6-9-3.たよりない【椎名乃恵】
「んで、連絡してきたって事は何か情報あったの……?」
通話相手はとりあえずパートナーの江里。クソ忙しい状況の時に何の連絡だろうか。
降りしきる雨の中、警察やなんやかんやでてんやわんやだと言うのに、たいした情報もないで通話をかけてきたのなら後で合流した時にしばき倒してやる。
『ん、ああ』
なんとも間の抜けた返事が返ってくる。こいつは本当にやる気あるのだろうか。
最初見た時から頼りなさそうな奴だとは思っていたが、それは私が感じた印象だけではなく本当に頼り無い奴なんじゃないだろうか。
「こっち今、大変なのよ。使用人の巻街って男が遺体で見つかって。傷口の状態からして、私達の探している屍霊に間違いないと思うんだけど」
私がそう言うと、数秒江里の返事が返ってこなかった。
あちらでもなにかあったのだろうか。
『えっ? そっちに屍霊出たの? いつ? どんなやつ?』
「いっぺんに聞くなっ。……えーっとね、屍霊の姿は誰も見てないっぽいけど、殺されたのは二時間くらい前よ」
『二時間前……』
「そう―――私も悲鳴は聞いてすぐに飛び出て見に行ったけど、屍霊のハッキリとした姿は確認できなかったわ。物陰に逃げ隠れる一部がチョロっと見えただけでその後見失った。すっごい短時間の出来事だった。短時間で事を済ませて私の目にすら留まらないってんだから相当すばしっこい奴だわよ。これは』
私が駆けつけた時には、既に巻街は腹を切り裂かれ内蔵を引きずり出されて事切れており、巻街を殺したであろう屍霊は、丁度白鞘家の壁を乗り越えた所であったようでスルリと消え行く着物の切れ端が少し見えただけだった。
今日は月曜日。私の能力は月曜だとすごく目立つ。それに、私の後ろからは工房の人も走ってきていたし、土砂降りの雨の中で視界も悪く今追いかけるのは得策ではないと判断して追いかけはしなかったが、雨の中でのその動きであったし、相当素早い奴であるのは間違いないと感じる。
「椎名さん、ちょっとこっち手伝ってくれるかしらー!?」
栞の声が工房の奥から聞こえてきた。
他の職人達が警察の対応をしている為に手が足りないのだろう。こんな状況の中でも仕事をしなければならないなんて少しどうかしているのではと思ってしまう。
「あ、はい、すぐ行きますー」
そう返事して、通話相手の返事を待つものの、江里は何故か無言である。
数秒なんてものじゃない。十秒……二十秒は経っているだろうか。この忙しい中、大した情報を此方にくれるでもなく無言になるなんておちょくっているのだろうか。そうだ、コイツは最初から私の事を余り目上の人として捉えて見ていない。いい加減、私も少し苛ついて来た。
「ちょっと江里、何黙ってんの。こっちは時間ないんだけどー。呼ばれてんだけどー」
募る苛立ちを抑えつつも、口調には少しでてしまう。
『ごめん、乃恵ちゃん、後でまた通話かける』
「え、ちょ……」
ようやく返事をしたと思ったらこれだ。マジでおちょくられてんじゃないだろうか。
しかし、ここで苛立っていても仕方がない。さっさと栞の方へ行かないと怪しまれてしまう。
そうしてスマホをポケットに突っ込むと栞の方へと足を向けて駆け出した。
その後、栞と作業場の掃除を終えて、作業場を後にする。
降りしきる雨の中、任務中に暫く世話になる事になった博物館館長の自宅へと向かう。
傘に当たる雨粒の音で、周りの音もよく聞こえない。
そんな道中だった。