6-3-4.旅館・火徒潟民宿【山田茄々子】
「うゎぁ! 民宿って聞いてたのに結構いいところじゃん!」
「おーっ」
民宿と聞いて、到着するまではやる気がなさそうブーブー言っていた金田と江里が声を上げる。
他の部員達も今いる建物を見て予想外だと言いたげな表情を浮かべている
私達は火徒潟町に入り、民宿と聞いていた場所に到着した。民宿の名前は「旅館・火徒潟民宿」
私もこの宿に来たのは初めてだったのだが、外観といい内装といい、民宿と言うより旅館である。というか、旅館だ。名前がすごくややこしい。父からこの場所だといわれて渡されたメモには『火徒潟民宿』としか書かれていなかったのでてっきり民宿だとばかり思っていた。手続も父がしてくれたのもあって、今の今まで気が付かなかった。
敷地も思っていたよりかなり広く、とてもいち学生の合宿で泊まる様な場所には見えなかった。
「おいおい、学生の合宿でこんな旅館……予算大丈夫なのか……俺、余分に金持ってきてないぞ……理事長からもちょっとしか預かってないし……」
建物を見上げつつ財布を取り出す白石先生の呟きがボソッと聞こえた。
その発言内容には少し気になる一文が含まれていた。この人は理事長にあった事があるのだろうか。
鬼瓦部長と広鐘副部長はこの施設の事を事前に調べたのか、他の部員よりは落ち着いた様子であった。
父に予算は言っていたので予算は大丈夫なはずだ。だが、少し不安になる。父が私の言った予算のゼロを一つ見落としてしまったのではないかと思ってしまう。
そんな不安に駆られつつ建物に足を踏み入れると、一人の男性が私達の方へと近寄ってきた。体格のいい中年の男性だ。恐らく番頭の人だろう。
「いらっしゃいませ、ご予約いただいた方のお名前をお伺いできますか?」
男性がそう言うと、白石先生が一歩踏み出し男性の対応をする。
「ああ、ええと。予約は柴島で取っていたんですけど、えー、柴島が急遽来れなくなりまして……えー、でですね。私は代理で白石と申しまして……」
「はぁ」
一歩踏み出し自ら名乗り出たというのに、なんとも頼り無いやり取りである。
それを見かねてか鬼瓦部長が横から口を挟む。
「あ、霧雨学園のオカルト研究部の合宿です。九人で三部屋の予約を取って貰っていたと思うのですが」
部長のその言葉に玄関番の男性は「あぁっ」っと、一つ手をうち「少々お待ち下さい」と言うとフロントの奥へと引っ込んでいった。それから暫くすると、先程の男性と共に着物を着た綺麗な女性が奥から姿を現した。
見た事のある女性だ。確か、名前は戦邊紅葉。母の腹違いの妹になる人だ。
祖父の葬儀の時にその顔を見た記憶がある。ただ、彼女は私に対しては特に感心がなかったようで一言も喋った事はない。だが、私を見るその目つきはあまりよくない様に感じたのは覚えている。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりましたわ。私、当旅館で女将をしております戦邊紅葉と申します。ある程度は御予約を頂いたお義兄様から聞いておりますので、ごゆっくりして行って下さいな」
彼女はそう言うと私にニコリと顔を向けた。
そんな紅葉の笑顔に対して白石先生の視線は一点集中しており、普段やる気のなさそうな顔をしているくせに何故か表情が引き締まっている。
「先生、人妻ですよ」
そんな白石先生に部長の容赦ないツッコミが入った。
「わ、分かってるよそんな事! な、何を勘違いしているんだまったく……」
そんな事を言いつつ、白石先生は宿帳に記載をする為に番頭の男性に促されフロントへと向かった。
………………。
…………。
……。
その後、三つの部屋をあてがわれた私達は、番頭に案内され部屋に向かう。
私達が泊まる部屋は、建物も小さく古めかしい旧館になるらしい。新館の方とは違い、所々ボロが目立つ。それは最早、民宿といっても過言ではないレベルの建物であった。
到着し各々が用意された部屋に入り番頭が姿を確認すると金田が叫び声を上げる。
「ちょっと! 何で私達はこんなボロ部屋なの!? 何であっちの新館じゃないの!? これじゃぁ旅館の名前通り〝民宿〟じゃないですかっ!」
「まー、予算もあるし三つも部屋取ってもらったんだから仕方ないっしょ。そう騒ぐな騒ぐな。目的は旅行じゃないんだから」
苦笑を浮かべつつ金田を宥める部長。
通された部屋の名称は〝琥珀の間〟・〝翡翠の間〟・〝瑪瑙の間〟と言う三つの部屋であった。
〝琥珀の間〟には私、鬼瓦部長、金田。〝翡翠の間〟には榎本先輩、広鐘副部長、紅谷。〝瑪瑙の間〟には白石先生、江里、影の薄い田中覚の男性陣が宿泊する事となった。
しかし、一つ疑問に残る事があった。
この部屋に辿り着くまでに見てきた感じだと、旧館にしてももう少しマシな部屋はあったはずだ。
これは、白鞘家三女である戦邊紅葉の嫌がらせなのではないかと少し思ってしまった。