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6-8-1.三十三年前【巻街辺平太】

「巻街さん、私、夢を見たの」


 私が運んできた薬と水を枕元に置くと桐乃様が突然に話を始めた。

 白鞘家三男である龍乃丞様をお出産されてから体調を崩し、その後に病状が悪化してからは「ありがとう」と一言の礼を仰られるだけの日々だったが、この日は珍しく体調も良いようで、私に語りかけられたのだ。


「何の夢でございましょう」


「孫の夢……」


「孫、ですか……?」


 桐乃様のお子様は長男の穣治様でもまだ小学生である。孫とは一体どう言う事であろうか。

 疑問を抱きつつも平静を装い桐乃様の方を見ていると、それを察したのか視線をこちらに向けられる。


「フフッ、不思議そうな顔をしているわね。でも、私もそれは同じ。不思議な夢だったわ」


 桐乃様はそう言うと上半身を起き上がらせ、にこやかに此方に語りかけられた。

 その笑顔は引き込まれるような透明さがあり、私も幾度となく心を奪われそうになった。しかし、美人薄命とは言ったものだ。桐乃様は状態からしても先はもう長くはない。気休め程度に薬は服用しているが、そんなもので治るものではないからだ。それは私も知っている。

 平八様からは口止めをされているが、桐乃様も恐らく薄々は気付いておられるであろう。


「それは……一体どんな夢だったのでしょうか?」


 恐らく私が聞かなくとも、桐乃様は夢の内容を話すつもりだったのだろう。そんな雰囲気ふんいきだった。


「私はいつものようにこの場所に寝ていたの。でも、不思議と身は軽く感じて上体を起こして、開いた障子の外を眺めていたわ。心地が良いほどの快晴の空に、庭の木々からは小鳥達の囀り声が聞こえてきた」


 そう言って今語られた事と同じ様に視線を外の庭に向ける。今日の天気は生憎の雨だ。くれ縁の戸は閉められており、戸に嵌められた硝子も雨粒が滲んで外がよく見えない。


「そんな中、庭に人の存在を感じたの」


「それが……」


「ええ。でも姿は見えなかった。存在を感じただけ。でも、その存在は確かに私の孫だと心の中で感じたの。そして、私はその子に語りかけたわ」


「なんと語りかけられたのでしょか……」


 私がそう聞くと、桐乃様は視線を自分の手元に戻す。


「私はね、日頃常々、自分の子達が犬神の巻物を受け継ぐと言う事に不安を感じていたの。穣治は少し傲慢で人を見下す所があるし、大悟は白鞘家の縛られる生活に嫌気が差している様にも見える。それと、茄癒も龍乃丞は私に似て、生まれながらに体が弱いでしょう」


 その言葉に「はい」と頷く事は出来なかった。使用人である自分が、主人のご子息達の事をそう言う風に肯定してしまう事は出来ないからだ。


「だからね、私言ったの。『犬神の巻物を平八さんから受け継ぐのはあなたの役目。私と平八さんの子供達ではなく、孫であるあなたが受け継ぎなさい』と。『平八さんが残すであろう遺言は一時的なものだから、平八さんが他界した後、誰に相続されようと必ずあなたが受け継ぎなさい』と。『それが白鞘家を繁栄させる為に必要なあなたの使命であり運命である』と……そして……」


 桐乃様の声が徐々に小さくなっていく。また少し具合がよく無くなったようだ。


「そして……?」


「いえ、これだけは私の内に留めておきましょう。私だけが気付いた犬神の巻物の秘密。先祖代々、誰もが気付かなかった初代当主が隠した秘密……」


 巻物については私が分かるはずもない。実際に触ったことはおろか、見た事もないからだ。


「孫の姿は見えなかったし声も聞こえなかったけど、孫は確かに返事をして頷いたように感じられたわ」


 桐乃様はそこまで話すと再び身を横にした。


「桐乃様のお頼みごとであれば、お孫様も快く受け入れてくださることでしょう」


「長い長い先の話になると思うけど、巻街さんにはそれを見届けて欲しいの。そして、私の墓前に報告して欲しいの。誰が、犬神の巻物を受け継いだのかを……」


 その三日後、桐乃様は自身の部屋で、見送る者も無く静かに他界された。

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