6-7-4.見習い【椎名乃恵】
「本日より新しく工房で見習として働く事となった椎名乃恵さんです。皆さん、宜しくしてあげて下さいな」
白鞘邸の隣にある人形工房。そこで何故か私は見習として働く事となった。当初は白鞘邸での雑用アルバイトか何かと思っていたのだが、これでは白鞘家について調べる事が出来ない。
江里には言っていなかったが、この街に出没している屍霊と思わしき存在は、白鞘平八が製作した人形に関係しているかもしれないと言う事だったからだ。工房にも人形は幾つかあるかもしれないが、屍霊に関係するとなると白鞘邸に保管されているような大事な人形であると踏んでいた私は、出鼻をくじかれてしまった形となってしまった。
正直言って、江里は頼りにならないと思っている。私一人ででも何とか情報収集を纏め上げないといけない。
そして、私の事を紹介している人物は白鞘梅子。前家長である白鞘平八の妻であり、長男の白鞘穣治と共にこの工房を取り仕切っている人間でもある。梅子も元々はこの工房の職人で、前妻である白鞘桐乃が亡くなった十年程後に後妻として白鞘家に入ったと聞いている。この人物に取り入るのが一番手っ取り早いとは思うのだが……。
「よ、宜しくお願いします」
私がそう言い頭を下げると、各々の作業場にいる職人達何人からかの返事が聞こえてきた。
「それでは……そうね、荒川さん、あなた椎名さんの教育係をやっていただけるかしら」
「はい」
そう言われて此方に振り向いたのは私より十才程年上に見える荒川栞と言う名の女性だった。
新人の挨拶も終わり、職人達は各々の作業に戻っていく。一通り職人達の顔は見回したが、何故か若い職人が多い。職人と言えば年配の人間を想像するものなのだが、何かあったのだろうか。
私は栞と行動を共にし、いかにも新人がやらされそうな雑用を教えられていく。そんな中で聞いた話によると、栞は白鞘邸に住み込みで働いていて、職人として働いている以外でも白鞘邸で家政婦として色々とやっているらしかった。
「じゃあ、普段は白鞘家の人はあまり此方に来ないんですか?」
「ええ、大体は工房長に任せてるんだけど……ちょっと数日前から工房長と連絡が取れないみたいでね。跡部さんって言う人なんだけど……それで珍しく梅子さんがあなたの紹介に此方まで足を運ばれたのよ。普段なら新人が入ったくらいで工房に来たりしないわ」
「へぇ、そうなんですか……じゃあ、今はその工房長の方がいらっしゃらないからちょくちょく来られる感じですか?」
私のその質問に少し苦笑する栞。
「いや、まぁ……そう言う訳でも」
そう言う栞の視線の先には難しい顔をして作業場を眺めている中年の男性がいた。
男は作業着ではなく、半袖のカッターシャツにスラックスと言う、場に似つかわしくない服装をしている。
「おい! 何をやっている! そんなに手荒に扱ったら売り物にならなくなるだろう!!」
「す、すいません……っ」
「お前はこれで飯を食っているんだぞ!? 分かっているのか!? えぇ!?」
一人の職人に怒号を飛ばす男。この男の顔は見た事がある。現家長の白鞘穣治だ。確か組織でも月紅石管理室の室長をやっている。そんな役職についているにも拘らず穣治本人が月紅石を持っていないので、裏ではちょくちょく陰口を聞いたりもする。人物的にもあまり評判は良くない。
前に出て戦闘をするような役職でもないのだから月紅石を持ってなくても当然だろうと私は思うのだが、彼はそんな所から自身に劣等感を感じているのか、他人に当り散らす癖があるらしい。私は今まで顔をあわせた事がなかったので本当かどうか知らないが。
そんな話もあっての事なのか、今回の屍霊に関する情報収集は白鞘家には内密に行われているようだ。
「まったく、跡部はどういう教育をしていたんだ!? 作業効率にばかり気を取られて、白鞘人形の繊細さが失われているではないか!!」
「申し訳ありません。気をつけます……」
「これは駄目だな。これも、これも、これも!! 全部作り直しだ!! よくこんな酷い物を売りに出そうと思えるな! 例え一般の店に出す物でも手を抜くなと言ってあっただろう! 白鞘人形のブランドに泥を塗るつもりか!」
穣治はそう言うと近くの棚で着色の乾燥をしていた人形の頭のいくつかを手に取り地面に叩きつけた。
大きな音をたてて無残にも地面に激突して割れる人形の頭。これが本当に人形師のすることであろうか。
見ているだけでも腹が立ってくる光景であった。
「すみ、ません……」
怒る穣治にひたすら謝る一人の職人。だが、その顔は少し険しく、湧き出る怒りを隠しきれずにいる。そんな光景を周りの他の職人数名も「またか」と言いたげな暗い顔で、少し目をやっては視線を逸らしている。
「穣治さんや梅子さんは別に仕事があるのと、白鞘邸の方に個室の工房があるから……最近ずっと来てなかったの。だから皆、楽な気持ちで結構和気藹々と製作に当たってたんだけどね……おかげでピリついちゃって」
視線をこちらに戻すと小声で荒川が語りかけてきた。
「はは、私がここに来たのって、タイミングが悪かったんですかね……」
「最近、自分の作品よりも梅子さんの作品の方が高値で売れてるから気が立ってるのよ。博物館に展示されてた先代の人形も盗まれたって話だし、それも重なっての事でね。ま、触らぬ仏に祟りなし。椎名さんもあんまりヘマしないようにね。新人だからって優しくしてくれるような人じゃないから」
「肝に銘じておきます……」
と言いつつ穣治の方をチラッと見ると、目があってしまった。
「おい、荒川! そこで何をコソコソと無駄話をしている! ただでさえ数人連絡取れなくなっておるんだ! 新人教育なんぞ今日中にさっさと済ませておけよ!! 分かったな!?」
「は、はいっ」
「クソが……跡部の奴はどこをふらついておるんだ……なんで俺がいちいち……」
これは組織でも嫌われる訳だ。自身の劣等感から部下に当り散らす上司など好かれるはずもない。
穣治はブツブツとそう呟きながら工房を後にした。梅子もそんな穣治の背中を見て溜息を一つつくと、一人の職人に「後はお願いしますね」と一言かけて、愛想笑いを此方に浮かべて工房を後にした。
残された職人達は安堵の溜息をつくもの、作業の手をいったん止めて休憩に入るものそれぞれだった。それだけ穣治がいるだけで、場の雰囲気がピリついてしまうのだろう。
まぁ、私は数々の任務先にバイトとして潜り込んでいる、いわば雑用作業のエキスパートだ。こんなしけた工房で失敗するなどと……。