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それはどこまでも追いかけて

 夜、眠りにつくとあの日を再現するかのように、またあの場所に戻ってくる。もうこの夢を見るようになってから、すでに三日目だ。


 動かない足。そして流れる脂汗。嫌だ嫌だと心の中で何度か叫び、ようやく足が動き出す。しかしあの日のように手を繋ぎ走ってくれていたシンの姿はない。そして後ろから近づいてくる鈴の音との距離も、日を追うごとに近づいている気がする。


「もう、なんで目が覚めないのよ」


 これが夢だという自覚はある。しかし、体と夢を見ている頭とは切り離されているため、もちろん起きることは出来ない。


「夢なら、びゅーんって、飛べないわけ?」


 私の叫びだけが、誰もいない空間に響き渡る。ジメジメとした生暖かい風がまとわりつき、急ごうとすればするほど、足がもつれた。


 鈴の音はもうすぐ後ろだ。いっそ振り向いて、持っているカバンで殴れないだろうか。そう考えてカバンに手をやり、シンの言葉を思い出す。顔を見たら帰れなくなる。ただの夢だとしても、それは御免だ。


「もう、いい加減にして!」


 自分の大きな叫び声で、私は目を覚ました。自分でも驚くほど汗をかいているのがわかる。今日はあと数歩までの距離に、あの神隠しがいた。明日になれば捕まるかもしれない。そう考えるだけで頭が痛くなる。天井を見上げると、その木目すらどこかに怪異がいるのではないかと思えるほどだ。


「朝になったら、とにかく行ってみよう」


 私はシンの顔を思いだしつつ、もう一度眠りについた。


 残暑と呼ぶにはまだ早く、まだ九時を回ったばかりだというのにすでに日差しは強い。いろいろなお供えを両手いっぱいに持ち、私はシンがいると言っていた小さな祠へ向かった。


 家から数分の距離とはいえ、背の高い青々とした竹が密集し、先ほどまでの日差しが嘘のようにさえ思える。この前シンといた時には気づかなかったが、ここだけ空気が違うようにすら思えた。


「ん-」


 お酒に油揚げ、ジュースにおつまみ。何がいいのか分からず、とりあえずその小さな祠に少しずつ供える。そして誰もいないのに叫ぶのもおかしいと思い、その場にしゃがみ込み、手を合わせる。心の中でシンの名前を呼び、どうか出てきてくれないかと願った。


 しかしどれだけ待っても、何も状況は変わらない。


「っていうか、深淵をのぞく時、また深淵もっていうなら、見てるんじゃないの?」


 だとすれば、なぜ出て来ないのか。幾度も助けようと思わないということか、それともお供えもの自体が気に食わないのか。


「……」


 後者と考えた私は先ほどのお供え物を取り払い、代わりに一冊のエロ本を置く。自分で言うのもなんだが、これを購入するのにどれだけの勇気がいったことか。この小さな町では本屋は駅前の個人店しかないため、わざわざ四つ先の町まで電車で行き、女性店員さんなのを確認してから購入したのだ。


「シン、これならいい?」


 すると今まで誰もいなかった空間にシンの姿がある。よくある、どろんと煙がではなく、まるで光の屈折などで見えていなかっただけで、初めからそこにいたように。


「シン」

「おい千夏、この前のアレは何なんだよ」


 感動の再開とはほど遠く、シンはやや怒っているようだった。灰色の大きな瞳が、明らかに不満を訴えている。


「えー、アレってなんのことだっけ?」

「パンツだよ、パンツ。なんだよ、あの白い木綿のデカパン。おかしいだろ、今どき小学生でもあんな無地のパンツなんてはくかよ」

「やだシン、もしかしてロリコン?」

「ちっがーう」

「だって小学生のパンツを知ってるあたり、やっぱり……」

「千夏、おまえこそそうやって話をすり替える気だろう」


 バレてたか。この前お供えをする時に、やはり自分のパンツを持って行くのは恥ずかしかったため、おばあちゃんのパンツを供えてみたのだ。怒るかなとは思っていたが、さすがにおばあちゃんのパンツでは無理があったか。


「違うのよ、やっぱりお腹が冷えるといけないから、今女子高生の中では毛糸のパンツや綿のパンツが人気なのよ?」

「夏だぞ、今」

「ほら、クーラーで冷えるから」

「……そんなもんなのか」

「そんなもんなのよ」


 ジトっとした目で見てはいるものの、ほんの少しは信用したようである。毛糸のパンツは確かに今履いている子は多い。もちろん、冬限定だし、だからと言ってあのパンツは私の物ではないのだが。


「だからほら、今回は頼みごとするのに悪いと思って、シンの好きそうな本をわざわざ電車に乗って買ってきたのよ」

「ああ……、まぁ、それならいいんだが。ただ、あわよくばと思って先に酒とか供えなかったか?」


 なんとも勘が鋭い。手持ちには本はこれしかない。この先もし、また頼ることがあったら困ると思って先に他の物を出してみたのだ。


「そんなことないよー。暑いし、やっぱりこっちのがいいかなって思って先に出してみただけだよ。初めから騙す気だったら、わざわざ本まで用意しないし」


「まあいい。で、わざわざこんなもんまで用意して、俺に何の用だったんだ?」

 

 私はシンに、神隠しから逃れたあとも続く夢の話を聞かせ始めた。

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