力の暴走
「自転車なんて持ってきたから、てっきりあの事故の件を言いに来たのかと思ったわ。少し感情的に言い過ぎたわ。ごめんなさい」
「いえ、いきなり押しかけてすみません。そして、今から少し変なことを言うのですが」
そこまで言って、一度深呼吸をする。
「今日、この自転車が福引きで当たって、あの交差点に行ったんです。そうしたら……。あ、あれ? 赤ちゃんの泣き声が」
「ああ。少し待ってて下さる? あの子が亡くなったあとに生まれた妹なの。変な時間からお昼寝をしたと思ったら、起きたみたいね」
さなちゃんの妹。あの事故の後に生まれたのだろう。あのやつれ方は、さなちゃんを亡くしたこともそうかもしれないが、育児に疲れてと考えた方がいいのかもしれない。
それなのに、今さなちゃんのことを彼女に伝えるということは、ある意味酷なことだ。さなちゃんの死を乗り越えて幸せになろうとしている人に、死んだあとの未練があの場に残っていたなんて。
「……どうしたら……」
思わず、迷いを口にする。
「馬鹿か……」
シンが声を上げた瞬間、後ろから突風が吹いてきた。
「な、なに」
髪を押さえつつ振り返ると、自転車の上にいたさなちゃんのモヤが大きく震えていた。そしてその周囲から風が吹き出している。倒れないようにと自転車を戒が両手で必死に支え、シンが私をかばうように、前に立っていた。
「さなちゃん」
「受け入れられないことで、暴走し始めたんだ。だから言っただろう。どうなっても知らないぞと」
受け入れられないのは、母になのか、自身の望みになのか。しかし、妹が出来たということで自分の居場所がすでにないと理解してしまったのだとしたら……。この暴走を招いたのは、私だ。
シンは初めからこれを警告していたのに。それでも今、私を庇おうとしている。でも、それでは絶対にダメ。私が言い出したことなのだから、私がやらないと。
吹き出す風は、震わす心を表すようにだんだん強くなっていく。そしてそれは、モヤであるさなちゃんを台風の目として大きな輪を作り出していった。
「……くそっ」
その風圧から、戒がとうとう自転車を手放す。それでも自転車はさなちゃんの支配下にあるように、この風の中でも倒れることはない。
「さなちゃん、落ち着いて。悲しいのは分かる。でもお母さんはあなたを忘れたわけではないのよ」
声が届くかなど、わからない。こんなになっても、私はさなちゃんの願いがわからないのだから。でもそれでも、言葉を紡がずにはいられなかった。
「さなちゃん、ダメだよ。こんなこと。悲しくても、辛くても、これはダメ。さなちゃんが壊れてしまう」
立っているのがやっとでも、私はさなちゃんへとの距離を縮めていく。一歩ずつであっても、なんとかしてさなちゃんのところまでは行かないと。
「千夏、ああなったらもう、人の言葉など通じないぞ」
「でもやってみないとわからないし。ここに連れてきてダメなら他の方法を探すって、私が言った。だから」
「それは暴走する前の話だろうが」
「暴走してたって、してなくなって関係ない。やるって言って途中で放り投げるのは卑怯だもの。まだダメだって決まったわけじゃない。あの子は悲しくて泣いているだけ。私たちの言葉も絶対に通じてるもの」




