6-5-1.兄夫妻【白鞘大悟】
「そういえば―――少し小耳に挟んだのだが、出入り業者の人間が殺されたのと親父の人形が盗まれた件に関して、またウチの母の呪いだの何だのとか言った噂が流れているらしいな」
テレビを見ながら兄である穣治が口を開いた。
そんな兄の言葉を聞いてその妻の聡子もこちらに視線を向けた。
静かな午後、少し大きめの居間で兄夫妻と座卓を囲んでいる。兄夫妻の子である拓海と青葉は外出いているのか家には居ない。
テレビではセニョール北口とか言う怪しげな霊媒師が心霊御宅訪問などと言う行為をやっている。大方それを見て呪い等と言う噂を思い出したのだろう。
「え、ああ。まぁ、噂は噂だし放っておけばいいんじゃないの」
噂の発端となっているのは白鞘家で雇っている使用人の巻街だと俺は聞いている。今の口ぶりだと兄はそれを知らないのだろう。だが、兄の事だ。巻街が原因と知れば巻街を解雇するかもしれない。長年真面目に勤めてくれている彼を、こんなくだらない事で辞めさせるのは忍びないと思い、その事は言わないことにした。
「迷惑な話ですわね。ただでさえ御義父様の遺言の開封前で慌しいと言いますのに」
聡子は心底迷惑そうにそう言葉を紡いだ。
「梅子さんが、母さんの大切にしていた人形を焼いちゃったって話も広まっちゃってるんだ。そう言う噂が流れても仕方ないさ」
梅子とは俺達の母である桐乃の後に嫁いできた、いわゆる後妻である。彼女は嫁いできて間もなく、母が大切にしていた人形を気味が悪いと言って庭で燃やしてしまったのだ。それ以来、白鞘家で何かがある度に『あれは桐乃さんの呪いだ』等と言う噂が街で囁かれるようになった。
ただ、それは言ったように噂の域を出ない。呪いなんて物はないのだ。全て蓋を開ければ人間の仕業であった。
「まぁ、な。大体、遺言状の開封などといちいち兄弟姉妹を集めるから根も葉もない噂が大きくなるんだ。巻物の相続など家長である俺にされるに決まっているだろう」
「そうだねぇ……順調に行けばね」
「どういう意味だ」
「い、いや。親父がまた変なこと考えてなければって意味で……白鞘の術式だって琴子にしか教えてなかったみたいだし、何か男兄弟はちょっとないがしろにされてるんじゃないかなって気がしただけで」
軽く適当にした返事が兄の癇に障ってしまったらしい。慌てて取り繕う。
「術式などと言う古臭い迷信じみたものはどうでもいいんだよ。固定月紅石のついたあの巻物さえ俺の手に入ればいう事はない。組織内の地位の割りに月紅石を持ってないせいで肩身が狭い所があるからな……」
「穣治さん、そう言う話はここでは……万一、子供に聞かれたら……」
「ああ、そうだな……」
不満げに愚痴をこぼす兄に聡子がそう言うと、部屋は再び静まり返った。
小さく流れているテレビの音声だけが耳に入ってくる。なんとなく居心地が悪い。
テレビでは楽しげに妙な呪文の様なものを唱えて写真を撮り、手に持つ棒で除霊の真似事をしている。
テレビに映っているそんな陽気な男が今だけは羨ましく思えた。