6-1-1.行き先決定【山田茄々子】
オカルト研究部の部室でパソコンのディスプレイ画面を眺める。
電源の入っていないパソコン。勿論、電源が入っていない為、画面は真っ黒である。
その画面に反射で私の姿が映っている。そして、私の背後にいるもう一つの姿。一匹のわんこ。
私の背後でハッハッと息をつきながら、画面に映る私を見つめている。
振り向いても見えないその犬の姿。反射して姿を映すものの前で意識を集中してじっと見つめると時折見る事が出来る。
背後霊でもない、守護霊でもない。それは分かっている。
そんな姿を見ていると思い出した事があった。
そう、あれは去年の出来事だった。
◇◇◇◇◇◇
「じゃー、今年の合宿は火徒潟町に決定っ!」
少し開いた窓から入るそよ風と共に入ってくる蝉の五月蝿い泣き声。それに負けじとばかりの大きい声が旧校舎にある部室内に響き渡る。
声を上げているのは部長の鬼瓦千鴇先輩だ。現役部員として最後の一大イベントという事もあってか、気合が入っている。
「えー……あの辺りって確か周辺に何も……もっと観光できそうなオシャレな所がよかったなぁ」
決まってしまった結果を聞いて、暗い顔で溜息をついているのは後輩の金田蘭子だ。
部屋には他にも部員がいる。三年の榎本果歩先輩、後輩の紅谷伊沙子、それと江里勘太と田中覚。陣野卓磨と烏丸友惟という後輩部員もいるはずなのだが、この合宿会議には出席していない。というか、入学してから私が勧誘して部に引き入れたというのに、ほぼほぼ顔を出していないのが現状である。
そして、私の学年は私ともう一人、広鐘沙世。彼女は副部長である。
「ほーら、ブツクサ文句言わない。折角山田さんが珍しく積極的に動いてくれて格安の宿泊場所も確保してくれたんだから。ねっ」
榎本先輩が笑顔をこちらに向けてくれるが、あまり嬉しいものではない。なぜなら、私が積極的に動いたというのは間違いだからだ。
正しくは、仕方なく。鬼瓦部長に私の父の実家の事を知られて、強引に合宿先の手配などをさせられたのだ。
「……私は……」
そう呟きつつ部長をチラッと見るも、満面の笑顔で肩を叩かれ遮られた。
「いやー、山田がいて助かったよー。今年は部員も多いしさ、理事長からすこーし支援金出てるって言っても、宿泊費馬鹿になんないかなーって思ってた所でってでしょ? 火徒潟町って言ったら、生人形伝説とか呪術の里とか、色々オカルトめいた話があるじゃない」
鬼瓦部長はさらっと言っているが、理事長の姿など見た事がない。本当はどこからお金が出ているのか分からないものである。
「そうそう、それに、そんなに遠くないから何かあったらすぐに戻ってこられるしね」
広鐘さんもそう言ってにこやかな顔をこちらに向けた。何も事情を知らないでいい気なものだ。私は強引な部長に対して渋々だったというのに。
「そういや江里君、陣野君と烏丸君は? 君同じクラスでしょ?」
大事な合宿の会議にも拘らず、部屋の隅にある長椅子で寝そべって我関せずな態度をとっていた江里。だが、皆の視線が自分に集まっているのに気がつくと、慌てて身を起こしてこちらに顔を向けた。
「あー、あー、あー……あいつ等は来ないんじゃないっすかね。俺はクラスでもあいつ等とあんまりつるんでるって訳でもないんでよく知らないっすけど……なんかオンゲに夢中みたいだし、夏休みは特に、ですよ」
そんな江里の返事に部長も困り顔である。
件の二人は先程も説明した通りほぼ部下には出席していない。江里の言う通り、家でゲームにでも熱中しているのだろう。元々は人数合わせにあらぬ手を使って入部させたのだが、今は人数は足りている。なぜ退部しないのか不思議なものである。
オカ研だけに幽霊部員となってしまっているのが現状だ。
「そうなの? 宿泊人数とかあるから行くか行かないかだけでもハッキリとしときたいんだけど……」
宿泊人数。仮にその二人が行かなかったとしても、私を含めて八人。顧問の柴島先生も含めると九人になる。我が学園内でもマイナーな部類に入るオカルト研究部としては人数が多い方だ。
「わかりました、聞いときますよ。多分行かないと思いますけどねー」
「まぁ、どっちにしろ一応確認しておいて。後でなんか言われたら嫌だし」
「了解っす。んじゃー色々決まったみたいですし、俺はもういいっすかね」
江里はそう言って立ち上がると、鬼瓦部長の返事を待つ事もなく、やる気がなさそうに欠伸をしながらそそくさと部室を出て行ってしまった。
会議などの要所要所は顔を出す彼だが、部の活動への出席率は悪い。陣野烏丸よりはマシなのだが、彼もまた二人と同様、幽霊部員に程近い存在である。その上、江里の場合は部活の活動に参加しに来ていると言うより、どこか何かを監視しているとかそう言う雰囲気がある。一体何をしに来ているのだろうか。
自分で勧誘して入部させておいてこう言うのもなんだが、一年の男子はなぜこの部に留まっているのかがよく分からない。
「今年はせーっかく男子が入ってきたと思ったら、あんなのばっかりね。もうちょっと強引に出席させた方がいいかしら? 無理にでも活動に参加させればちょーっとくらい興味沸くかも知れないし」
呆れ顔で江里の出て行ったドアの方を見る部長。
「すいません……変なのばかり入部させてしまって……」
「山田は気にすることないのよ」
私も心の中で溜息をつきつつ、釣られて江里の出て行ったドアの方を見ていると、一つの視線に気がついた。
視線の感じる方を見ると、こちらを見ていたのは一年男子の田中覚だった。
「あなたは存在感が薄いから……」
聞こえたか聞こえなかったかは分からなかったが、思わず口に出てしまった。
田中はどこか寂しげな顔をして私から視線を逸らした。