地に残る未練(五)
「な、え、あ」
「うちになんか用か」
一族の家だとは思っていたが、まさかよりによって戒の家だったとは。別に私は嫌っているわけでもないのだが、先ほどの指名の件がある以上なんとなく気まずい。しかし、そんなことをしている間にも、どんどん時間が過ぎていくもの事実だ。
「あ、ごめん。あなたの家って私、知らなくて」
「知らなくて? おまえ……」
急に戒は眉間にシワを寄せ、怒ったような表情となる。一族だからといって、私は帰って来たばかりだというのに、なにもそんなに怒らなくてもいいのに。
「悪かったわね。いちいち一族のこと全て、把握してなくて」
「……そうか。それでなんの用なんだ」
「あ、そう。この地区の地図貸して欲しくて。あれなら、詳しく誰のおうちか分かるようになっているから」
「迷子か」
呆れたように言われ、少し考える。もしかしたら、彼に言えばさなちゃんの家のことなど教えてくれるかもしれない。そうすれば、さなちゃんにとっては……。と、そこまで思い、辞める。さなちゃんのためという名聞の元に、自分が楽をしようとしている気がしたから。
「うん、迷子と言えば迷子なの。だから地図貸して欲しい。暗くなる前に行きたいから」
自分が引き受けると覚悟を決めた以上、やっぱり彼を巻き込むのは卑怯な気がする。地図さえあれば、とりあえず家にはたどり着けるだろう。その先はそこから考えればいい。
「ちょっと待っていろ」
彼は案外すんなりと家の中に地図を取ってきてくれた。そう考えると、こんな風な関係性でなければ普通の親戚として仲良く出来るのかもしれない。
「ほらよ」
「ありがとー」
彼から地図を受け取り、その場で広げる。この前の道を挟んで川へと進む方角に、さなちゃんと同じ名字の家があった。おそらくここで間違いないだろう。あの重い自転車さえ動けば、10分もかからず着くだろう。動けば、の話ではるのだが。
「場所分かったから、これ、返すね」
「……で、どこに行く気だったんだ?」
「え。ほら、迷子って」
「だれが、迷子なんだ。おまえ、そんなに行くようなところもないだろ」
「ま、迷子を届けるのよ」
そう言いつつ、自然と自転車のある方角を見る。時間がないのに、このまま付き合ってなどいられない。
「迷子を連れたやつが、迷子になると困るからな。おれもついて行く」
「いやいやいやいや、大丈夫ですよ。一人じゃないし」
ついうっかりというとは、おそらくこういうことを言うのだろう。そのあとに、誰と? と言葉が続くことなど分かっていたはずなのに。一つを隠そうとして言わなくてもいいことを言ってしまったきがする。
「ここへ戻ってきたばかりだというのに、もう知り合いが出来たのか」
「ま、まあ。ほら、人見知りとかしないし」
だんだん自分でもなにを言っているのだろうかと思えてきた。
「はぁ……。とにかく、行くぞ。そっちなのだろ」
「ダメだってば。ホントにダメ。待って、待って」
私の静止など聞くことなく、戒は私が見ていた先へと進み出した。




