6-7-3.人形屍霊【江里勘太】
それは突然だった。
「な、何だアレ……」
田中が窓の方を見て怯えていた。
指刺す方を見ると、窓から何かが部屋の中を覗いていた。
黒子のような黒い頭巾を被った、人形の様な顔をした『何か』。豪雨の中で外は薄暗くその姿の不気味さを際立たせている。
ソレが目をギョロつかせながら、窓上部の縁に捕まって逆さまの状態で部屋の中を覗いていた。
「な……」
俺が言葉を発する間もなく、それは身を翻し窓を蹴り破って部屋の中へと侵入してきた。
散乱する硝子が部屋に飛び散り、同時に激しい雨粒が舞い散る。
「た、田中っ! 逃げろっ!」
「ひいいいいいいいい! 殺人犯だっ! 殺されるううう!」
俺の言葉も耳に入っていないのか、田中は腰を抜かし床にへばると身動きが取れなくなってしまった。
同時に部屋に感じる違和感。窓から見える外の景色が歪み、一気に闇へと変貌していった。
瞬間悟った。屍霊の固有空間……コイツは屍霊だと。だが、乃恵から聞いていた屍霊とは姿が違うような気がする。
まさか、この街に潜伏している屍霊は一体じゃないのか?
俺の掛け声も虚しく、部屋に侵入してきたソレは雨にぬれた衣服から雫を滴り落としながら部屋をぐるりと一通り見回すと、一目散に田中に飛び掛り首に手を当て喉輪をきめる。飛び掛られた勢いで壁に激突する田中。
田中は、もう片方の腕で腕を押さえられ、体は足にのしかかられてミシミシと音を立てている。
「う、うぐぐぐ……」
「ウメコカ? モミジカ? ハハノニンギョウ、ヒノナカクベテ、ワライオドケテ、モヤシタ、アホウ。オマエカ? キサマカ?」
カタカタと妙な音をたてながら、屍霊が何か訳の分からない事を口のある部分から発している。
声も人の発するような音ではない。どこか機械的な声だ。
「ミタノカ? オマエ、ミタノカ? ナラバイカシテオラレンナ」
屍霊に表情はない。それに、人形の様な顔だと思ったが、着ている衣服の隙間から時折見える肌は肉や皮などの生々しさがない。人形なのだ。コイツの体全体が人形のような構造をしているように見える。
余程きつく締め付けられているのか、田中の口の端からは泡が噴き出てきていた。このままでは絞め殺される。躊躇っている余裕はない。躊躇ったら負ける。俺はそう師匠に教わった。
すぐさま左腕につけていた腕時計に右手をやり意識を集中する。
「『勝利をもたらす最強のバット』っ!!」
俺の手の中に現れる黄金に煌く棘付きの棍棒バットの武装型月紅石能力。
打ち抜く部分が球体に近い程威力が上がる。だから基本狙うのは頭部だ。そこに一点集中。
渾身の力を込めてバットを振りぬく。が、人形屍霊は俺の攻撃動作に気がついたのか、バットが当たる寸前に後方へと飛び跳ね、割られた窓の縁へと着地した。
人形屍霊が飛び退く際に田中の方からは骨の折れる嫌な音が聞こえてきた。それでも悲鳴を上げない田中を見ると、完全に意識を失っているようだ。
「チッ……情報収集だけって聞いてたけど、猿みてぇにちょこまか動きやがってっ、ここで逃すかよっ!」
しかし相手は窓の縁の上だ。ここで俺が飛び掛れば逃げられてしまう。
相手を何とか仕留めれる方法を俺は思いつけなかった。作戦立案なんて頭の使う作業、俺の一番苦手とする所だからだ。
しかも、まさかいきなり襲ってくるとは思わなかった。何の前触れもなく襲ってきたものだから対処も一歩遅れてしまった。
「モヤスノカ? キサマモワシヲ、モヤスノカ? ニオウ、ニオウゾ、ココハゴサイノニオイガヨウシヨル。チカクニゴサイノニオイガヨウシヨル」
「何言ってんだよ、キモ人形がよっ!」
片言の機械的な言葉で相手の言っている意味がまるで分からなかった。
「ヒカッテオル、アカクアカクヒカッテオル。イヌガミアラザルヒカリハナンゾ? ワシラノジャマスルキサマハナンゾ?」
何かを喋って入るようだが、まるで会話にならない。
考えても始まらないと覚悟をきめ、バットを構えてにじり寄る。
だがその時、突然に人形屍霊が何かに気がついたかのように頭を三百六十度回転させると叫び出した。
「ミツケタゾ! ミツケタゾ! ココニオッタカ! ハハウエニレンラクジャ!! ウハハ八ハハ!! カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ力タカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ」
これは何かヤバイと思い、加速して飛び出して殴りつけようとしたその時、人形屍霊は頭を大きく左右に振りつつ口が高速で開閉し、その噛み合わせ音が耳の置くまで入り込んできた。
「う、ぐ……何だこれ……」
瞬間、目の前の景色が歪み立っている事が出来なくなった。
耳を押さえても飛び込んでくる音に意識が揺らいでいく。
「エサジャ、エサジャ、コンセキノコシタ、ワシラノエサジャ。バントウコロシタ、ナカイモコロシタ、サンニンコロシタカクシヨル。ウハハハハハ! フミヅキマツビニケッコウジャ! ハハノメイニチケッコウジャ!」
意識を失う直前に見えたのは、外の景色が元に戻った窓から人形屍霊が逃げ去る所だった。




