6-7-2.うるさい【榎本果歩】
皆表情が暗い……と言う事はなかった。
部屋に戻って特に会話する事もなかったが、紅谷は元々薄暗い雰囲気をかもし出しているのでよく分からないし、私も広鐘も事件を目撃した当事者ではないせいか、どこか他人事だ。
しかし、この天気だ。合宿が中止になっていなくとも明日のイベントはどの道流れていたかもしれない。そう思うと、早く帰りたいと言う気持ちが大きくなってきていた。
「いつまで降るんですかねー。この雨」
広鐘が窓から外を眺めながらボソリと呟いた。
「そうねぇ。ゲリラ豪雨だったらそんなに長くは降らないと思うんだけど」
スマホで天気予報のアプリを開いて見てみるも、今日は晴れになっていた。けど、この雨である。しかも止みそうな気配は一向にない。薄暗い窓の外の景色と、あまり明るくない部屋の電灯を見ていると気持ちも暗くなってくる。
そんな時、突然隣の部屋から何かが割れる音と大きな声が聞こえてきた。声の主は瑪瑙の間で待機している江里と田中だろう。
「うっさ」
そんな隣の部屋に対して広鐘が不快感を表している。
「何かあったのかしら……」
紅谷がそう言いつつ瑪瑙の間がある方の壁を見つめている。勿論壁を見つめた所で何があったか分かるはずもない。
「ふざけて暴れて部屋にあるもの何か割っちゃって焦ってんじゃないの。これだから男子は……」
広鐘は冷めた顔で自身のスマホを弄っている。
しかし、そんな隣の部屋の大声はそれっきりで何も聞こえなくなってしまった。あまりにも静かになったので逆に気になってしまう。
「ちょっと私、見てくるわ。白石先生いないし、何か壊しちゃったなら旅館の人に言わないといけないし」
そう言い残して部屋を出ると、逆隣の部屋にいた千鴇も廊下に出てきていて、瑪瑙の間の前に立ち尽くしていた。どうやら、先程の音と声は私達のいた翡翠の間を突き抜けて千鴇達のいた琥珀の間まで聞こえていたようだった。
「あ、果歩」
千鴇が私に気が付きこちらを見る。立っているだけで部屋に入る様子がない。何をしているのだろうか。
そんな私の疑問にすぐ気付いたのか、千鴇が口を開く。
「鍵閉まってるみたいなのよ。ベル鳴らしても呼んでも返事がないし、ドアに耳当てても声もしないし物音も一つもしないし。何やってんのかしらね男二人で」
「そうなの?」
それを聞いて私もドアに近づくが、千鴇が言っているようにやはり物音一つしない。本当に部屋の中にいるのかと言う事さえ疑わしいくらいだ。
「私達が来る前に、何かを割ったのを知らせに行ったとかじゃないの?」
そんな私の問いに千鴇も困り顔である。
「うーん、私は何かが割れた音と声がした後、すぐに部屋を飛び出てきたつもりだったんだけど……一応、部長として引率の責任もあると思うし」
確かにそれなら、彼等がまだ部屋の中にいる可能性は高い。なら何をしているのだろうか。何かを破損させた事に関して証拠隠滅するにしても、そんなすぐに見つかるような事をするとは考えにくい。
「フロントでスペアのキー借りてこようか?」
私がそう言うと千鴇は小さな溜息をつく。
「そうね。そうしてくれる? 私はここで見張ってるから」
何か、とても嫌な予感がしてきた。
このまま何事もなく帰れるのだろうか。