本能での拒絶
すみません。先に言います。短いです。
でもどうしてもこの中間が必要でした。
「ただいまー」
ガラガラと音をたてる玄関の扉を開けても、私の言葉に反応する人は誰もいない。まだ昼間だというのに、家の中は薄暗くただ静まり返っていた。玄関の扉に手をかけたまま、私は動けないでいる。
いつの頃からだろうか、家の中に入るこの一瞬を戸惑うようになってしまったのは。あるのは息苦しさと、入ってはいけないものの中に入るようなぞわぞわしたこの感じ。
「……」
自分の家なのに、全身が入ることを拒否している。そんな感じだ。道祖神に、本能で嫌なものは分かるようになっているという言葉が耳から離れない。
「ただいま」
唾をのみ込み、自分自身にその言葉を言い聞かせてから中に入った。玄関からひんやりとした風が抜けていく。縁側では、風鈴が涼やかな音を立てていた。
渡したゆっくりと廊下を抜けて、ひとまず台所を目指す。
「本家から帰ってきたんかね」
「うん」
奥の暗闇からすっと現れた祖母に驚きつつも、私は祖母の顔を確認した。祖母が人であることは間違いない。だとしたら、この違和感はどこから来るのだろうか。この家なのか、それとも別のなにかなのか……。
「おばあちゃん、お父さんはまたどこか出かけたの?」
「さあね、さっきどこかに出かけたようだけど。おそらく本家じゃないかねぇ」
先ほどの私が出席した本家の集まりには、父は来ていなかった。しかし祖母の言う通りだとすると、集まりの後で本家に呼ばれたということか。
最近、あまり父と顔を合わせていない。父はいつも縁側から外を眺めるか、どこかへ出かけることが増えてしまった。部屋へ行ってもいないことが多く、祖母いわく遅くに帰ってきているようだ。もっとも、顔を合せたところで父との会話があるわけでもないのだから、気にすることもないのだろう。
「千夏、本家はどうだったんだい?」
「長が、私か従兄の戒を次期長に指名することにしたって」
「そうかい、そうかい。それは良かった」
「ねえ、おばあちゃん……。ううん、なんでもない」
喜んでいる祖母に、水を差すことはどうしても出来なかった。
長になんてなりたくない。そう言い切ってしまうのは簡単だけど、この場で言うようなことではない気がしてそれ以上なにもいうことは出来なかった。
「今日、夕飯何だった? 足りないものあるなら、私買いに行ってくるけど」
「そうかい……。それなら、お醤油が足りなくなってきたから、行ってきてくれるかい?」
「もちろん」
家から出られると思うだけで、ほっとしている自分がいた。
「……なんだそれ」
誰も答えることのない言葉を、一人吐き捨てた。




