6-3-3.夢の続き【山田茄々子】
遺言状の読み上げも終わり〝犬神の巻物〟の相続は終了した。巻物を受け取る時に感じた親族達の視線はすごく痛く感じた。
「茄々子ちゃんっ」
親族達も散会した後、少しの重みを感じる綺麗な桐の箱を手にしながらどこか悔しい気持ちでその場を動けずにじっとしていた私に、明るい声で声をかけてきてくれたのは琴子さんだった。
私に声もかけずに親族達の後を謝りながら着いて行った父親とは違い、いつも気にかけてくれる。
返事もせずに琴子さんの顔を見上げると、明るい笑顔をこちらに向けてくれた。そんな笑顔を見ていると、私も気持ちが少し晴れてくる。不思議な人である。
そして、手に持っていた座布団を私の隣にボフンと置くと、その上に座る。
そんな琴子さんの様子を目で追っていると、琴子さんは私の顔を覗きこんできた。
「だめよ、暗い顔してちゃぁ。あんな頭の固いオジサンの言う事、気にしちゃ駄目よ」
「近いです……」
私がボソッとそう呟くと、琴子さんは「あはは」と笑い顔を離し、話を続けた。
「それはそうと、学校の方はどう? 部活の方は――その、前に言ってたあの子は誘えた?」
あの子、と言うのは陣野卓磨の事である。以前琴子さんと会った時に言われたのだ。次の新入学生の中に陣野卓磨と言う生徒がいるから、部活にでも誘って近くにいてもらえば、きっと力になってくれると。理由は詳しく教えてもらえなかったし、初対面の人と話すのが苦手な私はそんな話を実行するのに躊躇はしたが、こうして私の事を気にかけてくれる琴子さんの言う事であったし、何とか陣野卓磨を探し出して半ば無理矢理入部させる事に成功した。
だが……。
「はい……でも、彼、全然部活に顔を出してくれなくて幽霊部員状態で……何と言うか、学内で顔を見ても面倒臭そうに逃げられてる気がして……」
「あらら、そうなんだ。そう言う所はお父さんに似てるのね……」
琴子さんもそんな私の返事に、笑顔と困り顔の混ざった複雑な表情をする。
今の発現からして琴子さんは陣野君の父親と知り合いなのだろうか。
「でも、いつかきっと力になって助けてくれると思うから、手放しちゃ駄目よ。なんとしてでも。首輪をつけてでも弱みを握ってでも部活に引き止めておく事をお勧めするわ」
いつか力になってくれるとは何なのだろうか。彼の容姿は私の好みと言う訳でもないし、今までの行動からして性格が優しい人物だとも感じられない。
なぜ琴子さんは彼にそこまで拘るのだろうか。
「あの……」
疑問を切り出そうとする私の口に、琴子さんの人差し指がそっと添えられる。
「時がくれば分かるから。私は御父様が茄々子ちゃんに犬神の巻物を相続させるだろうなってずっと思ってたし、この先、そう遠くない未来に起こる事も大体予想が出来るから。今はその巻物と私の言う事を信じて、その疑問はぐっと飲み込んで欲しいな」
そう言って私の口から指を離す。
信じる……。何を信じるのかは、この時の私も、今の私にも分からなかった。
きっと近い未来の私にはわかる時が来るのだろう。
「じゃあ私は、つまらない画策を立てようとするオジサマ達を監視しないといけないからもう行くわね。茄々子ちゃん、暗い顔しちゃ駄目よ? 御父様が写真持ち歩いて溺愛するほど可愛いんだから。もうほんと、嫉妬しちゃうわ。フフッ」
琴子さんはそう冗談っぽく笑うと大広間を後にした。
本当に私を溺愛していたのだろうか。私が母や前妻である祖母の若い頃に一番よく似ていたからなのではないだろうか。
そこまで夢を見た時、目の前にフラッシュが走る。
何だろうか。この光……。
◇◇◇◇◇◇
そして耳に入ってきたシャッター音。
「あ」
私が目を覚ますと、いつの間にか私の隣の席に座っていた紅谷が此方にスマホのカメラを向けていた。
一文字だけ声を出して固まっている紅谷をじっと見つめていると、何故か紅谷が頬を赤く染めた。
「す、すいません……起こしちゃ悪いかなとは思ったんですけど……あの、寝顔が可愛かったのでつい……フフフッ……ウフフッ……」
「撮るのはいいけど、ばら撒いたりしないでね……」
私がそう言うと、紅谷は慌てて声を荒げた。
「そ、そそんなっ。山田先輩の寝顔は私だけのものですよ……じゃなかった、思い出の一ページとしてですねっ」
彼女のスマホに取り付けられた藁人形型のストラップと赤い石が動揺するその手と共に揺れ動く。
そんな紅谷を見て、本当になんなんだろうこの子はと思った。