地に残る未練(三)
「あのなぁ、霊魂と怪異とは根本が違うんだ。怪異とは人には見えずに存在するモノだが、霊魂は死んだ後に残る思念体に過ぎない。生きていた頃の意志も、次第に薄れ全く別の物へと変化していく。そんなモノと約束を交わすことが、いかに危険な行為なのかを少しは考えろ」
「そんなこと言ったって、可哀相でしょ。それに間違えさせてしまった私にも責任があるんだもん。それにこのままにもしておけないし」
なんとかなるなんて、そんな楽観的なことを考えてるわけではない。しかし、かと言ってこのまま見捨てることもできそうにない。それが本音だ。
夕暮れにさしかかり、視線を合わす私たちの間を山風が吹き抜けていく。昼間までのジトジトしたものではなく、少し秋を思わせる風だ。
「あー。俺はどんな事態になっても知らないからな」
先に視線を逸らしたのはシンだ。そしてそのまま、後頭部をガシガシとかく。
「分かってる、私は言い出したことだから。ごめん、ありがとう。心配してくれて」
そうとなればもう、やることは決まっている。この子が帰りたがっている家まで送り届けることだ。そのためには、まずこの子が誰で、どこに住んでいたのかということになる。
「さすがに、名前は分かんないよね。でも亡くなったっとこは新聞とかに掲載されているはず」
私は携帯から地域新聞へとアクセスする。子どもが亡くなるほどの事故ならば、絶対に掲載されているはずだから。
「事故、事故……交通事故…………あった」
今からちょうど一年半前の記事に、この近所に住んでいた子どもが居眠りのトラック事故に巻き込まれたと書かれていた。地方紙なだけあって、亡くなった子どもの名前も書かれている。
「さなちゃん」
私が名前を呟くと、そのモヤの形が変化する。そう、ちょうど子どもが自転車にちょこんと乗っている影ののうに。
その姿を見るとどうやらそれで間違えなかったようだ。
「良かった。これで名前がわかったか、あとは届けてあげれば、ね?」
そう言いながら、シンを見上げたが相変わらずシンは固い表情のまま。
「シン?」
「それが、その子の願いだと言ったのか?」
「え?」
「どうして、母親の元へ届けることが終わりとなる? それが望みだと言われたのか、と聞いているんだ」
シンに言われ、私は初めて自分が大変な思い違いをしていることに気づいた。
私はただ、おうちに帰りたいのだと思った。でもそれは、所詮私が考えたこの子願いにすぎない。本当はこの子がなにを考えて、なにを思っているのかなんて、分かりはしないというのに。




