6-1-3.家系図【山田茄々子】
玄関の鍵を開けて家に入る。誰もいないと分かっているから「ただいま」を言う事はない。靴を脱ぎ真っ先に向かうのは自分の部屋。
部長に誘われてオカルト研究部に半ば強引に入部させられてからは、家に帰ってパソコンに向かいオカルトめいた情報を少しだけ調べるのが日課になっている。特にオカルトが好きという訳でもないのだが、SNSを交換している様な仲のいい友達もいないし、他にする事もない。
「茄々子か、早かったな。お帰り」
二階に向かう階段に向かって少し歩くと、突然リビングの方から声が聞こえてきた。視線が下ばかり向いているので気がつかなかったが、リビングのドアからは明かりが漏れていた。少し驚きリビングを覗くと、父が珍しく早い時間に家に帰っていた。
思い込みとは嫌なものだ。玄関に父の靴があるという違和感にも気がつかなかったらしい。
「……ただいま」
とりあえず返事を返し数秒の間父の背中を見ていたが、それ以上の会話はない。父は医者だ。近くにある医療法人銀聖会穿多記念病院という病院で常勤の外科医をしている。家にいても私と会話する事は殆どない。あっても義務的な会話ばかりだ。今も、テーブルに向かい何か難しそうな書類を眺めている。
とりあえず返事はしたので自室に戻ろうと身を引くと、父がこちらに顔を向けることなく口を開いた。
「茄々子、白鞘家の人達の顔や名前はきちんと覚えているか? 少しぶりだが、忘れたりしてないだろうな。葬儀の時みたいに恥をかかされるのだけは勘弁してくれよ……」
「ごめん……。でも、大丈夫。大悟伯父さんがあの後、簡単な家系図のコピーと写真を何枚かくれたから……」
大悟伯父さんは私の亡くなった母の兄に当たる人物だ。比較的私には優しくしてくれる人物である。
「大悟さんが?」
「うん、覚えておかないと……後で何言われるか分からないからって……。特に長男夫妻と戦邊夫妻は五月蝿いからって……自分もたまに子供の名前とかを一応確認するって言ってた……」
「そうか……」
とは言ったものの、正直全員はまだ覚え切れていない。顔と名前が一致しない人が何人かいる。家系図の中には亡くなっている人も何人かいたが、それでも会合に出席するであろう近親者の数を見ていると頭が痛くなってくる。
貰ったコピーを思い出す。それには特に注意すべき所にはフリガナや要注意人物にはチェックが入れてあった。何に注意なのかはよく分からないが、大悟伯父さんなりに気を利かせてくれたのだろう。すごくありがたかった。
「それでどうするんだ? 確か部活の合宿と重なっているとか何とか言ってたな」
「うん……火徒潟町に行くのは部活のみんなと行く……。会合の時間になったら部活の方は抜けてそっちに行くから……」
「すまないな……出来ればそっちに集中させてやりたかったんだが……場所が近いのだけが不幸中の幸いか」
「……部長も了承してくれたし大丈夫だから……それに、宿泊場所も部の方に泊まるから……そっちの方が気が楽だし」
「そうか。なら大丈夫だな」
「うん……」
そしてしばらくの沈黙。普段もあまり会話がないせいか、父娘であるというのにこの空間がとても気まずい。場を離れていいのかどうか迷っていると、父がこちらを向き口を開いた。
「そうだ、晩御飯はどうする? 久しぶりだし外にでも……」
「……ううん……パン屋でサンドイッチ買ってきたから……」
そう言って手に持つパン屋の袋を少し持ち上げ父に見せると、父は「そうか」と少し残念そうにまた向こうを向くと、テーブルの上にある書類の方へと視線を戻した。
サンドイッチは冷蔵庫にでも入れて、父と一緒に外食に行ったほうが良かったのだろうか。
私には父の感情が良く分からなかった。