6-2-1.居留守【椎名乃恵】
ピロリンピロリン……とインターフォンが鳴っているのが私の所まで聞こえる。
私は外、相手は中。何度か鳴らしているのだが、全然出てこない。この時間なら部屋にいるはずだと聞いてきたので、部屋の中にいるのは間違いない……はずだ。
一応オートロックのマンションだという事だったのだが、裏口は暗証番号スイッチ式の扉だと言う事で番号は聞いており、そこから入り部屋の前まで来ているのだ。共用のインターフォンではなく部屋前のインターフォンを直に推せば必ず出てくると聞いていたのに。
「うー……何やってんのよ……」
表札に名前の記載はない。本来表札を入れるはずの場所には真っ白なプレートがはまっているだけ。斯く言う私の部屋の表札も真っ白なのだが……。
まぁ、ワンルームマンションではよくある光景だが、表札に名前が無い上に出てこないとなると、本当にこの部屋であっているのだろうかと不安も過ぎってくる。
私に指示をくれた上司の言葉を疑いたくはないのだが、いつまでも出てこない訪問先の相手の事を考えると少々疑念が生じてきてしまった。
少し苛つきはじめてきた。何回鳴らした。三回……いや、もう四回か。赤鷺さんからの紹介じゃなかったらもうとっくの昔にドアを蹴飛ばして帰っているところだ。
『まぁ、なかなかのイケメンだから、仲良くしてやってくれ』
赤鷺さんの言葉が頭を過ぎる。そうだ、イケメンだ。ここは我慢して出てくるまで根気よくインターフォンを鳴らすのだ。
きっと寝ているんだ。そうに違いない。程々にだらしない男となると、それだけで母性本能をくすぐるじゃないか。
ピロリンピロリン……。
そう思いつつ私の指がボタンを押し込むのは五回目。
私が誰を尋ねているかと言うと、次の任務のパートナーとなる相手だ。
名前は江里勘太。古風な名前ではあるが、外見はそうでもないらしい。どんなイケメンかと期待に胸を膨らませ意気揚々と出向いてきたのに、未だにお目にかかれていない。写真の一つでも見せてもらっておけばよかった。
「……」
それにしてもどうしたものか。上からの指示で来ている訳だから、おいそれと「いませんでした」と帰るわけにも行かない。
「オイコラテメェ! いるの分かってんだから出て来いやゴルァ!!」
ついつい大きな声が出てしまった。しかし、その大声の甲斐あってか、ガチャリと鍵の開く音が、そして、ノブのまわる音に続きドアがゆっくりと開く。そう、隣の部屋のドアがね。
「……」
「……あ、はは……」
隣の部屋から聞こえる度重なるインターフォンの音と私の叫び声に不審を覚えて少し覗き見したのであろう。チェーンをかけたまま開いたドアの隙間から隣の住人が顔を覗かせていた。
何とか笑顔を作りつつドアの隙間から覗く隣の部屋の住人に軽い会釈をする。
「そこ、今誰も住んでない空き部屋っすよ……」
隣の部屋の住人である眠そうそうな顔をした少年がそういい、怪しむ視線をこちらに投げかける。Tシャツに緑色のスラックス……。これは近くにある霧雨学園の制服のズボンだろうか。
「えっ!? 嘘?」
慌ててメモを取り出し部屋番号を確認するも、合っている……と思う。なぜ「思う」かと言うと、メモ紙を服と一緒に洗濯してしまって文字がよく見えなくなってしまっているからだ。しかし、私の記憶によると……いや、なぜだ。赤鷺さんが私に嘘をつくなんてないはず。しかし、ここが空き部屋となると江里という男は一体何処に……。そうしてワナワナと手を震わせている間にも、隣の部屋のドアがゆっくりと閉まっていく。
「ちょ、ちょっと待って!」
ここで彼を逃してはここに住んでいるはずの江里の情報を入手する手段がなくなってしまう。聞いた部屋に住んでいて今いないとなると、隣の部屋なら何か知っているかもしれない。
そう思い、残り二センチくらいの隙間になったであろうドアの隙間に素早く手を突っ込み無理矢理こじ開ける。しかし、チェーンがかかっていた為にガチャンと激しい音を立ててドアは途中で止まってしまった。
「ちょ、なんスか」
そんな私の突拍子もない行動に目を丸くし驚く少年。その目は明らかに不審者を見るめである。
「いや、ちょっと聞きたい事が……」
な、なんだこのガキ……私が手を挟んでいるというのにグイグイとドアを閉めようとしている。必死に抵抗して開けてはいるものの、普通、女が手を挟んでるドアの隙間を閉めようとするか?
「聞きたい事?」
少年はそう言うとドアを閉めようとする手を緩めた。
「隣の部屋に江里って人住んでなかった? ここの住所って聞いてきたんだけど、今君ここが空き部屋って言ったよね!?」
「ちょっと待って……とりあえず手、離して」
私の問いに、少年は眠そうな目を擦りつつそう言ってきた。そして、私がドアの隙間から手を離したのを確認すると、一端ドアを閉めてチェーンを外し、再びドアを開けてくれた。
「江里ってウチですけど、何か用っすか」
「えっ」
どうやら私の記憶が間違えていた様だった。