してくれ」


 窓枠に乗っているのに手を貸すというのはどういうことなのだろうかと思いながらも、私はシンに手を差し伸べる。私の手が窓よりも外へと出たところで、シンが窓枠をつかんでいない方の手に触れた。そしてそのまま私の部屋へと入ってくる。


「どうかしたの? そのまま入ってくればいいのに」

「いや、招かれないと入れないようになってるんだ」


 それはどういう意味だろうか。神様がというなら、シンがという意味になる。しかしこの家がとなると、家自体が招かれない者は入れないようになっているということだ。


「それって……」

「一人暮らしのわりには、ずいぶん綺麗なんだな」


 わたしの言葉を遮るように、シンが部屋の中を物色しながら声をかけてきた。部屋の中央に敷かれた布団、そしてその横に並べられた前の家から持ってきた人形たち。あと窓際に置かれた勉強机と洋服ダンス以外は何もない。引っ越してきたばかりだからというのもあるが、なんとなくこの家で物を増やす気にはなれなかったのだ。


「物が多くないだけだよ。それに一人暮らしじゃないし。二階は確かに私しかいないけど、一階にはおばあちゃんとお父さんがいるよ?」


 こっちに帰ってきてから掃除と家事などの身の回りの世話は、ほどんどが祖母がしてくれている。帰って来たばっかの頃に手伝うと申し入れたのだが、順番がくるうと分からなくなるからと断られてしまった。それ以来、手を出さないようにしている。


 父は父で相変わらず、何をするわけでもなく自室か縁側でゴロゴロする毎日を送っていた。


「……そうか」


 シンが何かを言いかけてやめ、ただ私の顔をじっと見つめていた。その瞳がなぜか悲しみをたたえている。しかしそれも一瞬のことで、シンは私の頭に手を置き、くしゃくしゃとなでる。


「わ、ちょっと」

「んあ? いい子いい子してやっただけだろ」

「もう。子どもじゃないし」

「俺からしたら、おこちゃまだよ」


 確かに、シンがいくつかは知らないが、神様や神獣という以上、相当長生きなのだろう。


「さあ、寝るぞ。添い寝してくれるんだろ?」


 そう言うシンの顔はかなり意地悪だ。


「だって……ひとりじゃあ寝れないし。でも、変なことしないでよ」

「そんな貧にゅ……」


 いつものようにすねを思いきり蹴り上げる。


「ぐっ。だから、蹴るなって」

「失礼なこと言うからでしょ」

「千夏、おまえそれで神隠しのやつも倒せるんじゃねーか?」

「はあ? 蹴りくらいで倒せたら、苦労しないし。馬鹿なこと言ってないで、寝るよ。……とりあえず、手だけ繋いで」


 布団に座り、シンの手をつかみ座らせる。考えれば、ある意味すごい光景だ。男の人と一緒に寝るなんて、少し前なら絶対にあり得なかったのに。


「手じゃなくて、そこは後ろから抱きついて寝るシチュエーションだろう、馬鹿か」

「ヤバ、ホントに変態だ」


 頼む相手を私は間違えたのではないだろうか。


「なんだよ、フツーだろ」

「どこ目線での普通よ」

「そりゃあ、本……」


 座っていて蹴ることの出来ない私は、シンの頭にチョップを食らわす。こんなことをするのは中学生か小学生以来だろうか。やっぱり、シンは中二病だなと改めて思い知った気がする。


「ぼ、暴力反対」

「どの口が言うのよ。ま、いいよ。後ろから抱きしめる。考えたら、その方が安全かもしれないと思えてきたから」


 後ろからなんとか羽交い絞めにして寝れば、ちょっかいをかけることは出来ないだろう。手だけだと、なんだか安全ではない気がしてきたからちょうどいい。


「な、なんかドキドキするな」


 布団に先に寝転んだシンが意味不明なことを呟いている。いや、今から私たちは何をしようとしていたのだろう。痛くなる頭を押さえつつ、私はシンを後ろからそっと抱きしめると見せかけ、思いきり羽交い絞めにした。


「お、おい。ちょっと待て。せめてもう少し力を緩めるか、こうぴとってくっつくとかないのかよ」

「ないわね。さっさと寝ましょう。時間の無駄」

「これは添い寝とは言わないだろう」

「はいはい。女子高生との初添い寝で興奮しているのですね、分かります。とっとと、寝て」


 ぶつくさと文句を言うシンを無視し、私は勝手に眠りについた。


 不思議と、ずっと感じていた恐怖や不安感はシンにくっついて寝ることで、頭の片隅にも残ってはいなかった。

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