6-3-1.集合場所【山田茄々子】
合宿の行き先が決まってから憂鬱な日々が続く。私としては普段と変わらぬように振舞っていたつもりだったが、部長は何か気がついていたのか、いつもより何かと私の事を気にかけてくれた。
そして合宿当日。
「やー、皆集まったねー。えーっと……よしよし、陣野烏丸以外はちゃんと来てるね」
部長が集まった部員を見回してウンウンと頷いている。その横には眠たそうに欠伸をする男性教諭の姿があった。確か名前は白石先生だ。どうやら柴島先生は親族の訃報があり、急遽参加できない事になったらしい。そこで理事長からの指示があり白石先生がオカ研の合宿を引率する事になった様だ。
白石先生はオカ研の顧問でも副顧問と言う訳でもない。なぜ彼が引率する事になったのかは少し疑問に思った。
集合場所は霧雨市駅のバス停。天気は晴れ。突き刺さるような日差しの中、駅のロータリー各所に植え込まれている木々から五月蝿い蝉の鳴き声が響いてくる。各々、必要な荷物を持ち火徒潟町行きのバス停に集まっている。皆私服で普段見ることのない姿なせいか、どこか新鮮だ。
皆がそれぞれ、出発前の談笑をしている中、私はボーっと一人バス停の時刻表を眺めていた。
「山田先輩」
すると紅谷さんが話しかけてきた。
「山田先輩、荷物が少ないですね……着替えとか大丈夫なんですか?」
紅谷さんは私が手に持っていたバッグを見つつ、少し心配そうに声をかけてきた。
確かに私の荷物は他の部員に比べて少ない。元々夏服なのでそこまでかさばる事になる訳ではないのだが、私の場合はどの道白鞘家に寄らないといけないという事もあり、荷物の一部を父に車で運んでもらったのだ。
「まぁ、私は……あっちに色々とあるから……」
正直説明するのも面倒臭いので、適当な返事で誤魔化す。
「あ、そ、そうですよね……」
そして、それ以上会話が膨らむ事もなく二人の間に沈黙が訪れる。いつもの事だが、こうなると分かっているだろうに、なぜ紅谷さんは私に話しかけてくるのか。
しかし、そんな状況でも紅谷さんは少しニヤつき私の傍を離れない。一緒にいるだけでも――と言う事なのかもしれないが、そんな状況に少し気まずさを感じてしまう。
そうしながらボーっとしていると、バスがこちらに向かってきて横付けにして停まった。
ブザー音と共にドアが開き、中から運転手が降りてくる。運転手は面倒臭そうな目つきで私達の団体を一瞥すると、一目散に喫煙所の方へ向かって歩いていってしまった。
火徒潟町行きのバスは元々本数が少ない。まだ出発まで十分くらい時間がある。する事もないので、バス停のベンチに腰掛け手持ち無沙汰で周りを眺めていると、タクシー乗り場の方に見覚えのある人物が立っているのが目に入った。
麦藁帽子を被り、水色のブラウスに黒いロングスカート。なんといっても特徴的なのは、その真っ白な白髪のロングヘアーである。
向こうも遠くからの私の視線に気がついたのか、こちらに視線を移して軽く手を振ってきた。
そんな相手に対して、私も小さく手を振り返す。すると、かの人物は乗り場に着いたタクシーに乗り込み行ってしまった。
大悟伯父さんがくれた写真を思い出すと、その特徴的な髪色からもすぐに浮かんでくる。確かされは、母とは腹違いになる妹の方で、名前は白鞘琴子さんだ。
彼女とは祖父の葬儀の時に一度会っただけだが、気さくで明るい人だった。親戚の名前も言えずに長男夫婦に陰口を叩かれて落ち込んでいた私を慰めてくれた。優しい人だ。
普段は日本各地を放浪していて親族会合にも滅多に顔を出さないらしいが、この街にいるという事は今回の会合には参加するのだろう。そう思うと、味方が一人増えたようで、張り詰めた気持ちが少し緩くなったような気がした。